きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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1628 【名物パン170】「日本一まずいバターパン」と瑞祥地名・・喜多方


喜多方市街地を流れる「田付川」の源流は、福島・山形・新潟の県境に聳える「飯豊山地(最高峰は大日岳2128m)」で、背後に見えてる白い山々ですナ。やがて川水は阿賀野川に合流し、日本海へ流れて行きます

福島・喜多方市をブラ付いて居りますが、ココは元々「北方」と書いてたンだとか。読みは同じ「きたかた」ですが、字が違ったンですナ。会津盆地の北の方に在る街だから北方だった訳ですが、ソレを御目出度い字に変えたンです。

こう云うのを地理業界じゃ、「瑞祥地名」と申します。そもそも日本にゃ初め文字が有りませンで、仕方無いンで中国から「漢字」を輸入してソレを用い、やがて漢字を分解して「ひらがな」と「カタカナ」と発明。現在に至ってますヨ。

漢字は「発音」だけのひらがなやカタカナ・アルファベットと違い、「意味」を同時に持ち合わせてる珍しい記号ですが、コレを導入した万葉人たちは漢字の発音部分だけを取り出して、イロイロ語呂合わせして楽しんだと言うンです。

この頃から日本人の宿痾「根本的発明は苦手だが、ソレを改良するのは大得意」が現れてた訳で、語呂合わせして遊んでる内に「音読み(輸入した通りの漢字の読み方)」に加え、「訓読み(勝手に改良した読み方)」を作り出した。


蔵のまち喜多方は、田付川西岸の中心街「ふれあい通り」以外にも、蔵造りの並ぶ通りが在りますヨ。コチラは東岸の「おたづき(小田付)通り」でして、整備が余り進んで無い分、哀愁をより感じさせて呉れる場所です

ホント有難いと云うか、余計なコトをしやがってと云うべきか?お蔭で「日本語は字体も読みも複数有ってヤヤコシイ」と、外国人から文句を言われる訳ですが、逆に云えば「コレだけ遊べる言語も珍しい」。ネイティブで良かった。

ヤンキーと云うか、昔の不良共が一番遊んでましたナ。ドウ云う訳か全国の壁に「夜露死苦」とスプレー書きされてまして、占領地に「キルロイ参上」と書き捲ったアメリカ軍をなぞった様。彼らの全国的な流行だったンでしょうか?

その伝で云えば、私メの住む東京・板橋区は「痛婆死苦」と成りますが‥正直嬉しく無い!縁起が悪過ぎる!コチとら江戸前な寄席芸人だもの、縁起を担ぎますゼ。すり鉢じゃ無く「当たり鉢」、梨の実を「有りの実」と現す芸界。

東は「吾妻」・西は「仁志」、南は「皆実」・北は「喜多」と言い換えたりしますンで、北方を喜多方に改名させた人達は・・私メらと同じ様な浮かれた輩共だったンでしょうか?失敗しがちな瑞祥地名の、数少ない成功例ナンでしょうネ。


ソレにしても・・造り酒屋の多い街です。コチラは寺町の大和川酒造店サンですが、喜多方は人口ちょうど五万の市なのに、蔵元が十二も在るソウで・・やっぱり酔狂なのが多いでしょうか?私メも真打昇進パーティーで会津の酒を振舞いましたンで、その味の良さは判ってる心算です

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(参考リンク)
★「ようこそ蔵とラーメンの町 喜多方へ」喜多方観光協会HP
★「酒のまち−喜多方」酒蔵奉行所HP
★「寛政二年(1790)創業、銘酒『弥右衛門』」大和川酒造店HP
★「音で遊ぶ『語呂合わせ』について。」ことばあそびにっき。ブログ
★「瑞祥地名」青松啓明(あおのり)部屋ブログ
★「キルロイ参上」Saturmian Cafeブログ
★「日本一まずいパンVS日本一おいしいパン」学術的食文化探求の旅ブログ

(関連する記事)
★「712 【団子饅頭24】西院ってドウ読むの?」
★「790 【お魚料理42】こじつけに近い難読地名と『いかの麹漬け』‥十六島」
★「915 【揚げモン36】う〜む名前が‥、志木の『ピンク色のコロッケ』」
★「916 【団子饅頭37】また復活した旧町名と『塩あんびん』‥鴻巣」
★「948 【やきそば61】日本一のスモモの里で『ミート焼きそば』」
★「1627 【やきそば174】『炒めそば』も喜多方のローカルフード」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(安易な瑞祥地名は駄目ですヨ、地名にゃチャンとした意味が在るンだから)

語呂合わせと縁起担ぎのまち喜多方だけあって、山口食品サンと云う「酔狂の極み」みたいな製パン屋を見付けましたヨ。何しろ「日本一まずいバターパン(左下)」「日本一おいしい白バターパン(右下)」ですからネ。両方とも十分以上に美味しかったですが、ココの酔狂は「あなたを出世させるごますりパン(右上)」じゃ収まらず、中にクリームと餡入りの「オストアンデール(左上、押すと餡出る・・ですナ)」へと昇華します。その他「毒りんごサブレ」まで有りまして、ドウやら保健所に叱られた様ですが、洒落の判らぬ四角四面で堅苦しい輩共は放っときましょ。酔狂と悪趣味の境界は難しいですが、ソコを良く弁えて遊ぶのが「粋」ってモンですゼ




| 2014.01.15 Wednesday (00:15) | 負げるな!福島会津 | - | - |
1627 【やきそば174】「炒めそば」も喜多方のローカルフード


