きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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3118 【呑みモン85】残り桜の和歌山城で「プラムハニップ」を

フェイスブック参加、四年目に入りました!どうかご覧下さいませ

お陰様で昨日三十四万PVを突破した様です。有難うございます、これからも頑張ります

和歌山市最大の繁華街に「ぶらくり丁」と云う奇妙な名前が付いてるのは、幕末のココは品物をぶらくって(紀州弁の『ぶらさげる』)売ってたからだとか。懸命に活性化を図ってる様ですが、中々難しいみたいです

 

二週間ほど前のお噂で失礼致しますが、今春もまた大阪・京都で呆れる位にタップリ桜を見ましたンで、流石にコレで満足して拙宅の在る東京に帰るかと思いきや、なぜか和歌山市へ向かってしまった私メです。

 

都内に居ると和歌山県ってエラク遠く感じますが、その北端の和歌山市ならばJRでも南海電車でも大阪から一時間ほどと、意外に近かったりしますヨ。関西空港で出入りするのなら、大阪市より遥かに便利ですし。

 

ぶらくり丁のソバに在る大手門から和歌山城へ。御三家の本城のソレとしては随分小さく思えますが、ソレもその筈で・・元々通用門だったとか。本来の大手門より位置的に便利だからと、途中で昇格した様です

 

ナニしに行ったかは内緒ですが、朝早い列車でJR和歌山駅へ着きましたンで、ちょっと離れた街中の方へお散歩がてらテクテクと。南海の方が多少近いですが、何れにしろ中心街が駅から離れてるのが和歌山。

 

城下町にゃこう云うトコが多いですが、紀州藩はタダの大名じゃ無く・・五十五万五千石の大領を誇る徳川御三家の一つ。だもんで城郭自体が随分広く、その外れにしか駅を置けなかったンでしょう・・チト不便だナ。

 

大手門を潜ると桜苑に成ってますが、大阪より温暖な紀州だから・・もはや散っちゃってる樹の方が多いですナ。ソレでも頑張ってるのが何本か有りましたンで、如何にも花が多い様に撮影を・・桜吹雪の朝です

 

二年半ぶりの和歌山ですが、大体の地理は知ってるからと・・最大繁華街ぶらくり丁へ。旅先の早い移動は朝ご飯が悩みの種で、駅で食べられないと万事休す。当てにしてた駅ビルに食べるトコは無かった様な。

 

ソレでもぶらくり丁へ行けばナンとか成ると信じてましたが、いやぁ寂れましたネ。前回は確かココで朝っぱらから買い食いした覚えが有りますが、空きテナントと思しき店が増えて、全く見事にシャッターばかり・・。

 

石垣の坂道をテクテク上って天守閣へ。豊臣秀長公により天正十三年(1585)に築かれたのが最初で、後に徳川頼宣公(家康公の十男)が大拡張してますが、国宝だったソレは空襲で焼け・・戦後復元されてます

 

私ぁ東京生まれの今も在住だから感覚がマヒしてますが、百万都市を除く地方は例え県都クラスでも、買い物は郊外の大規模SCに車で行ってしまい、栄華を誇った中心繁華街の没落は目も当てらぬトコばかり。

 

和歌山市は大きな駅が二つも在るのに何れも遠く、仕事以外は郊外の方が全く便利な車社会。ぶらくり丁だって頑張ってるでしょうけど、需要がなければ供給は・・ネ。朝っぱらからそんな事を考えちまってました。

 

朝食は結局、全国チェーンの某コンビニでお結びを買い、城内の広場で花弁が舞う姿を見ながらパク付きましたが、せめて和歌山っぽくしたいと「紀州南高梅」入りのを!梅のお結びを選んで買うだナンて、一体何年ぶりなのかしらん?ま、偶にならコウ云うのも呑気で宜しいですナ

 

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★明日は「奈良県奈良市」への訪問記です★


(参考リンク)
★「わかやま市を見て、食べて、遊ぶでござる!」和歌山市観光協会HP
★「四季百景和歌山市」和歌山市観光協会HP
★「和歌山県のグルメ・観光・生活情報ニュースまとめ」ロカルわかやまHP
★「まずはココ!和歌山市内の定番観光スポットまとめ【5選】」ロカルわかやまHP

★「ぶらくりドットコム」株式会社ぶらくりHP
★「消える高島屋とシャッター通り、そしてイオンモール・・記者が見た和歌山市の今」Jタウンネット和歌山県HP
★「史跡 和歌山城」和歌山市役所 和歌山城整備企画課HP
★「和歌山城の紹介6 大手門から天守閣への登城」みどりの木のブログ
★「桜満開の和歌山城はこう巡ろう!見どころ・楽しみ方まとめ」旅ぐるたびHP
★「今年も桜の季節がやって来た♪和歌山城の桜まとめ【和歌山市】」ロカルわかやまHP

★「梅とともに歩み続けて半世紀。」プラム食品HP
★「和歌山限定!プラムハニップ」おいしいものが食べたいブログ


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★「827 【名物パン61】漆黒の和歌山城と『ナカタのパン』」
★「828 【スイーツ39】和歌山遺産『グリーンソフト』」
★「2265 【スイーツ174】昔は近かった和歌山と『グリーンソフト』」
★「2266 【お米料理189】『早なれ寿司』と挫けぬ吉宗公・・和歌山市」
★「2267 【麺類色々194】『和歌山ラーメン』と夜の和歌山城」
★「2268 【スイーツ175】『ミカンかき氷』と醤油発祥の街‥湯浅」
★「2269 【スイーツ176】『しょうゆソフト』と稲むらの火・・紀州広川」
★「2371 【やきそば252】双子の紀伊一宮と『片面焼きやきそば』・・和歌山市」
★「2372 【名物パン274】『ナカタのスイート』と南高梅のふるさと・・紀伊みなべ


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」


(JRはともかく、南海・和歌山市駅の前もエラク寂れちゃったソウで・・)

地元の方に叱られソウですが、私メら東夷にゃ和歌山は「みかん」「醤油」そして「梅」位しかイメージが浮かびませんで、南高梅のお結びで終わりにしようかと思いましたが、ソレじゃ幾らナンでもアレなんで・・紀州人のソウルドリンク「プラムハニップ」を。和歌山県内ならドコでも売ってる少し甘めの梅ジュースで、一時はポッカと提携して全国へ売り出したコトも有りましたンで、私メもナンとなくその存在と味を覚えてましたが・・アルコールの入ってない梅酒を想像して戴くのが一番判りやすいかナ?半世紀近くも和歌山で愛されてる、紀州ならではの味です




| 2018.04.19 Thursday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2374 【やきそば253】「江川ちゃんぽん」と付家老の城下町・・紀伊田辺
銀杏や紅葉見物に忙しく、少し前の旅のご報告です。御容赦の程を

