きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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3252 【スイーツ276】まだ帰れない夜ノ森と「馬方ようかん」・・福島・富岡町

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富岡町の「夜ノ森(よのもり)」の名物は、ソメイヨシノの古木が二km以上も植えられた桜並木ですが、震災から七年半経ってなお帰宅困難地域に指定されたままのトコが多く・・今通れるのは僅か三百mほどです

 

拙宅の在る都内から北へ二百五十km以上の彼方、福島県の太平洋岸「浜通り地方」を旅する私メです。七年前の大震災で大津波の直撃を受けただけじゃ無く、福島第一原発の爆発で大迷惑を被った地域ですナ。

 

御縁あって十年以前から時折参ってましたし、震災の半年前にもこの辺りを旅して改めて気に入り、再訪を誓ったら・・あの大災害。ソレでも気に成って仕方なく、四年前と三年前に一度ずつコチラを訪ねてますネ。

 

ホントはもっと早く参りたかったンですが、放射能汚染で住民の方々に避難指示が出されてるトコに、全く部外者の寄席芸人が行ってナンの役にも立てる筈が無く、訪問可能に成るのを待ってたらソウ成りましたヨ。

 

尤もアレは両方とも私メ自身の病魔と闘いながらの旅で、今思えば良くぞ参れたモノ!今だって余り芳しく無いですが、昨日ご案内の浪江町を始め、前回・前々回の旅で参れなかったトコを努めて見て廻りました。

 

同じ桜並木の反対側を見ると、ゲートで閉ざされて先に行けなく成ってる!放射能の年間積算量が今も高く、昨春ソレが解除された手前側と違い、ココより先は「帰還困難区域」に指定されたままの立入禁止です

 

いつか鮭を釣りに行く心算だった浪江町と同じ位、今回ドウしても参りたかったのが福島第二原発の在る富岡町。津波直撃による電源喪失で爆発したのは第一原発で、福二の方は何とか辛うじて持ち堪えてますナ。

 

ですが福一から10km圏内と近いですし、爆発当日の風向きも悪かったのか?放射能汚染が洒落に成らぬ。直ちに国から「避難指示」と云う命令が下され、住民は着のみ着たままで遠くへ退去させられるコトに。

 

福一から半径20km圏内は「警戒地域」に指定され、例外を除いて一般民は立ち入り禁止・・ソレが漸く解けたのは昨年春。ですが全員が戻れた訳じゃ無く、北東の「夜ノ森」地区の殆どは今も帰れない状態のまま。

 

そもそも浜通りへ今回参ろうと思ったのは、先日訪ねた同じ福島県の郡山市内で大きな仮設住宅団地を見付け、ソレが富岡町からの避難民のモノだと知ったから。つまり夜ノ森の人達が、郡山に集団で居るのか!

 

同じ夜ノ森でも入れるトコと入れないトコが在り、JR常磐線の「夜ノ森駅」は表側(画像向こう)はダメなのに、裏側には新築アパートが!震災の日から運転は中止されたまま、レールは赤錆び架線は外されてます

 

浜通り地方のちょうど中間に拡がる大きな森で、南北ソレゾレの領主が「ココは余の森じゃ」と奪い合ったンで、ソレが転じて「夜ノ森」に成ったと聞きますが、このロマンチックな名前のトコに私ぁ一度行ってたりする。

 

イヤ行ったと云うと語弊が・・迷い込んだと云う方が正確ですが、アレは震災の半年前・・だから八年前の晩秋に浜通りを旅した際の一番最後。当時は常磐道の終点がココ富岡で、東京へ帰るICを探して右往左往。

 

枯葉舞うみちのくは黄昏が来るのも早く、またカーナビの調子が悪くて現在位置を完全に見失い、取り合えずドコでもイイから駅前に出て確認しようと、さんざっぱら走り回った末に漸く出たのが「夜ノ森駅」でした。

 

別に来たくて来た訳じゃ無いですが、何だかエラク素敵な名前の駅が在るのに感心し、煙草を吹かせて気分を落ち着かせつつ、コレから東京まで帰らなくちゃ成らぬけど、ココも何れ改めて遊びに来ましょと決心を。

 