会津のシンボル「磐梯山」も、見る方向で結構姿が違いますネ。昨日の会津若松市は西南方向ですが、今日ご紹介の喜多方市は真西側。山頂の厚い雲が晴れたら最高ですが、コレだって十分以上にキレイです

福島県西南部「会津地方」を旅してますが、今日からは北部の中心都市・喜多方市へ参りました。「蔵とラーメンのまち」として売り出してる市で、全国で「喜多方ラーメン」は知られてる筈。東日本じゃ結構なブランドです。

「蔵の並ぶまち」としても賑わってますが、傍から見てると「ラーメンが主」「蔵めぐりは従」てな感じですナ。如何に素敵な街並みや文化が在っても、浮気な「姐ちゃんの喜ぶ食い物」が無いと、集客出来ンのが全国的傾向。

そんなローカルフードを「発掘」出来れば、地方の寂れた街が有名観光地に成れるかも・・てな訳で、全国アチコチで観光協会や商工会を中心に知恵を絞ってます。でもソレが簡単に探せるのなら、誰だって苦労しませんヨ。

何しろ地元者にゃ当然過ぎて、地元のドレが珍しいか全く判らン。で、勢い「B級グルメの捏造」に走る訳だ。敢えて「捏造」と申し上げますが、そんな底の浅いモンを喜ぶのは阿呆だけ。私メらの様な馬鹿は飛び付かんわ!


明治十三年(1880)の大火で街の殆どが灰燼と化した喜多方じゃ、以来蔵造りの住宅や店舗が「耐火建築」として広がります。また醸造業で栄えてたコトも有ってその仕込み蔵も合せて、今でも四千近くも在るとか

「食べ物による町興し」の成功例として挙げられるのが、今回訪ねた喜多方市。ですが本来は「蔵めぐりが主」「ラーメンは従」だったとか。時代の流れと共に壊される一方だった沢山の蔵が、TV番組を切欠に脚光を浴びた。

ソレは昭和五十年(1975)と云うから随分前ですが、ディスカバージャパンの流れも有って、大都会から物好き達が沢山やって来た。そんな旅人達が喜多方で食べた独特なラーメンを忘れず、口コミで「美味い」と広がった。

「捏造」じゃ無く、「発掘」されたローカルフード、いやB級グルメの最初って殆どそんなモンです。実際は会津全体で、昔から地域独特なラーメンが愛好されてまして、ただ単に喜多方で最初に発掘されただけナンですがネ。

「捏造」だと周知させるだけで力尽きますが、元々有ったモンだと余計な労力は要らんし、ナニより底が深いンでリピーターが増える。町興ししたい気持ちは判るけど、「外部の視線」を大切にして欲しいと思った私メでした。


蔵造りは住宅や店舗・仕込み蔵だけじゃ無く、ナント蔵造りのお寺まで在りましたヨ。「小荒山安勝寺」と云う曹洞宗の寺院で、ココも明治十三年の大火で焼けたンだとか。ソコで苦心の末に御本堂を蔵造りにすると云う、全国でも極めて珍しい形で再興されたンだとか。初めて見ました

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(参考リンク)
★「ようこそ蔵とラーメンの町 喜多方へ」喜多方観光協会HP
★「喜多方の蔵の考察」平成の名水ものがたり きたかたHP
★「『蔵』は男のロマンである」ワークビジョンズ一級建築事務所HP
★「日本一の蔵再生によるまちおこし」喜多方まちづくりセンターHP
★「喜多方ラーメン ラーメンで町おこしの先駆」ラーメン新聞HP
★「安勝寺(福島・喜多方市)」巡礼倶楽部ブログ
★「蔵ラーメンと炒めそばなら 食堂いとう」ぐるっと会津HP

(関連する記事)
★「1087 【やきそば89】塩山の『炒めそば』と『タンメン』」
★「1495 【やきそば153】ドッチが出て来る?伊那の『ローメン』」
★「1510 【名物パン146】『ビスロール』で町興しは無理だろうか?‥桐生」
★「1624 【お魚料理83 】観光史学と『ニシンの山椒漬け』・・会津若松」
★「1625 【やきそば173】千円札の偉人と『カレー焼きそば』・・会津若松」
★「1626 【お肉料理47】ドッコイ生きてた『中合の手羽先』・・会津若松」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(「開発」型のB級グルメの熱意は買いますが、何れ消えて行くンでしょうナ)

最近は「朝からラーメンを食べる」と云う事実を発掘し、ソレで再度売り出そうとしてますが‥結局、同じ喜多方ラーメンですしネ。ならば市内数店で古くから出されてる「炒めそば」はドウでしようか?実は焼きそばブログ界の巨頭「焼きそば名店探訪録」管理人のSaltyDog氏と示し合わせ、オッサン二人で同日に同じ「食堂いとう」サンで炒めそばを食べると云う、実に馬鹿げたコトをしたンですが・・麺はラーメン用の中太か。ソレを極めてウェットなソース汁で炒めたと云う、他所じゃ余り見ない逸品。果して浮気な姐ちゃん方にウケるか如何か自信は無いですが、少なくとも私ぁ気に入りましたネ。詳細は何れSaltyDog氏が書かれるでしょうから、氏のブログ上に掲載されるまでノンビリお待ち下さいませませ




| 2014.01.14 Tuesday (00:15) | 負げるな!福島会津 | - | - |
1626 【お肉料理47】ドッコイ生きてた「中合の手羽先」・・会津若松


JR会津若松駅の跨線橋からも、会津のシンボル「磐梯山(1816m)」が良く見えてました。幸いにして市内は余り雪が有りませんでしたが、お山はもぅ真白!その雄大かつ美しき姿に、只々見惚れるばかりですヨ