全く季節外れですが、田辺市街地に面した「扇ヶ浜」は約一kmに渡って白い砂浜が続く、実に心地良い海水浴場。夏以外も楽しめる様に公園化され、私ぁ太平洋を眺めながらノンビリ日光浴させて貰いましたヨ

温暖な紀伊半島を気侭に旅し、南紀の中心都市・田辺市へ参った私メです。昨日はココ出身とされる武蔵坊弁慶サンを考えましたが、何しろ確証が無いらしく・・ホントかドウか判りません。ロマンは有りますケド。

尤も今の私メにゃ「居たかドウか判らぬ人」のコトまで考える余裕は有りませンので、もう少し近い時代・・江戸時代に紀伊田辺藩三万八千石のお殿様だった、安藤家について考えましょか。当り前じゃ無い家ですし。

江戸時代の武士は領地が一万石を超えますと、「大名」と呼ばれる様に成りますヨ。ならば紀伊田辺藩は三万八千石だから・・コリャ立派なお大名の筈。処が安藤家は大名で在って大名じゃ無い、ホント不思議な家。

ソレは徳川御三家の補佐や監督役を務める為に、幕府から遣わされた特別職「附家老(つけがろう)」だったから。つまり幕府の家来(大名)で有りながら、紀州徳川家の家来(陪臣)でも有ると云う二重在籍者ですナ。


田辺市街地を流れる会津川の河口に在ったのが、紀州徳川家の付家老・安藤家の居城だった「田辺城(錦水城)」址。明治四年(1871)の廃藩置県で破却されちまいましたが、辛うじて水門だけが残ってましたヨ

江戸幕府を作られた徳川家康公は、三男の秀忠公に将軍職を譲りますが、九男・義直公に尾張藩、十男・頼宜公に紀州家、十一男・頼房公に水戸家を作ってそれぞれ独立させますネ。コレを御三家と称しますナ。

コリャ本家が途絶えた時の為の備えですが、御三家に問題が生じると困るンで、信頼出来る若手官僚を「付家老」として遣わして、藩政の指導と監督をさせますヨ。この時紀州家には、二人の官僚が遣わされます。

その一人が、遠州掛川城(静岡・掛川市)のお大名だった安藤直次と云うお方。家康公の側近として幕政の中枢にいた人ですが、特に頼まれて田辺城に移り、頼宜公の優秀な補佐役として紀州家を万全な体制に。

処が安藤家は付家老として遣わされたっきりで、何時まで経っても元の独立した大名に復帰できず。特別扱いされるモノの、やっぱ嫌だったンでしょうナ。独立運動を繰り広げ、幕末に成ってやっと復帰してますヨ。


良い意味の「田辺の三奇人」として褒め称えられてるのが、昨日ご紹介の「武蔵坊弁慶」・日本の博物学の泰斗「南方熊楠」、そして合気道の創始者「植芝盛平」翁の御三方。扇ヶ浜公園に植芝翁の銅像が在りましたが、身長156cmながらも大相撲の力士を軽く投げ飛ばす等、数々の逸話の持ち主ですが、田辺の御出身とは知りませんでしたネ

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★明日は「東京都千代田区九段」への訪問記です★

(参考リンク)

★「田辺探訪 〜文化の香りの城下町〜」田辺観光協会HP
★「南紀ほんまもん王国」南紀エリア観光推進実行委員会HP
★「ようこそ、熊野へ。」田辺市熊野ツーリズムビューローHP
★「熊野の歴史や文化、熊野古道の歩き方」み熊野ねっとHP
★「田辺扇ヶ浜海水浴場」田辺観光協会HP
★「田辺城(錦水城)」余湖くんのHP
★「紀州藩の支城と附家老」紀州藩ブログ
★「日本史人物列伝 安藤直次」よろパラ 〜文学歴史の10〜 HP
★「田辺について 植芝盛平(うえしばもりへい)」田辺観光協会HP
★「江川のチャンポン」焼きそば名店探訪録ブログ
★「【知られざるディープな和歌山】日本でここだけ!究極のB級グルメ『江川のちゃんぽん』」ニッチ―!ブログ

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★「2266 【お米料理189】『早なれ寿司』と挫けぬ吉宗公・・和歌山市」
★「2267 【麺類色々194】『和歌山ラーメン』と夜の和歌山城」
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★「2372 【名物パン274】『ナカタのスイート』と南高梅のふるさと・・紀伊みなべ」
★「2373 【お米料理209】『めはり寿司』と武蔵坊弁慶の故郷‥紀伊田辺

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(安藤家等の付家老は、江戸城じゃ大名同然として扱われた様です)


田辺城址から会津川を渡り、少し歩くと「江川」と云う古い漁港街に出ますヨ。ココは古くから賑わったトコだソウで、だから?お好み焼き屋サンの多い事。そして江川地区のお好み焼き屋サンにゃ、「ちゃんぽん」なる珍メニューが揃って有ると聞いてましたンで、散策ついでに足を延ばしてみましたヨ。焼きそばと焼うどんを二つ混ぜながら炒めて呉れるスゴイ量の逸品で、この位食べないと漁師さん達は身体が持たないンでしょうナ。私メも青空療法に勤しみ過ぎてエラク痩せ、何とか体重を増やしたいモノと苦悩してますンで、この際たっぷり食べて行くコトにしましょうか。「はまちゃん」サンで焼いて貰いましたが、流石に二玉使ってるンで・・食べ切れるかしらん。ですが甘辛ソースと不思議な食感でアッサリ食べ終えた私メ。春までに体脂肪率10%に戻したいです



| 2015.12.21 Monday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2373 【お米料理209】「めはり寿司」と武蔵坊弁慶の故郷‥紀伊田辺
銀杏や紅葉見物に忙しく、少し前の旅のご報告です。御容赦の程を

JR紀勢線・田辺駅前で仁王立ちされてるのは、田辺出身とされる荒法師「武蔵坊弁慶」サン。源平合戦の英雄・源九郎義経公の忠臣だったと講釈師は高座で読みますが、実態は殆ど判ってないお方ナンですヨ

気候温暖な紀伊半島を気侭に旅してます。「日本一の梅の産地」和歌山県みなべ町の砂浜でボンヤリ太平洋を眺めてる内、心地良い波音に誘われて眠く成りましたが、寝ちまうと風邪ひきますンで移動しましょ。

何しろ私ぁ痩せ過ぎて、体脂肪率が六〜七%の危機レベルまで落ち込んでますンで、余裕の無さから下手に風邪ひくと大事に成りかねず、正直ソレが今は一番怖い・・他にも「饅頭」を始め怖いモノだらけですケド。