浜通り地方の「帰還困難区域」は昨年春からこんな感じに縮小されてますが、ソレでも今も戻れないピンク色の地域は広く、暗澹たる気分に成って来ますネ。東電と当時の民主党政府の責任は実に大きいです

 

尤も当時は読み方すら判らず、「よるのもり」とはロマンチックと思ってた程度でしたが、住民全員退去と成っても「桜並木は負けずに咲いてる」と報道され、あぁアソコだ!確かに桜並木が続いてたナと思い出した。

 

道に迷うのがもう一年早ければ!先に立たぬのが後悔で、かくなる上は立ち入り禁止が解除されたら絶対に訪ね、桜を愛でて廻ろうと思ってましたが、あの桜並木は放射能に汚染された為に切り倒されるとか。

 

私メが残念に思う以上に街の人の無念は大きく、ドウにか残す道を探ったモノの如何にも成らず、何十年か先の再生を期して規制解除後、新しい若木に植え替えられるコトに成ってますヨ。可哀想だけど仕方ない。

 

「津波さえ無かったら・・」と思えて仕方ない東日本大震災ですが、浜通りはソレに加えて原発爆発まで遭った訳で、痛みが癒えるのは夜ノ森の桜並木を皆が楽しめる様に成ってから。まだまだ随分先のコトですネ。

 

富岡町は昨年春、夜ノ森を除いて避難指示が解除されましたが・・戻って来た住人は余り多くないらしく、街中の商店も殆ど開いてませんでしたネ。ソレじゃ暮らしに困るンで、公設民営で仮設のSCが開設されてましたが、ソコの壁に「震災前の夜ノ森の桜並木」の写真が。この風景を再び見られる様に成るまで、一体ドレ位の春を重ねれば良いのか

 

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★明日は「東京都小金井市」への訪問記です★


(参考リンク)

富岡町に今、観光協会やソレに準ずる組織は在りません。ソコまで復興してません・・
★「富岡町
(双葉郡)の観光スポット」じゃらんnet HP
★「富岡は負けん!」富岡インサイトHP
★「なすびのギモン 除染後の富岡町の暮らし」環境省・環境再生プラザHP
★「福島・富岡町の『復興拠点』は今」東京新聞・こちら原発取材班HP

★「福島第一原子力発電所のいま」双葉郡未来会議HP
★「避難区域の変遷について」福島県庁HP
★「来月にも本格除染開始 富岡・夜の森帰還困難区域」福島民報HP
★「夜の森
(福島)の桜並木の行き方アクセスは?口コミ・評判も調査」メディガクHP
★「夜ノ森【福島県双葉郡富岡町夜の森】」トオクノクモ・ブログ

★「常磐線復旧へ 富岡町・夜ノ森駅のツツジ再生が本当のゴールだ」NEWSポストセブンHP
★「★[馬方羊羹]★って、いわきだけ?」ぐるっといわきHP
★「うまかたようかん」魂を燃やせブログ


(関連する記事)
★「343 【お魚料理16】みちのく勿来の関と、安寿と厨子王」
★「344 【お魚料理17】いわき市・平は、決して平らでは無かった」
★「1108 【揚げモン44】『やきかつ』と被災者同士のトラブル‥いわき平」
★「1109 信じられない風景、なぜマスゴミは伝えない?‥塩屋崎」
★「1110 【お魚料理62】『シーフードケーキ』といわき市の津波被害」

★「2278 【やきそば242】帰還困難地域と『浪江焼きそば』・・浪江」

★「3239 【やきそば361】今も残る震災仮設住宅と『ラードな焼きそば』・・郡山」

★「3250 【野菜果物108】今年もいちじくを煮てみた!2018・・相馬市
★「3251 【やきそば363】やっと復興の始まった街で『太っちょ焼きそば』を・・浪江」


(鯉風のお仕事)
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★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」


(帰還困難区域とソレ以外を仕切るゲート、改めてショックな風景です)