福島県西部「会津地方」の中心都市、会津若松市をブラ付いてます。お散歩の基点と成るのは、JRと第三セクター会津鉄道の「会津若松駅」ですが、駅のすぐ前に広大な駐車場が在りますヨ。ソコは「会津サティ」が在った場所。

全国の中小都市でソウで有る様に、ココも郊外の大規模SCとの競争に負けたか?駅前と云う好立地にも拘らず、元ニチイの会津サティが潰れて何年経ちますやら。大都会と違い地方では、駅前立地は利点に成らない様ですネ。

尤も会津サティは「赤字が酷いから」と云う訳じゃ無く、「建物の老朽化が進んで安全に問題が・・」てな理由だったらしく、結果として大震災前に閉めたのは正解だったかも。ただ跡地利用が決まらン様で、駐車場として利用中。

中心街でも福島地元資本のデパート「中合」の会津店が閉店し、早や四年も経ちますヨ。コチラも「赤字が酷かった」訳じゃ無く、売り上げが減っても多少は黒字を計上してた様で、「建物の老朽化が進んで・・」が理由だったとか。


会津若松の中央部「大町通り」は、会津藩時代からの繁華街。ですが中合デパートが閉店し、跡地は更地に成ったコトで・・より一層寂れましたナ。自動車社会じゃ、郊外の大規模SCが便利なのは確かですしネ

JRが国鉄だった頃、経営再建の為に赤字ローカル線を廃止すると云うコトに成りましたヨ。処が廃止予定線の沿線市町村は「オラがレールを守れ」と大反対!けれども時代の流れにゃ逆らえず、結構な数の路線が消え去りました。

「交通弱者の足を守れ」と反対してましたが、ホンネは「鉄道が無い街に成るのは恥ずかしい」だった筈。見栄を捨て切れなかった地域は「第三セクター」にしましたが、施設・車両の老朽化でそろそろ危ない会社が続出する時期。

会津サティにしろ中合会津店にしろ、地域の顔として愛され頼られてたのを、私ぁ何度か行ったコトが有るンで知ってる心算です。でも建替えるほど儲かって無かった・・その結果、若松中心街に地域の核店舗が無く成っちまった。

国鉄と違い民間資本は冷静で、「第三セクターにしても何れ破綻する」と算盤を弾いたンでしょう。中合は外商だけ残してた様ですが、やっぱ店舗が在った方が・・とサテライト店を再開しましたが、以前に比べ寂しい規模でした。


大町界隈からJR七日町駅までの「七日町(なぬかまち)通り」は、繁華街としての復活を諦めたか?古い街並みを生かし、観光地としての再生を図ってますヨ。ご覧の「満田屋」サンは天保五年(1834)創業の造り味噌屋で、味噌蔵を改装し観光客向けの「みそ田楽」のお店もしてる様です

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(参考リンク)
★「会津を楽しむ大人のWeb Magazine」会津全集HP
★「かつての賑わいを取り戻すのが最終目標」ORP大町通り活性化協議会HP
★「会津若松七日町通りの観光情報」ナヌカマチ・コムHP
★「中合サテライトショップ会津」中合福島店HP
★「会津中合(中合会津店)跡地」流通の記憶HP
★「サティについて語る〜会津サティ閉店」もうちょっと背伸びがしたいブログ
★「1834年創業 會津満田屋」満田屋HP
★「手羽先のからあげ店」会津の重ちゃん日記ブログ

(関連する記事)
★「276 お城だってメンテナンス位はする」
★「277 【お魚料理11】レオ様は九十二万石の大々名だった」
★「726 【名物パン52】福島市の名物『サラダパン』」
★「1624 【お魚料理83 】観光史学と『ニシンの山椒漬け』・・会津若松」
★「1625 【やきそば173】千円札の偉人と『カレー焼きそば』・・会津若松」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(中合はダイエー系列で、本体の経営が左前に成った影響も有るンでしょう)

中合会津店が閉店した時、テナントの幾つかは商店街に移転して生き残りを図ったとか。その一つが中合名物だった(らしい)揚げ手羽先の「29屋(にくや)」サンで、済みませんココは知りませんでした。醤油味が美味しい揚げ手羽先で、ドッコイ生き残ったトコが哀愁と愛着を誘うンでしょうか?次々お客さんが訪れて大単位で買って行く・・、繁盛してますナ。デパートや大規模SCが閉店すると、道連れに成って消滅する名物が多いですが、脱出させて残したのが羨ましい。余程愛されてたンでしょうナ




| 2014.01.13 Monday (00:15) | 負げるな!福島会津 | - | - |
1625 【やきそば173】千円札の偉人と「カレー焼きそば」・・会津若松


会津若松市「野口英世青春通り」は、猪苗代から出て来た英世さんが青春時代を過ごした街。左側の建物が左手の手術を受けた「旧会陽病院」で、書生として住み込んでたンだとか。ココから放蕩が始まります

子供の頃、「伝記」を沢山読みましたネ。処が何ゆえか?伝記に成る様な人は明治時代が多く、その前にゃ居なかったの?と訝しンだ私メでしたが、今回訪ねた福島・会津若松市を含む東北から、二人の奇妙な偉人が出てます。

ソレは「岩手出身の小説家・石川啄木」と、「会津出身の医学者・野口英世」両センセ。敢えて「奇妙」と付けたのは、子供向け伝記じゃ決して語られぬ、私生活が破滅してた人だからですヨ。極端に言えば、詐欺師も同然な人達。