一時間おきのローカル電車に八分ほど揺られる長旅で、辿り着いたのは紀伊田辺。平成大合併で「面積だけは近畿地方最大」に成っちまった、安藤家三万八千石の城下町。安藤家については明日触れますネ。

そして田辺は、「武蔵坊弁慶」の故郷と称してる市ですナ。この荒法師を知らぬ日本人は居ないでしょうが、一体ドウ云う方だったか知ってる人は殆ど居ない筈。世間で知られてる逸話は、殆どが虚構なモンだから。


約千六百年前に創建の「闘鶏神社」サマが、田辺城下の総鎮守。弁慶サンはココを管轄した熊野別当・湛増(たんぞう)の子で、源平どちらに味方するか紅白の鶏に闘わせて占ったンで、こんな神社名ナンだとか

記録大好きニッポンだから、時代に影響を与えた歴史上の偉人・英雄達は、ドコで生まれて一体ナニしたのか、信頼出来る同時代の文書等で、概ね実像が掴めますナ。処が時々「正体不明な有名人」が居たりする。

そんな人に限って波乱万丈な人生を送ったと流布され、誰もが知った心算に成ってますが、ハッキリ言っちまえばソリャ全て・・琵琶法師・浄瑠璃語り・講釈師・歌舞伎役者等が拵えた、虚構・出鱈目・ホラ噺ばかり。

源平合戦で有名な源義経公は、実在の人物ですが・・実際はスタンドプレーのし過ぎで嫌われた、ゲリラ部隊の一前線指揮官。盛衰記で語られる程の英雄じゃ無いのが、文献からハッキリ判る。ならば弁慶サンは?

コチラも実在した様ですが、怪力無双の荒法師だったか全く判らない。どうも同時代の豪傑達の逸話を、全て弁慶サンの行為として集約させた様。庶民の留飲を下げさせる、時代欲求の象徴だったみたいです。


闘鶏神社での占いの結果、源氏に味方すると決めた熊野水軍は田辺から出航し、義経や弁慶サンを乗せて壇ノ浦の合戦で大暴れ・・とお話は成りますヨ。実際、源平合戦で熊野水軍が活躍したのは事実で、後には織田信長公・豊臣秀吉公にも重用されますが、関ヶ原合戦で西軍に味方して・・。その時は闘鶏神社で占いをしなかったンでしょうか?

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★明日も「和歌山県田辺市」への訪問記です

(参考リンク)
★「田辺探訪 〜文化の香りの城下町〜」田辺観光協会HP

★「南紀ほんまもん王国」南紀エリア観光推進実行委員会HP
★「ようこそ、熊野へ。」田辺市熊野ツーリズムビューローHP
★「熊野の歴史や文化、熊野古道の歩き方」み熊野ねっとHP
★「闘鶏神社(とうけいじんじゃ)」み熊野ねっとHP
★「田辺の偉人 武蔵坊弁慶」田辺観光協会HP
★「弁慶誕生の地(和歌山県)」義経伝説を追うブログ
★「武蔵坊弁慶=架空人物説について・・」今日は何の日?徒然日記ブログ
★「武蔵坊弁慶イメージ論」義経伝説HP
★「熊野水軍(くまのすいぐん)」み熊野ねっとHP
★「わかやま食旅 めはり寿司」わかやま観光情報HP
★「いい味、旅気分 めはりずし(和歌山県)」象印マホービンHP

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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(弁慶サンは『平家物語』じゃ殆ど出て来ないのに、『義経記』では・・)


奈良・吉野地方でも食べますが、ソレ以上に和歌山・南紀地方で愛されてる郷土料理が、高菜の浅漬けで大きな酢飯の塊を包んだ「めはり寿司」。余りに大きいンで食べる時に「目を張る様に」口を開けるとか、山仕事や農作業で疲れた身体にゃ「目を張るほど」美味しい等の説が有る様ですが、最近は熊野古道巡りの観光客にも親しまれてるそうナ



| 2015.12.20 Sunday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2372 【名物パン274】「ナカタのスイート」と南高梅のふるさと・・紀伊みなべ

銀杏や紅葉見物に忙しく、少し前の旅のご報告です。御容赦の程を

太平洋に浮かぶ信仰の島「鹿島」が、眺める場所により「三つの鍋」の様に見えるコトから、「南部(みなべ)」と云う地名に成ったとか・・。江戸時代に鹿島から光輝く玉が現れ、二度の大津波から街を救ったそうナ

太平洋に突き出た紀伊半島、和歌山県を旅する私メです。紀伊国一宮にして日本最古の神社の一つ、「日前宮」を参拝して気分が健やかに相成り、JR和歌山駅からローカル電車に乗って海沿いを南へ気侭な旅。

処が電車は微妙に内陸を走り、海に近い筈なのにソレが中々見えぬ。この日は最終的に紀伊田辺まで参る予定ですが、時間に結構ゆとりが有ったンで、海の良く見える街で途中下車でもし、ソレを眺めようかと。

なのに何時まで経っても海の見えぬコトにジリジリし、加えて私ぁ痩せ過ぎて臀肉が薄く成り過ぎちまったンで、座ってると痛くて堪らず・・あぁ早く降りたい!やがて御坊市を過ぎて暫くすると、車窓に見える太平洋!

スマホで確認すると、まもなく南部駅に着くらしい。「日本一の梅干しの産地」として知られる和歌山県みなべ町は、平成十六年(2004)に旧南部町と南部川村が合併した、人口一万強の静かな町。ココで降りよう。


JR南部駅の直ぐソバに在るのが、あの「南高梅(なんこううめ)」の命名由来に成った南部高校(略称:南高)。この高校の先生が優良梅の調査に尽力された事に感謝して、学校名から名付けられたとされてますネ

南部町と云えば、全国的なブランド「南高梅」と「備長炭」で知られたトコですンで、如何に季節外れとは云え・・ナニか美味しい梅のお料理が有るかしらん。ちょうどお昼でお腹も空いてるし、珍しいモンを食べましょ。

ですが駅前は実に閑散とし、料理屋どころか・・全国チェーンの某持ち帰り弁当屋すら閉まってらぁ。観光案内板によると梅林や梅干し業者はチョット内陸に在る様で、線路が海沿いに出た分だけ遠く成ったらしい。

ま、下調べ皆無での途中下車だから、多少は覚悟してましたが・・上手く参りませんナ。療養に励んで状態は大分安定してますが、昨年末の心神崩壊以来ナニ一つ良いコトの無い私メだから、こんなモンでしょうが。