富岡町のSC「さくらモールとみおか」には東北最大のスーパー「ヨークベニマル」が入ってましたが、富岡町産のモノは全く売られてない・・或る意味当然なのかも知れませんが、せめて地域の名物はと探してみましたが、ソレらしいモノは無く・・まだ余裕を楽しむゆとりは戻って来てない様ですネ。ソコで帰り道に寄りました、浜通りの最大都市・いわきで見付けた「馬方ようかん」を。分厚い丁稚羊羹と言うべきか?甘味の少ないモチモチっとした羊羹で、金時豆が入れて有るのが特長だとか。炭鉱の多かった浜通りで愛好された伝統の和菓子で、馬方さんでさえ買える位にお値段が安かった・・全く丁稚羊羹と一緒ですナ。でも分厚い分だけ食べ応えは大きく、機会が有ったら調べたいモノですゼ




| 2018.10.09 Tuesday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
3251 【やきそば363】やっと復興の始まった街で「太っちょ焼きそば」を・・浪江

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浜通り地方北部の「浪江駅」は、福島第一原発の爆発によるJR常磐線の最後の不通区間の北端で、仙台方面は昨春から電車が走る様に成りましたが、東京方面は富岡駅まで代行バスに乗るしか有りません

 

拙宅の在る都内を飛び出して、福島県の太平洋沿岸「浜通り地方」を旅する私メです。少しも威張れる体調じゃ無いですが、何しろ東北・・寒く成る前に行っておかないと尚更キツく成りソウで、チョット無茶しました。

 

何故ソコまでして行ったかと云うと、発生から七年半経った東日本大震災の被災地の内、原発の爆発による放射能汚染で「警戒地域」に指定され、住民全員が強制退去と成ったエリアの今を確かめたかったから。

 

震災前から時折参ってた辺りで、福一原発は東京電力さんのお誘いで見学に行った際、白い防御服に着替えて(後に爆発する)三号機の炉心ソバまで入れて貰いましたネ。このブログ旅日記を始める前でしたが。

 

エラク厳重な警戒で、コレならば大丈夫と思ったのに・・まさか「張り子の虎」だったとは。知ってるトコだった分、爆発する様はショックでしたヨ。また原発の北隣りに在る浪江町は、「鮭釣りに行こう」と思ってた街。

 

福一原発の9km北で太平洋へ流れ込む「請戸(うけど)川」は、浪江町で一番大きな川・・全国的に珍しい「鮭釣り」が可能ナンで是非一度と思ってたのに、漁協の番小屋どころか・・何もかも無くなっちゃってます

 

震災前年の晩秋にコチラへ参り、偶々立ち寄った浪江町の請戸川の河口付近で地元の漁協の方達が、獲りたての鮭を沢山水揚げしてましたし、川沿いに建つ番小屋じゃ奥さん達が鮭を一匹単位で売ってました。

 

旅の途中だったンで買えませんでしたが、鮭がピチピチ跳ねる様が面白く、暫く見物してる内に教えて貰ったのは、この川は入漁料を払えば鮭釣り出来る本州唯一のトコで、ソレを楽しみに東京から客が来るとか。

 

コレは良いコトを知った。来年は楽屋の物好き達を誘って絶対に来ようと決心し、再訪を楽しみにしてたら大震災。東北地方の太平洋岸にゃ幾つも馴染みのトコが有ったのに、正直一番心配だったのが浪江ですヨ。

 

請戸川の河口辺りは推定高さ10mの大津波に襲われ、壊滅した建物等から生存者を救出しようとした時に原発が爆発し、半径10km以内は住民総退去・立入禁止命令が発令され、救助作業が不可能な事態に。

 

一枚の画像は河口に架かる請戸橋の海側ですが、陸側はこんな荒涼とした風景が遠くまで広がってます。ナニが在ったか覚えてませんが、こんな荒野じゃ無かった筈・・津波にあらゆるモノが攫われた場所です

 

あのまま作業を進められれば、もっと大勢の命が助かったかも知れませんが、断腸の思いでソレを諦めて退去せねば成らなかった浪江の方々の無念は、とてもとてもとてもとても文字じゃ表現出来ようモノじゃない。

 

一ヶ月後に警察による大規模捜索が行われたと聞きますが、10km圏内のみならず20km圏内までもが警戒地域とされ、より大勢の人が街を去らなくてはならぬ羽目に。ソレが粗方解除されたのは昨春のコト。

 