詐欺師とは酷いですが、「口が上手でお金を引き出すのが天才的」「借りた金を無計画に浪費、放蕩に耽る」のが両センセはそっくりで、「金策に走って呉れる友人に恵まれた」のも一緒。勿論、なさった仕事はご立派ですけどネ。

啄木さんの金策をして呉れたのは、・・後の大言語学者・金田一京助センセ。英世さんの場合は東京歯科大学の創設者・血脇守之助センセで、私メも芸名「陽之助」を昔名乗ってましたンで、同じ「助」としてご同情申し上げます。

      
「野口英世青春館(旧会陽病院)」脇の広場に、英世センセの銅像が立ってましたヨ。ココに居た頃の英世さんは、横恋慕と云うか岡っ惚れと云うか、一種のストーカーに近い様な事をしてたらしく・・。ソレも青春ですナ

啄木さんは兎も角、英世さんは・・幼少時に左手の大火傷をし、ソレを手術で治して貰った事から医学を目指し、やがて優れた成果を現して外国に渡り、世界の医学の為に尽くしました・・としか読んだ伝記にゃ書いて無かったヨ。

ま、偉人全てが聖人君子じゃ面白くなく、清濁併せ呑む方が余程人間らしくて好ましい感も致しますが、振り回された親族・友人・関係者方は大変だったでしょうナ。私メも当事者だったら、「人間らしくて好ましい」とは言えませんゼ。

会津の片田舎の貧農の家から世に出た者が、まずは中心都市・会津若松の人達。続いて東京や世界のエリートさん達と伍して行く為にゃ、多少はヤバイ橋を渡らざろうを得ず、そのストレスから遊興に走るのは仕方の無い事かも。

なのに「仕方ないナ」と金策して貰ったり、見放されず世話して貰えたのは・・恐らく「人間らしくて好ましい」と思わせる魅力が有ったンでしょう。普段ナンも気にしないで千円札を使ってますが、そんな人だと会津若松で知りました。


英世さんの故郷は、会津若松と郡山との間の「猪苗代町」。東北最大の「猪苗代湖」と会津富士こと「磐梯山」の町で、会津若松と違い雪の中。十六歳までココで育ち、五十一歳でアフリカ・ガーナで亡くなってますヨ

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(参考リンク)
★「会津若松観光ナビ」会津若松観光物産協会HP
★「猪苗代・磐梯」猪苗代町観光協会HP
★「野口英世博士のあれこれ」日本銀行福島支店HP
★「旧会陽病院」喫茶店・會津壱番館HP
★「野口英世青春館」会津全集HP
★「野口英世の誕生日 実は稀代の詐欺師?」IPHON DE BLOGブログ
★「トミーフード」焼きそば名店探訪録HP

(関連する記事)
★「015 ボヤッキーは会津若松から上京した」
★「049 【やきそば02】新潟名物みかづきのイタリアン」
★「064 【名物パン04】盛岡には福田パンが有る!!」
★「278 猪苗代湖は栃木県の租界なのか?」
★「1522 【やきそば158】避難先の『浪江焼きそば』は馬九行久?・・二本松」
★「1624 【お魚料理83 】観光史学と『ニシンの山椒漬け』・・会津若松」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(英世さんって『山あり谷あり地獄あり』で、講談の題材としては魅力的です)

英世さんの銅像の在る「野口英世青春広場」は一種のフードコートの様に成ってまして、ソコで会津若松のソウルフード「トミーフードのカレー焼きそば」を売ってますヨ。新潟市や長岡市の名物「イタリアン」と同じく、フツーに焼いた焼きそばの上にカレーソースを掛けた一品。新潟じゃほぼ同じモノを「カリーナ」とか言ったりしますが、今の中高年が青春を過ごした頃にコレを売る店が人気だったソウで、ソレが復活した形に成るンだとか。カレーソースだけじゃ無く、新潟イタリアン風のミートソースまで掛けた「ミックス」を頂戴しましたが、英世さんがコレを食べたらドウ思ったンでしょうか?借りお金をコレに注ぎ込む事は無かったでしょうケド




| 2014.01.12 Sunday (00:15) | 負げるな!福島会津 | - | - |
1624 【お魚料理83 】観光史学と「ニシンの山椒漬け」・・会津若松


会津若松市の中枢「鶴ヶ城(若松城)」は戊辰戦争の大包囲戦により大破棄却され、明治政府により天守閣等の建物が解体されましたが、ご覧の「西出丸」を始めとした石垣の殆どは松平(保科)家時代のモノだとか

福島県西部「会津地方」の中心地、会津若松市へ参った私メです。ココは昨年の大河ドラマ「八重の桜」の舞台だったトコで、幕末の戊辰戦争の大激戦地でございますヨ。流石に冬の東北で、会津へ入る峠は大変な雪でしたネ。

さてドラマは予想通りの低視聴率で、歴代ワースト四位の平均だったとか。終わったから安心して言えますが、題材が悪い!演出が悪い!脚本が悪い!キャスティングが悪い!・・キリがございませんゼ。画質はキレイでしたケド。

会津じゃ随分視聴率が高かったらしく、鶴ヶ城を包囲した新政府軍の主力だった長州藩への憎悪感を高めた人は多かったとか。でも実際は・・新政府軍を歓迎し、城攻めの協力をした会津の人は多かったと記録に在りますゼ。

そもそも会津藩がナゼ新政府軍の総攻撃を浴びたかと申しますと、江戸幕府が瓦解する前、「京都守護職」を請負ってた藩主の松平容保公の命令で、反幕勢力のテロリスト共を厳しく取り締まったから。ただ・・チョット遣り過ぎた。


前回と違い、鶴ヶ城の特徴だった「赤瓦葺きの天守閣」が復元されてました。何もオシャレ心で赤くしてた訳じゃ無く、瓦の原料たる会津の土の中に含まれてる鉄分量の関係で、赤い瓦に成ってしまうと聞きましたヨ

私メら幕府贔屓は「良くやって下さった」と褒めたいですが、反対勢力の見解は違う訳で「良くもやりやがった」と恨みを高めます。そして大政奉還を経て立場が逆転したモノだから、「恨み晴らさずに居られるか」と会津へ総攻撃。

処が会津は武士階級と、ソレ以外との意識差が大き過ぎた。つまり税金を搾る側と、絞られる側の差ですネ。京都でテロリストを弾圧する為には金が掛かる→国元からお金を送らなければ→領民から年貢を多く取って穴埋めだ!