仕方無いンで予備用のパンを食べ乍ら、街中に残る熊野古道を歩いたり、砂浜で海を眺めたりしましたが、寄せては返す波音を聞いてるだけで・・心がホント落ち着く。「うめ」じゃ無く、「うみ」に癒された日でしたヨ。


熊野古道のうち、京都や大阪から田辺までの道を「紀伊路」と呼びますナ。その道中に在る神社や祠を「王子」と呼びますが、南部には熊野九十九王子の内の三つの王子が在り、中でも街中に在るのが「三鍋王子(みなべおうじ)」。説教節でお馴染みの小栗判官所縁の地です

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★明日は「和歌山県田辺市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「日本一の梅の産地 みなべ町!」みなべ観光協会HP
★「南紀ほんまもん王国」南紀エリア観光推進実行委員会HP
★「日本最高峰ブランド『南高梅』」紀州うちとこ日本一!和歌山県庁HP
★「日本一の梅の里みなべ・田辺観梅情報」AGARA紀伊民報HP
★「個性を生かせるチャンスがある」和歌山県立南部高等学校HP
★「鹿島」みなべ観光協会HP
★「世界遺産 紀伊山地の霊場と参詣道」和歌山県庁HP
★「熊野古道を歩く 三鍋王子」らいちゃんの家庭菜園日記ブログ
★「『小栗判官』おぐりはんがん」歌舞伎見物のお供ブログ
★「和歌山でパンといえば『ナカタのパン』」ナカタのパン ファンのページHP
★「ナカタのスイート」凍りの梨ブログ

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★「2371 【やきそば252】双子の紀伊一宮と『片面焼きやきそば』・・和歌山市

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(実に久し振りに『旅行記らしい旅行記』を書いた様な気がしますナ)


電車の旅じゃ無く、車やバイク旅だったら内陸の梅林まで参り、南高梅のお料理を堪能するトコですが・・ま、仕方無いですナ。やむなく砂浜で太平洋を眺めながら、万一の時の為に買っておいた和歌山名物「ナカタのパン」でも食べるコトに。以前もご紹介したコトが在りますが、ナカタ(名方製パン)さんは和歌山じゃ知らぬ者の無いパン会社で、創業明治三十六年(1903)と云う超老舗。古いだけに不思議なパンや、不思議な名前のモンが多いですが、JR和歌山駅近くのスーパーで私メの興味を惹いたのがご覧の「スイート」。ほんとナンて事無い関東風のメロンパン(関西じゃコレを『サンライズ』と呼んだりしますナ)なんですが、なぜ和歌山じゃスイートと呼ぶのか?やっぱ甘いからでしょうか?




| 2015.12.19 Saturday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2371 【やきそば252】双子の紀伊一宮と「片面焼きやきそば」・・和歌山市
銀杏や紅葉見物に忙しく、少し前の旅のご報告です。御容赦の程を

「双子の紀伊一宮」を参拝しようとしましたら、その鳥居前の不二家の屋根上にこのお二人が!ペコちゃんは昭和二十五年(1950)生まれの「永遠の六歳」、ポコちゃんは翌年生まれで「永遠の七歳」ナンだとか

今年も残り二週間を切りましたナ。思えば去年の今頃、私ぁ心神が崩壊して全くの不調に成り、以来ナンとか復活致さんと一日も休まず、敬愛するドクターの指示に従い、服薬治療と青空療法に励んで参りました。

その甲斐有って漸く安定し、最近は随分健やかに過ごしてますが、寛解にゃ程遠く・・小春日和を楽しンでる様なモノ。ホントの春の前に寒い冬が有る様に、薬を段々減らして行く・・長くて辛い棘の道が待ってます。

そして何より神サマ仏サマに御縋りし、お助け戴いた年でした。都内のみならず各地の多くの神社仏閣教会モスクに「どうかお助け下さい」と御祈りし、特に春先に伊勢神宮へ詣でてから療養が軌道に乗った感が。

流石に日本神道の最高神だけ有って、伊勢神宮・内宮の御祭神「天照大神」サマの御神力はスゴイと感服するばかりですが、そんなお伊勢サンに等しいと称された神社が和歌山市に在るとか。行かにゃ成るまい。



日前宮の東側に在るのが「國懸(くにかかす)神宮」サマで、「八咫鏡(やたのかがみ)」のプロトタイプの「日矛鏡(ひぼこのかがみ)」が御神体。朝廷から準皇祖神の扱いを受けた、日本最古の神社の一つだそうナ

ソレが紀伊一宮の一つ「日前宮(にちぜんぐう)」サマ。一宮はフツー各国に一社ずつの筈ですが、紀伊國(今の和歌山県)にゃ三つ在ると云うから面白い。しかも日前宮は双子の神社の総称と云うから、なお面白い。

天照大神サマが天岩戸に御隠れに成られ時、洞窟の中の大神サマの興味を引く為に、「八咫鏡」が造られたと日本神話に有りますネ。三種の神器のお一つで、伊勢神宮・内宮の御神体に成ってるとされてますヨ。

処が神話時代から工夫の国ニッポンで、八咫鏡を鋳造する練習で二枚の鏡を先に造ったとか。その二枚の鏡が日前宮の双子の一宮の御神体に成ってる様ですが、昔のコト過ぎて講釈師風情にゃ真偽なぞ判らん!

でも信じる者は救われるで、本気で信じて祈ったからこそ・・お伊勢サンは助けて下さった筈。ソコに等しい御神力と聞くと、祈る思いに力は入ります。年が明けたら再び減薬に挑む私メに、どうかお力を下さいませ。


日前宮の西側に在るのが「日前(ひのくま)神宮」サマで、コチラは「日像鏡(ひがたのかがみ)」が御神体。神社にも「神階」と云う朝廷の格付けが在りましたが、お伊勢サンと日前宮だけは別格扱いにされてます

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★明日は「和歌山県日高郡南部町」への訪問記です★

(参考リンク)

★「わかやま市で見て、食べて、遊ぶでござる!」和歌山市観光協会HP
★「四季百景わかやま市」和歌山市観光協会HP

★「agasus PLUS!」和歌山タウン情報アガサスHP
★「鳥居くぐれば神話の世界がそこに広がる」日前神宮・國懸神宮HP
★「ぶらり寺社めぐり 日前神宮・國懸神社」Flow&Stock HP
★「日前宮(紀伊国一宮) −新和歌山物語−」今日の景色ブログ
★「紀伊国の一宮」Misawa316HP
★「本物は実在する!三種の神器とその祀られてる場所」NAVERまとめHP
★「Peko World ペコワールド」不二家HP
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★「828 【スイーツ39】和歌山遺産『グリーンソフト』」
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★「2266 【お米料理189】『早なれ寿司』と挫けぬ吉宗公・・和歌山市」
★「2267 【麺類色々194】『和歌山ラーメン』と夜の和歌山城」
★「2268 【スイーツ175】『ミカンかき氷』と醤油発祥の街‥湯浅」
★「2269 【スイーツ176】『しょうゆソフト』と稲むらの火・・紀州広川」