京都守護職を引き受けた時、「コレで会津は終わった」と予言した重役が居たソウです。つまり敵から必要以上の恨みを買う事と、領民に年貢増加で喧嘩を売る事を、容易に予測出来たンでしょうナ。実際、その通りに成っちまった。

会津藩が敗れると、喜び勇んだ領民は旧来の統治機構の廃止を求め、「ヤーヤー一揆」なる大反乱が発生。新政府軍はソレを鎮圧するのに、鶴ヶ城攻めより手間取ったとか。こんな幕末史が有ったのを、私ぁ知らンかったです。


観光資源にする為、歴史事実を都合よく改変・美化する・・「観光史学」と云うイヤな言葉が有ります。その二大例が「西の坂本竜馬」「東の白虎隊」でして、白虎隊の少年達の自滅がホントに悲劇で有るのならば、何故ソレを会津人は観光資源に出来るのか?疑問に思ってしまいます

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(参考リンク)
★「パーフェクトあいづ」あいづふるさと市町村圏協議会HP
★「赤瓦の鶴ヶ城へ」会津若松市観光公社HP
★「会津若松城」裏辺研究所HP
★「日本を揺るがす内乱・戊辰戦争1」ハンサムウーマン八重と会津博HP
★「『八重の桜』、大河史上4番目の低視聴率」MSN産経ニュースHP
★「それでも明日を生きて行く・・会津観光史学」大河逍遥ブログ
★「勝手に東北世界遺産・ニシンの山椒漬け」朝日新聞デジタルHP

(関連する記事)
★「276 お城だってメンテナンス位はする」
★「277 【お魚料理11】レオ様は九十二万石の大々名だった」
★「1521 【スイーツ91】故郷を守ろうとした少年隊と『玉羊羹』・・二本松」
★「1550 【野菜果物57】晩秋の南会津で『つと豆腐』」

(鯉風のお仕事)
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(会津のお侍さん達は、ホント良くやって下さったと個人的には思ってます)

新鮮な海魚が手に入らなかった内陸だけに、干魚を巧みに使った郷土料理がイロイロ発達してるのが会津。中でも一番美味いと思うのが、ご覧の「ニシンの山椒漬け(さんしょ漬け)」。身欠き鰊を山椒の若芽と共に醤油だれで漬け込んだモノで、元々は盆や正月の振る舞い料理だったとか。コレを肴に呑む日本酒は最高ですし、御飯のオカズでも抜群です




| 2014.01.11 Saturday (00:15) | 負げるな!福島会津 | - | - |
1550 【野菜果物57】晩秋の南会津で「つと豆腐」



大改修工事が終わったばかりで、緑色の外壁が鮮やかな会津田島の「旧南会津郡役所」。明治十八年(1885)に建てられた擬洋風建築で、昭和四十五年まで現役で使われてたとか。只今は資料館に成ってます

私メが寄席の出番等で良く参る東京・浅草の街にゃ、東武鉄道(本線)の始発駅が在りますヨ。関東じゃ最大の私鉄・東武は、今イチ垢抜けぬ感の強いですが、スカイツリー開業に合わせてイメージ一新を図ろうと、現在大発奮中!

スカイツリー見物に来た内外観光客に、日光東照宮や鬼怒川温泉への特急列車に乗って貰おうと、盛んにキャンペーンを実施してます。伊勢神宮の御遷宮ブームで特急が賑わってる、関西最大の私鉄・近鉄みたいなモンです。

両社共に運賃の他に料金が必要なタイプの特急で、定期客に比べて利潤の見込める観光客へ、「電車で行きましょ!出来れば特急で」てなトコかナ?尤も料金の要らない長距離快速列車も、コレまた仲良く走らせて居りますケド。

そんな東武快速列車じゃ、「会津田島」まで行くのが一番遠いらしい。どの位の距離かと云えば、浅草から約百九十kmの彼方。「東京から静岡まで」「名古屋から大阪まで」にほぼ等しいらしく、走る電車は長距離仕様の別誂え。


会津田島のメインストリート、日光と会津若松とを結ぶ「会津西街道(国道121号線)」沿いに趣ある建物が結構並んでますが、中でも立派なのが昭和九年(1934)築の「和泉屋旅館」さん。ナント現役の旅館ナンです

料金不要列車じゃコレが私鉄最長らしく、流石に東武だけじゃ収まらぬ。東武の終点・鬼怒川温泉から子会社の「野岩鉄道」を通り抜け、元国鉄の第三セクター「会津鉄道」にまで乗り入れる。乗り通すお客さんは居るのかしらん。

そんな会津田島まで行って参りました。勿論浅草から電車で行った訳じゃ無く、昨日ご紹介の白河市から「甲子道路」を通り抜けた、つまり反対側からアプローチ。ココも何度か訪ねた懐かしい街、合併で南会津町に成ってます。

けれどこんな晩秋に参ったのは初めて。白河はまだ暖かだったのに、流石に山深き南会津だけ有って寒いの寒くないの‥。近くがあの尾瀬と云うトコで、町の殆どは「特別豪雪地帯」に指定されてますヨ。コレからもっと寒く成る。

でも田島は「福島・会津地方」南部の中心で、街中は「豪雪地帯」で済むから大丈夫!と地元の方は仰いますが、そんな凄いトコまで直通列車が毎日走ってたのか‥。真冬に成ったら、浅草から一度乗り通したい様な気がします。


古く懐かしく感じるモノの多い会津田島のスーパーで、コレまた古く懐かしいモノを発見!以前もご紹介した事が有りますが、戦前バナナの代用品として普及の計られた「ポポー」。まさかこんなトコ(失礼)にも在ったとは‥。見た目は余り良く有りませんが、イザ皮を剥くと香りはバナナで、食感はマンゴか?耐寒性が強いンで、豪雪地帯でも大丈夫な様ですナ

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★明日は「東京都新宿区神楽坂」への訪問記です★

(参考リンク
)
★「ゆったりのんびりしれけやれ」南会津町観光物産協会HP
http://www.kanko-aizu.com/
★「四季の都 南会津」南会津町役場HP
http://www.minamiaizu.org/kanko/
★「福島県指定重要文化財」旧南会津郡役所HP
http://www.gunyakusho.ecnet.jp/
★「和泉屋旅館」おいでよ南会津プロジェクトHP
http://www.aizu-concierge.com/map/spot/10550/
★「電車で会津の旅」東武鉄道HP
http://tabi.tobu.co.jp/area/aizu/
★「ほっとスパ・ライン」野岩鉄道HP
http://www.yagan.co.jp/
★「心つながる小さな旅。素・敵・沿・線」会津鉄道HP
http://www.aizutetsudo.jp/
★「自然いっぱい、南会津!つと豆腐」福島県庁南会津農林事務所HP
http://wwwcms.pref.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet;jsessionid=FFE0FB353BC674F92D4104A36F9567F1?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=22607

(関連する記事)
★「275 【お鍋料理08】新潟の「のっぺ」は、南会津じゃ『つゆじ』と言う」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=301
★「1130 【野菜果物41】まもなく冬季閉鎖!志賀高原と『ポポー』」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=1205
★「1549 【名物パン155】完全復旧を目指す白河城と『あんバター』」
http://rifuh.jugem.jp/manage/?mode=write&eid=1616

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=154
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=268

(田島より北はディーゼルカーの運転に成って、会津若松まで延びてますヨ
)

雪深き山間の街は「真冬」と云う他所との断絶時期が有るだけに、独自の保存食品が発達しますネ。南会津ではも幾つか珍しいモンが有りますが、今回はご覧の「つと豆腐」を。細長タイプの少し硬い木綿豆腐と云うしか有りませんが、元来は藁苞(わらづと)に入れて煮て作るそうナ。薄く切ったのを郷土料理「つゆじ」等に入れ、汁物の具として食べるのが多い様ですが、荷崩れしないから重宝されるとか。チーズ風な食感と云うか、豆腐なのに歯応えが有って面白い!拙宅じゃ刺身にして食べました




| 2013.11.06 Wednesday (00:15) | 負げるな!福島会津 | - | - |
278 猪苗代湖は栃木県の租界なのか?


夏っ!ホント良いお天気でして、会津磐梯山の綺麗なコト綺麗なコト。

誰もが長い人生の中で、出来れば「知らない方が良い」的な悩みと云うモンはございますナ。知らない方が楽しく過せる、知らない方が悩まずに済むと云った類の、傍から見てると「ドウでもイイじゃねぇか!」と云う些細な問題。

ですが知ってる人には大問題!そんなコトの一つに「海無し県の悩み」と云うモノがございます。私ぁ広大な太平洋に面する静岡県で育ちましたンで、海無し県の切実な「海への憧れ」と云うモンが、殆ど判らないンでございます。

ただ子供の頃から、静岡県の海岸で大ハシャギしてるのは、大抵北隣りの山梨県から遠征して来た人達だと云う事は気付いてました。私メら静岡人からすると、「山梨人は馬鹿か?海のドコが珍しいンか?」だったンですが・・。

コリャ持つ者と持たざる者の見解の差で、ドウにも成らない問題でございますナ。海無し県には海無し県なりの楽しみが有る訳で、海を求めて移住しろと言う訳にも参りませんし。お近くの県の馴染みの海でハシャイデ下さいませ。


猪苗代湖の湖南地区から遥か磐梯山を望む。ナンだか海みたいだねぇ

さて私ぁ、日本第四位の大湖・福島県の猪苗代湖の湖畔で佇んだンですヨ。どうやらこの湖はジェットスキー遊びが盛んらしいンですが、ソレを載せて来たキャリーカーは殆どが栃木県ナンバー。ココは栃木県の租界なのかしらん?