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(正月の日前宮の参拝客は、毎年三十万人!地方都市でソレは凄い)

日前宮から和歌山駅へブラブラ歩いて(二km弱?)戻る途中、JR紀勢線の線路端で「片面焼きやきそば」てぇ不思議な看板を発見!拙宅の在る東京・板橋に「両面焼きそば」なるモノは有りますが、ハテ片面焼きとは・・?ドウやら「麺の片側だけをカリカリに焼く」と云うコトらしく、そりゃ面白いと頼んでみましたヨ。関東ご出身の御主人が「ウチは量が多い」と仰るンで、麺二百gの中盛りにしましたが・・麺の他にモヤシを一袋も使うのネ・・なるほど確かに凄い量に。これまたカリカリの鶏皮に、疲れ切った身体に優しい醤油の味付け。コレが関東だったら時々食べに参りますが、和歌山じゃチト遠い・・でも又参りたいモノです



| 2015.12.18 Friday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2269 【スイーツ176】「しょうゆソフト」と稲むらの火・・紀州広川

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今回の紀州路の旅が、考えてみれば私メの今夏「初めての海」。私ぁ海沿いの街でも育ったンで「やっぱ海はイイ」と思いますが、この穏やかな海が恐ろしい牙を剥く時も。紀伊半島の歴史は津波との戦いです

一向に好転せぬ心神に疲れ果て、東京から「気侭な一人旅」と関西へ逃げ出した私メです。まずは京都市をブラつき、続いて紀伊半島に参りましたが、「醤油発祥の地」なる看板に惹かれてJR湯浅駅で途中下車。

当然ながら湯浅駅には、「国の重要伝統的建造物群保存地区」に指定された湯浅町の観光案内図が飾られてましたが、不思議なコトに同じ様な案内図がもう一枚。但しソレは湯浅のじゃ無く、隣りの広川町のモノ。


津波に度々襲われた紀伊半島は、昔から堤防の在るトコが多い様ですが、名高いのが広川町の「広村堤防」。「稲むらの火」の安政南海地震後に築かれたモノで、終戦直後の大地震の津波から街を守ったとか

その看板にゃ聞いたコトの有る字が・・「稲むらの火」ってドッカで聞いた様な?服薬の為に異様に「物覚えが悪く成った」「物忘れの激しく成った」私メですが、発病以前のコトは結構覚えてる。ソウだ、思い出した!

四年半前の大震災で大津波が発生した時に、「地震後の津波への警戒と早期避難の必要性、人命救助の為の犠牲的精神」を説くとして喧伝されてた、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)先生作の小説の題名でしたナ。


三陸沿岸に新築された巨大な堤防を思うと「コレで大丈夫?」と心配に成りますが、安政五年(1858)に完成して以来、幾度もの大地震・大津波から広川町を守り続けてきた「広村堤防」。今でも現役バリバリです


八雲センセが「日本の生き神」として紹介した主人公のモデルは、広川町の醤油醸造者だった「濱口梧陵(はまぐちごりょう)」と云う方。この人ン家の醤油は皆様もきっと使ったコトの有る筈、今のヤマサ醤油だから。

幕末のヤマサ醤油は、千葉の銚子と紀州の広川の二元体制だった様。梧陵サンは銚子や江戸で若い頃を過ごし、やがて本家当主として広川へ戻り、そして安政元年(1854)暮れの安政南海地震を迎えるコトに。


言葉じゃ説明し切れないンで、津波と広村堤防の歴史はコチラをご覧下さいませ。堤防建設は防災だけじゃ無く、震災後の雇用対策と経済再建も兼ねたモノですが、その費用は全て梧陵さんが負担してますヨ

八雲センセの小説では、地震直後に襲来する津波を知らせる為、主人公は収穫したばかりで田んぼで乾してた稲わらに火を放ち、その消火の為に集まった村人たちを連れて高台に逃れた・・てな粗筋だった気が。

実際の梧陵さんは「脱穀し終えた藁」に火を放ち、高台への避難誘導に努めた様ですが、スゴイのはその後!紀州藩の許可を取り、全て自費で新たな堤防を築き、未来の街を守ろうとした・・講談に成る人物です。


隣り合う湯浅町と広川町の役場は一kmも離れて居らず、また両町の共同玄関がJR湯浅駅って塩梅なのに、共に歴史が古い分だけプライドが高いのか?今イチ仲が宜しくないらしく、合併する気は無いンだとか。正直言って広川町はコレまで全く知りませんでしたが、湯浅駅に降りたついで乍らも、訪ねて良かったと思った私メ。また行きたいですネ

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(参考リンク)
★「広川町観光マップ」広川町役場HP
★「わかやまてくてく旅・広川町」和歌山県観光連盟HP
★「あなたの心にも、消えることのない稲むらの火を・・。」稲むらの火の館HP
★「稲むらの火」防災システム研究所HP
★「濱口梧陵(儀兵衛)」防災システム研究所HP
★「教科書にものった『稲むらの火』七代濱口儀兵衛」ヤマサ醤油HP
★「『稲むらの火』と史跡広村堤防」津波ディジタルライブラリィHP
★「昭和南海地震津波における広村堤防の効果と問題点」気象庁HP
★「ヤマサで日本の食文化を楽しもう!」ヤマサ醤油HP
★「和歌山県広川町 しょうゆソフトクリーム」Team Mo−Doブログ

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(旅すると発見が多く、ソレをブログに書くため新たな勉強に成ります)


湯浅町じゃ見付けるコトの出来なかった「お醤油のソフトクリーム」を、広川町の濱口梧陵記念館「稲むらの火の館」の売店で、アッサリ発見しましたヨ。恐らくは千葉・銚子市のヤマサ醤油の売店で売られてるモノと同じと思えますが、確かに醤油ナンだけど醤油っぽくない、だけども殆ど甘くない、実にサッパリした味のソフトクリーム。服薬の為に全くお酒が呑めなく成り、すっかり甘党に成ってしまった私メですが、左党だった頃でもコレなら美味しく思えただろうと思える、面白い味でした




| 2015.09.11 Friday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2268 【スイーツ175】「ミカンかき氷」と醤油発祥の街‥湯浅

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古くから天然の良港として知られ、紀伊半島西部の海運の拠点として栄えた湯浅町は、鎌倉時代に日本の醤油製造が発祥した街。この港から全国に醤油が積み出され、また製法が拡がってったンでしょうナ


ご覧のブログの更新を中断してる間、気侭な一人旅で関西各地をブラついてた私メです。生まれ故郷で今も住んでる東京も良いですが、普段と違う街を歩いてみると目新しいモンが多く、気分転換に成りますネ。

昨年末から滅入ってばかりで、副作用やらナニやらに怯えながら治療に励んでますが、こうして旅に出ると気分が多少楽に成るンだから、やっぱ「外に出なきゃ」いけませんねぇ。ジッとしてると悪いコトしか考えぬ。


湯浅町の中心街は、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、醤油や味噌の醸造業で栄えた頃の面影を今に伝えてます。ですが残暑が厳しかったからか?折角の街並みを歩く人は皆無でしたヨ

だから知らない街を多く歩き、気分転換から心神復活を図りたいと思いますゼ。ソコで昨日までご紹介の和歌山市から、JR紀勢線のローカル電車に乗って、初めての街を訪ねてみましょうや。さてドコで降りよう?

四十分ほど走った電車が停まったのは、ホームに「醤油発祥の地」てな看板が目立つ湯浅駅。ソウ云えば東京のスーパー等でも、紀州湯浅の醤油が売られてたりしますナ。ソレは面白そう、歩くコトにしましょうか。


保存地区の北側に「大仙堀」と云う、醤油積み出し用の運河が残ってますヨ。昔はこの堀沿いに九十二軒もの醸造所が並んでたソウで、辺りは醤油の香りが漂ってたンでしょうナ。今は潮の匂いばかりですが

まるで街中の路地みたいな熊野街道を少し歩くと、実に立派な古い街並みが。関西は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されてるトコが多く、コレが関東だったら人気観光地に成ってる筈。なのに誰も居らん。

心神崩壊と共に「人混み苦手症」に成っちまった私メ。コレだけ空いてると街全体を独り占め出来る様で、ヘンな意味で嬉しい・・。でも醤油の香りを期待してたのに、ソレより潮の匂いが何となく・・海が近いみたい。


保存地区の中で醤油醸造を続けるのは、ご覧の「角長」さん一軒だけだとか。湯浅町全体でも数軒だけに減っちまったソウで、ソリャ醤油の香りがしない訳だ・・。売店は開店休業の様で、誰も居ませんでしたネ

が・・街を独り占めに出来るのは嬉しいけれど、残暑厳しき平日お昼前。醸造業で栄えた街は大抵、ソレを用いたアイスやソフトクリーム辺りを売ってるモンですが、訪ねる人も居なけりゃ、お店も殆ど開いとらん。

「暑さを暑さと感じられる」身体に今頃成った私メで、何か冷たいモンを食べたい・・で、やっと食べられたかき氷。お蔭で頭がシャンとして、再びブラブラ歩いて海へ出ましたが、考えてみれば今夏初めての海でした。


紀伊山地を源流とする「広川」の河口に架かる、ご覧の高々とした「那耆(なぎ)大橋」の向うは、湯浅町のお隣り・広川町。明日はソチラを訪ねますが、広川町も湯浅と同じ昔からの醤油醸造の街だったりします


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(参考リンク)

★「今も懐かしい時代の歴史を感じられる町」湯浅町観光協会HP
★「伝統と歴史が息吹く醤油発祥の地」湯浅町役場HP
★「湯浅伝統的建造物群保存地区」湯浅町役場HP
★「湯浅の町を散策 金山寺味噌と醤油で栄えた街」たび旅 和歌山HP
★「和歌山県有田郡湯浅町 醸造の香りに生きる町」えいちゃん笠岡を走りまくるHP
★「湯浅の醤油」湯浅町役場HP
★「天保十二年創業」湯浅醤油の角長HP
★「湯浅に生まれたおもちゃ箱」湯浅おもちゃ博物館HP


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(週末は結構賑わうンだソウで、ドウにも訪ねた日が悪かった様です)


人影なき湯浅の古い街並みを彷徨ってた時、たまたま水撒きをしてた女性と眼が合って、呼ばれるがママに訪ねたのが「湯浅おもちゃ博物館」なる、もと豆腐屋の古民家を再生・利用した文化施設。そのロビーで念願の冷たいモノ「かき氷」を食べた私メ。練乳がけを頼んだ筈が、どうもソレ以外の甘〜い味が底の方に。聞けば「紀州特産の有田ミカ
ンの花から採った蜂蜜」を入れて有るソウで、同じミカン大国・静岡県で育ったにも拘らず、ミカンの蜂蜜って初めての味ですナ。尤もソレ以前に「コレが私メの今年最初のかき氷」って、初物尽くしの湯浅でした




| 2015.09.10 Thursday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2267 【麺類色々194】「和歌山ラーメン」と夜の和歌山城

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一昨日は青空に輝く和歌山城大天守の姿をご紹介しましたが、今日は一転して漆黒の闇に浮び上がる大天守を。同じ御三家でも名古屋城ほど派手で大きくないのは、初代藩主・頼宜公の為だったと云う噂が

残暑厳しい和歌山市内をブラ付く私メです。心神回復の為の青空療法にココでも勤しみ、普段の倍の二十km近くも歩いちゃいましたが、東京からじゃ滅多に訪れられない街だから、歩いてホント楽しかったですヨ。

ですが私ぁ急激に痩せ過ぎて体力が落ちてますンで、疲れ切る前にソレを止め、日が暮れて涼しく成ってからブラブラ歩きの再開へ。服薬の為に以前と違ってお酒を全く呑めませンので、夜は至って暇ですしネ。

和歌山市は街のほぼ真ン中にお城が在りますが、ドウ云う訳か?JR和歌山駅からも、南海・和歌山市駅からも等しく遠く、ライトアップされたお城を見に行くのに手間が掛ります。バスに乗ろうかタクシーにしようか。

でも午前中に歩き廻ったお蔭で地理が判るンで、やっぱ夕涼みがてら歩こう!「知らン街は歩け」と言われますが、全く以てその通り。足裏や股関節の痛みも引いてるし、ラーメン食べるのを楽しみに歩け歩け!