地元ナンバーが居無い訳じゃ無いンですが、殆ど栃木県ナンバー!ジェットスキーの大会が在った訳でも無く、到ってフツーの夏休みの週末ナンですが、どうしてこんなに栃木人(と思しき人が)が多いのか?恐怖を感じる位でした。

同じ関東の海無し県グループでも群馬は新潟方面へ、埼玉は神奈川方面へ海水浴等に出かける人が多いと聞いてましたが(例外は有るでしょうが)、なら栃木は東隣りの茨城方面へ行くンだろうネ、と決め付けてましたンで驚いた。

キャリーカーを牽いたゴッツイ四駆が、恐らく百台単位で猪苗代湖に来てたと私ぁ踏みましたが、海有り県ならヨットやモーターボートで遊ぶ様な富裕層が栃木の場合は福島・猪苗代湖へ遠征し、ジェットスキーで遊んでる様です。

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★明日は「なぞの金曜日 第580回放送」の記録です★

(参考リンク)
★「猪苗代・磐梯」猪苗代観光協会HP
http://www.bandaisan.or.jp/
★「猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介」旅・万歳!HP
http://www.f-banchan.net/fukushima/inawashiro/lake.htm
★日本ジェットスポーツ連盟の公式HP
http://www.jjsfweb.net/
★「即席袋麺|カテゴリー別商品検索」東洋水産HP
http://www.maruchan.co.jp/products/category/index.html?action_search_list=true&c_id=0202&p=5

(確かにジェットスキーの類は、波の穏やかな内海の方が安全ですからねぇ)

北海道じゃメジャーな「屋台十八番」だが、コレは東北限定バージョン。




| 2010.08.06 Friday (08:20) | 負げるな!福島会津 | - | - |
277 【お魚料理11】レオ様は九十二万石の大々名だった


若松・興徳寺に残る氏郷公の(遺髪)墓。若松と名付けたのはこのお方

修繕中でチョット残念だった鶴ヶ城を見終えまして、私ぁ会津若松の城下町へと放たれたンですが、その足で真っ直ぐ向かいましたのは中心商店街の「神明通り」。お城と若松駅とのちょうど真ン中辺り()でございましょうか。

室町期からの重要城下町で、多くの百万石級の大々名が鶴ヶ城を本拠としただけ在って、人口十三万弱にしては街中は随分立派でございます。惜しむらくは戊辰戦争の時に、無慈悲な新政府軍によって焼かれて無ければネ。

ですがココも郊外大規模SCに破れた様でして、神明通りも寂れましたなぁ。唯一残ったデパート中合(なかごう)会津店も今年春に閉店したらしく、ホント大丈夫かしら?懸命な盛り返し策を図ってる様ですが、神明通り頑張れ!

むしろ観光地としての生き残り・再生を目指した、同じ中心商店街の七日町(なぬかまち)通りの方が、どちらかと云えば将来は明るい様な・・。無論、目論見通りに行けばと云う条件付きでして、まだ改造途上でスカスカですが。


氏郷公は会津で当初は四十二万石、後に九十二万石の大々名でした。

神明通りの中間、閉店した中合の斜め前辺りに「興徳寺」と云うお寺サンがございます。ココは戦国後期、この会津地方を治めた勇将・蒲生飛騨守氏郷公の菩提寺。大きな看板を出し、中心商店街の傍に当然の様にございます。

以前もご紹介致しましたが、氏郷公と云えばかの織田信長公の娘婿にして、織田家の大番頭に成る筈だった人物。ただ時代の情勢がソレを許さず、続く太閤秀吉公に「織田家代表」最有力家来として仕え、大々名と成った御方。

大作家・海音寺潮五郎センセ曰く「一流は天下を取った二人だけ。蒲生は天下獲りを狙った超二流」と称された武将。江戸の徳川家への抑えとして会津を任された氏郷公は、「コレで天下獲りは難しくなった」と泣いたソウですナ。

ですが元来聡明な才人ですンで、前任地の伊勢(三重県)松坂より商人達を連れて来て、産業を興し経済を高め、幕末までの会津繁栄を導かれた。惜しむらくは僅か四十で早死にされたが、長生きしてたら歴史は変わってた筈。

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★明日は「福島県猪苗代湖」への訪問記です★

(参考リンク)
★「会津若松・神明通り商店街」神明通り商店街振興組合HP
http://www.aizu-shinmei.com/jp/
★「興徳寺略縁起」神明通り商店街振興組合HP
http://www.aizu-shinmei.com/jp/koutokuji.html
★「七日町・レオ氏郷南蛮館」宮泉銘醸HP
http://www.miyaizumi.co.jp/nanbankan.html
★「ニシンの山椒漬け」会津から伝えたい会津の極上品HP
http://sozaihiroba.sakura.ne.jp/sblo_files/gokujouaizu/gokujou/nishin.htm

(関連する記事)
「121 【保存食品01】氏郷公の城下町・近江日野
http://rifuh.jugem.jp/?day=20100308

(千利休の高弟筆頭で、キリシタン大名。洗礼名は『レオ』だったソウですナ)

会津の名物「鰊の山椒漬け」は知ってましたが、カワハギも有ンのネ。




| 2010.08.05 Thursday (08:18) | 負げるな!福島会津 | - | - |
276 お城だってメンテナンス位はする


巨大三角屋根の内側で、会津鶴ヶ城の天守閣は修繕されて居ります。

台湾や韓国に行った時に思いましたのは、「ナンともやりっぱなしの国だナ」と云う事。巨大なビルやマンションは多いけど、全体をメンテナンスすると云う事は殆ど無いらしく、表側は綺麗にしてますが、横側裏側は綻び崩れてる。

毎日の修繕や弛まぬ手入れをすると云う発想が、日本以外の東アジア各国には恐らく無いンでしょうナ。トコトン使い倒して、いざ壊れたら立て直すなり、放置するなり。御破算を願い、また壊れるまでトコトン使い倒そうと云う思想。

東京メトロが十数年前、古い電車を南米某国に沢山輸出したらしい。東京で何十年も走った中古電車が、向うの感覚ではピカピカの新車に思えたらしく、驚愕した某国では日本流の毎日手入れすると云う思想も導入したとのコト。