JR快速電車に乗れば、大阪・天王寺駅からわずか七十分の和歌山駅。近鉄百貨店も入ってて結構立派ですが、夜は人影が少なくて・・。和歌山は人口減が著しく、県全体で百万人を割り込んでしまったとか

江戸幕府の二代将軍・徳川秀忠公の御命にて、元和五年(1619)静岡の駿府城から和歌山城へ移封と成ったのが、紀州徳川家の初代・頼宜公。秀忠公は代わりに駿府城に、自分の息子の忠長公を入れてます。

つまり秀忠公は江戸から遠い和歌山に、実弟の頼宜公を追っ払った訳ですナ。と云うのは「遅れて来た戦国武将」と云うか、血気盛んで覇気に富む方で、豊臣家が滅亡して遂に天下泰平を迎える時代にゃ合わぬ。


いつ謀反を起こすか判らぬ、危険な人物と見なされてた節が強く、幕府転覆を狙った「由比正雪の乱」の裏幕だった疑いが!家来達も判ってますンで、公儀の嫌疑をかわす為にひたすら低姿勢に成らざろう得ない。

だもんで頼宜公が和歌山に、名古屋や駿府に負けぬ巨大な城を築こうとしたのも止めと成り、五十五万石と云う大きな禄高に似合わぬ、小ぶりな天守閣に成ったと講釈師は申します。でもステキな夜景でしたネ。


和歌山駅はJR線だけじゃ無く、「日本一心豊かなローカル線」を目指す和歌山電鐵線も乗り入れて居り、同線を全国的に有名にさせた猫駅長「たま」のイラストポスターが飾って在りましたヨ。集客に大貢献した功で一昨年から社長代理にまで出世してたソウですが、今年六月に十六歳で大往生・・。悪乗りし過ぎな感も有りましたが、本人(本猫?)は余り嫌がって無かったらしく、駅長の座は「二代目たま」が継いだとか

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(参考リンク)

★「わかやま市で見て、食べて、遊ぶでござる!」和歌山市観光協会HP
★「四季百景わかやま市」和歌山市観光協会HP
★「和歌山城」和歌山市観光協会HP
★「徳川御三家・徳川御三卿とは何か」テレビを見るための日本史ブログ
★「紀州徳川家」水野日向守本陣HP
★「南海の龍 徳川頼宜」日本史探究ブログHP
★「謀反疑惑も笑って一蹴、遅れてきた戦国武将・徳川頼宜の豪気」武将ジャパン・ブログ
★「日本一心ゆたかなローカル線になりたい」和歌山電鐵HP
★「駅長たまが愛されるのは当然の理由があった」東洋経済オンラインHP
★「和歌山中華そば・ラーメン」和歌山市観光協会HP
★「和歌山、いや日本最強ラーメン店『井出商店』の中華そばが美味すぎた」KeiKanriブログ

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(当初の徳川御三家は、『尾張家』『紀州家』『駿府家』だった様ですナ)

夜はJR和歌山駅からお城まで、往復約五キロを歩いちまった私メ。流石に汗をかき過ぎて、糖分だけじゃ無く、塩分も補給しないと身体がキツイですナ。てな訳で、和歌山駅近くの超有名ラーメン店「井出商店」サンにお邪魔して、全国のラーメン好きを唸らせたと云う「和歌山ラーメン(和歌山じゃ単に『中華そば』と呼ぶ様ですが)」を啜るコトにしましょうか。コッテリしてるのにアッサリしてると云う醤油豚骨ラーメンが大人気で、行列必至と聞いてましたが幸い並んでる人も無く、アッサリ入れ
た私メ。ですが・・向いて無かったのか?聞いてたほど美味しいと思えませんで・・。歩きすぎて疲れ果ててたのか、或いは服薬治療の影響か?舌の感覚がきっとマヒしてたンでしょうナ。少し残念な心地でした




| 2015.09.09 Wednesday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2266 【お米料理189】「早なれ寿司」と挫けぬ吉宗公・・和歌山市

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紀州徳川家はご覧の「和歌山城(虎伏城)」を本拠地とし、二人の将軍を輩出してますが、そのお一人・吉宗公が藩主としてココに居られたのは、宝永二年(1705)〜正徳六年(1716)までの足掛け十二年間です


気侭な一人旅で東京を離れ、残暑厳しき関西を訪ねた私メです。京都に続いて和歌山市へ参りましたが、ココでも心神回復の為にブラブラ歩き廻る青空療法を。久し振りのトコですンで、全てが目新しく感じます。

だもんでつい調子に乗り、また「暑さを暑さと感じられる」様に成ったのが嬉しくて、気付けば二十km近く歩いてました。コリャ普段の倍位ですが、気分が重くて二kmも歩けぬ日も有るンで、歩き貯めと云うコトで。

和歌山市と云えば御三家の「紀州徳川家」のお膝元で、市街の真ン中に和歌山城が聳えてるンで、当然の様にお城や周辺をブラついた訳ですが、お城の南西ソバに建つ近代美術館の前に、珍しい方の銅像が。

ソレは江戸幕府の第八代将軍「徳川吉宗」公の銅像で、極めて有名なお方ながら・・初めて拝見した様な。探せば東京のドッカにも居らっしゃるンでしょうが、お見掛けした覚えは有りませんヨ。お早うございます!


吉宗公は第二代藩主・光貞公(家康公の孫)の四男で、越前葛野藩(三万石)の殿様で終わる筈が、兄弟の早逝の為に和歌山藩五十五万石の第五代藩主と成り、遂には江戸で将軍に・・大出世を遂げた方です


徳川御三家のうち、尾張家と紀州家は江戸の将軍家が途絶えた時の為の「お控えの家」。その将軍家は七代で途絶え、第八代将軍に成ったのが、和歌山藩の藩主だった吉宗公。本家以外じゃ、初めての将軍さま。

分家から本家を継いだ吉宗公に対し、ソレ以前から居た幕府の役人達は「分家だった癖に」と侮った筈。ですが負けずに、吉宗公は幕府の大改革「享保の改革」に取り組ンだのは、皆さまも学校で教わった事実。

目先の利益を確保する「企業の改革」の為に、外部から経営者を招き入れるコトが最近多いですナ。余計な柵が無いから、思い切った大鉈を振るえる。尤もマクドナルドの凋落を見てますと、失敗する方が多い様な。

企業は潰れりゃ済みますが、国政を執る幕府はソウ成らず。だから地道かつ大胆に、腰据え命懸けで改革に取り組ンだとか。ソレが出来たのは吉宗公が、心身共に挫けなかったからと聞きます。私メも頑張らにゃ。


吉宗公の銅像のすぐ近くに、昭和四十六年(1971)まで和歌山市内を走ってた「南海・和歌山軌道線」の電車が!衰退著しい中心繁華街の復活を目指し、その復活が現在検討中と聞きますが、今も残ってたら私ぁ余り歩き廻らずに、コレに乗って市内観光を楽しんだンでしょうナ

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★「わかやま市で見て、食べて、遊ぶでござる!」和歌山市観光協会HP
★「四季百景わかやま市」和歌山市観光協会HP
★「和歌山城」和歌山市観光協会HP
★「徳川御三家・徳川御三卿とは何か」テレビを見るための日本史ブログ
★「紀州徳川家」水野日向守本陣HP
★「吉宗ものしり帖」紀州徳川廟・長保寺HP
★「徳川吉宗と享保の改革」裏辺研究所HP
★「南海電鉄 和歌山電軌線」ローカル駅の坪庭HP
★「路面電車の復活なるか 和歌山市が研究」わかやま新報HP
★「紀州のお寿司 早ずし」JA3PLBと次田FamilyWeb HP
★「丸中寿司の早なれ寿司」kammy食べパケ・ブログ


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(分家出身だから軽んじられた?なぜ東京に銅像が無いのかしらん)


往年の某有名時代劇ですと吉宗公は大勢の侍をバッタバッタと斬り倒す、随分と短気で乱暴なお方として扱われ、「暴れん坊」なイメージをお持ちの片ばかりだと思いますが、実際は気の長い方で、刀を持って立ち回りをされる様な方じゃ御座いませんヨ。ですが和歌山は短気なお方が多いのかナ?名物の「鯖の馴れずし」が熟すのを待ちきれない方々の為に、ジックリ発酵させるンじゃ無く、お酢を用いてサッと食せる「早なれ寿司(早ずし)」が別にございますナ。和歌山じゃラーメン屋さんのテーブル等に置かれ、一緒に食べるのがフツーみたいですが、コレは地元のスーパーで買ったモノ。握り寿司と押し寿司の真ん中位の食感で、歩き廻ってチョット疲れた身体に酢飯が嬉しかったですネ。なお
和歌山ラーメンは某有名店を、明日ご紹介させて戴こうと思ってます




| 2015.09.08 Tuesday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
2265 【スイーツ174】昔は近かった和歌山と「グリーンソフト」

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和歌山城が築かれたのは、豊臣家による紀州征伐の終わった天正十三年(1585)のコト。ソレまでは「若山」と書いてたソウですが、万葉集にも詠まれた景勝地「和歌浦」が近くに在るコトから、字を変えたとか


残暑厳しき関西を、気侭に一人旅した私メです。結構な気分転換に成りましたが東京に帰ったら暗転し、昨日は更新を休む破目に。依然として我が心神は本調子にゃ遥か遠く、副作用やらナニやら辛いコトばかり。

好転する目途が全く立たぬ以上、騙し騙し堪えるより他は無く、コレからも更新を時々休むやも知れず・・無理せずボチボチ参ります。さて三年半ぶりに私ぁ和歌山市へ参りましたが、東京からココは気分的に遠い!

関東の千葉県と一緒で、
共に太平洋に突き出た巨大半島。無礼承知で申し上げますと、国土軸から食み出てるンで「ソコが目的」じゃ無いと、千葉も和歌山もまず参りません。何しろ「ついでに通るトコ」じゃ無いし。

だってソウでしょ。西の方が千葉へ行く時は、コリャ如何したって東京で乗り換えにゃ成らぬ。尤も最近は成田空港を拠点とするLCCが増加して、以前とは逆に「関東の入口が千葉県」に成る場合も有りますけど。


御三家の一つ・紀州徳川家の本拠「和歌山城(虎伏城)」は、五十五万石の大々名にふさわしい壮大な構え。戦前は国宝指定されてた大天守は空襲で焼失し、現在のは昭和三十三年(1958)に再建されてます


逆に東から和歌山へ行くには、大阪で乗り換えが一般的。LCCで関西空港を使っても、アソコは大阪府だから「関西の入口は和歌山県」てな訳にゃ成らぬ。大阪と云う大きな壁の向うに在る、心理的には遠い県。

なのに江戸の徳川将軍家は、最重要な親族たる御三家のお一つを、敢えて和歌山城に置いた。コレは今と昔の常識基盤が異なり、東西間の重要幹線は、東海道以外にも在ったから。ソレは太平洋沿いの海路。

飛行機も自動車も鉄道も無い時代で、東西間でモノを効率的に大量に早く運べるのは、和歌山の紀伊半島から千葉の房総半島へ、白帆に風受け太平洋沿いを威勢良く突っ切る「弁才船(いわゆる千石舟)」だけ。

万一の時に大坂へ攻め込む為の紀州徳川家ですが、静岡の遠州灘沖さえ無事に渡れれば、弁才船は結構安全だったンで、「関西の入口」的な役割を、幕府は和歌山城に求めたンでしょう。昔は近かった様です。


最大時の四分の一ほどしか残って無いソウですが、ソレでも随分と広いお城でしたヨ。和歌山城でも青空療法とテクテク歩き廻りましたが、フト見上げれば・・ご覧の緑のトンネルが!気分がスッキリ出来ました

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★「わかやま市で見て、食べて、遊ぶでござる!」和歌山市観光協会HP
★「四季百景わかやま市」和歌山市観光協会HP
★「和歌山城」和歌山市観光協会HP
★「和歌山城〜和歌山県和歌山市〜」裏辺研究所HP
★「紀州藩主」わかやまを知る・楽しむ!ブログ
★「立地が悪すぎて、特産物があるのに栄ない和歌山県はどうしたらいいんじゃ!!!」かくいう私も青二才でねブログ
★「江戸の海運」K2mamapapaのblog
★「菱垣廻船と樽廻船」徹底調査 愛知県の博物館HP
★「わたしたちは和歌山で江戸時代の創業より緑茶と共に歩んでいます。」お茶の玉林園HP

★「老舗が考えた世界初の抹茶ソフト」プレミア和歌山・和歌山県庁HP
★「和歌山県民に愛されるローカルソフト」Excite Bit HP

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★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

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(『菱垣廻船』『樽廻船』なる特別な弁才船が、太平洋沿いの主役です)

江戸〜大阪間の最初の「菱垣廻船」は紀州の船だったソウで、江戸時代は江戸から近しい存在だった筈ですが、時代の流れで遠く感じられる様に成り、和歌山にゃ独自の文化が栄えてますナ。そんな和歌山を代表する食べ物と云えば、ミカンや梅干しじゃ無く、ソレは「玉林園のグリーンソフト」だったりする。和歌山城大天守が再建された、昭和三十三年に売り出された「抹茶入りのソフトクリーム」で、玉林堂さんの直売店で食べられる
柔かい方は以前ご紹介しましたが、今回はより一般的なカチンコチンに凍ってる方を。市内・県内のコンビニでフツーに売られてますし、大天守の茶店でも当然の様に売られ、残暑厳しい城内を歩き回って汗だらけの身体にあぁ嬉しい!尤も柔かい方と硬い方のドッチを好むか、県内じゃ意見が盛り上がるソウで、実に楽しいです




| 2015.09.07 Monday (00:15) | 和み和らぐ和歌山県 | - | - |
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