その電車は今も順調に走ってるソウですヨ。国によって文化の価値や思想が違うのは当然で、ナニも日本流だけが素晴らしい等と言う心算は毛頭ございませんが、こんな几帳面過ぎる国に生まれて来て良かったと私ぁ思います。


修繕期間の間だけは、天守閣の屋根からシャチホコが下ろされてます。

実は先日、故あって福島・会津若松市へ参ったンでございますが、以前とはナンか雰囲気が違う。街のシンボル・会津鶴ヶ城の天守閣が・・ありゃ無い!一体ドコの泥棒が盗んだのか?ソウ簡単に盗めるモンじゃ無い筈だけど・・。

代りに巨大な三角屋根が建ってまして、どうやら天守閣は五十年ぶりの大規模修繕の真っ最中とのコト。戊辰戦争で新政府軍から理不尽な仕打ちを受け、ボロボロにされた鶴ヶ城は明治初年に廃城に成ったと記録に有る。

そして戦後漸く再建された天守閣ですが、今回の修繕ではシャチホコが下ろされて展示されてるらしい。そりゃ面白そう、ヨシ見に行こう。但し最上層からの展望は全く望めませんし、三角屋根の内側の暑いコト。ま、我慢しまショ。

この修繕が済むと鶴ヶ城は、前代未聞の「赤瓦」と云う幕末時の装いに復元されるソウですが、赤いお城って他で見たコト無いなぁ。一体どんな雰囲気に成るンでございましょうか。ソレまでは「お城ボ」で我慢する事と致しましょ。

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★明日は「福島県会津若松市内の某寺院」への訪問記です★

(参考リンク)
★「鶴ヶ城修繕工事のお知らせ」会津若松市観光公社HP
http://www.tsurugajo.com/syuuzen-kouji.html
★「日本の城・会津若松城」裏辺研究所HP
http://www.uraken.net/museum/castle/shiro03.html
★「お城のそばのレストハウス」会津鶴ヶ城会館HP
http://tsurukan.com/
★「お城ボくん」会津若松市役所HP
http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/ja/kanko_odekake/oshirobo/index.htm

(関連する記事)
★「014 熱血九州男児、奮闘す!!」
http://rifuh.jugem.jp/?day=20091105
★「015 ボヤッキーは会津若松から上京した
http://rifuh.jugem.jp/?day=20091106

(滅多に見られるモンじゃ無いけれど、あの三角屋根じゃナンだか判らんネ)

ボヤッキーは会津若松の出身。よってタツノコプロ謹製の「お城ボくん」




| 2010.08.04 Wednesday (08:15) | 負げるな!福島会津 | - | - |
275 【お鍋料理08】新潟の「のっぺ」は、南会津じゃ「つゆじ」と言う


南会津最大のお祭り「会津田島祇園祭」に用いる山車。整備中でした

私メの両親は定年後、故郷の静岡・磐田の実家へ戻りまして、悠々自適に忙しく暮らしてるンですが、二人とも園芸遊びが大好きでしてその結果、素人にしてはチョット規模の大きいハーブ庭園「岡田の荘」をやって居るンですヨ。

全国規模の賞を何度も受け、最近は見学者がバスで来る様に成ったらしいンですが、その対応は大変な様でして、商売でも無いのにご苦労なコトだと感心して居ります。ただ素人としては、力を入れ過ぎの感がございますが。

そのハーブ庭園の隅に以前、両親が戯れにアスパラガスを植えてた事が在ります。このアスパラと云うのは随分手間の掛かる野菜でして、畑に植えてもその年は収穫が出来ない。時間を掛けて根っ子を張り巡らせねば成らぬ。

実家でも何年か掛かり、ようやく細いのが出て来る様に成ったンですが、素人の悲しさ。大喜びで次々摘んでましたら・・やり過ぎた様で、その年限りで絶滅してしまいました。上手くやれば数年は収穫出来た筈だったンですが。


新潟では「のっぺ」、若松では「こづゆ」。田島では「つゆじ」と呼びます

以来アスパラは太いのをお店で買う様にしてますが、故あって福島・南会津町へ先日参りました時、アスパラさんと思わぬ再会をしてしまいました。ココは福島南西部・南会津地方の中心。以前は南会津郡田島町と言ってた街。

十数年前、日本三大祇園「田島祇園祭」を見に行った事が有りましたが、今回は祭りの開催直前で準備の真っ最中。幾ら私メが暇でも、スケジュールの都合で仕方ございませんナ。その替り、郷土料理をイロイロ食べましたが。

ナンでもココはアスパラの大産地らしい。信州・飯山市が日本最大の産地と聞いてますが、どうやらアスパラは寒暖差の激しい山間部がお好みなんでしょうか?そしてアスパラを使った、不思議な特産品作りに取り組んだみたい。

アスパラの切れ端を粉末化して入れたソフトクリームを、道の駅で売ってました。台湾で「アスパラジュース」と云う、痛しく不味いモンを呑んだ事が有りましたンで、私ぁ警戒したンですが意外や意外、普通に美味くて安心しました。

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★明日は「福島県会津若松市」の訪問記です★

(参考リンク)
★「会津田島祇園祭」南会津町商工観光課HP
http://www.minamiaizu.org/gion/
★「郷土食レストランあります」会津田島祇園会館HP
http://gionkaikan.biz-web.jp/
★「南会津町のアスパラガス」MerryLand会津見聞録HP
http://www.merryland.aizu.or.jp/madein/10.html

(茹でたアスパラを麺つゆに浸したのは、サッパリして夏向けで美味いです)

これが噂のアスパラソフト。私メも時折こう云ったモンを食べたりします




| 2010.08.03 Tuesday (08:10) | 負げるな!福島会津 | - | - |
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