実に丸六年掛かりましたが、ソレでも全て解除された訳じゃ無く、TV番組で有名に成った「DASH村」辺りはまだダメな筈。偶々立ち寄っただけで、故郷でもナンでも無いのに・・浪江のコトが気に成って仕方ない。

 

だもんで三年前・・私ぁ闘病が一番キツかった頃ですが、常磐線の不通区間に代行バスが走る様に成り、コレで浪江に行ける・・一体ドウ成ってるか全く判らないけど、兎に角行ってみようと列車とバスの乗り継ぎを。

 

コレも請戸橋から見付けてしまった風景ですが、丸太が立てて有る訳じゃ無く・・川沿いの森がまるごと「立ち枯れ」しちゃった様ですネ。コレは津波に襲われたコトによる塩害ナンでしょうか、実にショックでしたヨ

 

浜通り南部の龍田駅から乗った代行バスは、国道六号線を福二原発・福一原発の近くを通り抜けましたが、車内は誰一人声を出さずに静かなママでしたネ。そして浪江町内へ入ったモノの、降りるコトが出来ない。

 

警戒地域内だから当然ですが、ソレでも街中は無人だった訳じゃ無い。復旧や除染作業、そして何よりも暴れ狂う原発を抑える為に懸命に働いてらっしゃる作業員の方達が車で移動をしてたり、作業準備をしてたり。

 

結婚式場やパチンコ屋・スーパー等は広い駐車場を生かして各会社の事務所や前線基地と成り、ソコに大勢が居るのを見るコトは出来ても、代行バスは浪江町内を淡々と通って行くだけ。涙が出て仕方なかった。

 

今は一般人の立ち入りが許可され、私メも町内を自在に動き回れましたが、震災前の賑わいは還らず・・駅前は静かそのモノ。昔の様には戻れないかも知れませんが、コレからも時折参って復興を確かめたいです。

 

常磐線の全線復旧はまだ難しい様ですが、国道六号線は四年前から福一原発付近も通れる様に成ってますネ。但しソレは自動車だけで、未だにバイクや自転車・歩行者等は通行できない状態が続いてます

 

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★明日は「福島県双葉郡富岡町」への訪問記です★


(参考リンク)
浪江町に今、観光協会やソレに準ずる組織は在りません。ソコまで復興してません・・
★「今だから行ける!福島県浪江町の一押し観光ポイント5選」skyticket HP
★「福島県浪江町を伝える地域メディア」なみえまるみえHP

★「初めての方へ―すぐわかる浪江町(なみえまち)の現況」浪江町役場HP

★「常磐線の一部区間が2017年4月と10月に相次ぎ復旧へ。残る不通区間は20.8kmに。代行バスも運行拡大」タビリスHP
★「震災・原発事故前の幾世橋・棚塩・請戸・浪江の風景集」ようこそ きよはし村へHP
★「請戸川の鮭狩り
うけどがわのさけがり」浪江町役場HP
★「原発事故で放棄された『浪江町』のゴーストタウン化した悲惨だった状況」NAVERまとめHP
★「今も頭から離れない『救助できたかもしれない命』―浪江町消防団員の苦悩」ウォールストリートジャーナル日本HP
★「震災から6年近く経った今、家が次々と壊される浪江町 福島の空にドローンを飛ばす理由とは」ハフィントンポストHP
★「震災から6年半、福島県浪江町の様子
(2017年9月)」takuya0206’s diary ブログ
★「なみえ焼きそば」浪江焼麺大国HP
★「
浪江焼麺太国アンテナショップ
(福島県双葉郡浪江町)」焼きそば名店探訪録ブログ

★「浪江に焼そばがあってよかった」オレたちの原子力 あたしの原子力HP

★「なみえ焼きそば」めんの旭屋HP

(関連する記事)
★「256 【やきそば13】福島・浪江焼きそばで馬九行久」
★「406 相馬はお馬の街なのか?」
★「407 【保存食品13】雲雀野市には成らなくて・・南相馬」
★「408 【やきそば18】浪江焼きそばに鮭は入れません」
★「1522 【やきそば158】避難先の『浪江焼きそば』は馬九行久?・・二本松」

★「1944 【スイーツ135】震災に負けない『凍み天』を相馬市で」
★「1945 【スイーツ136】荒野広がる相馬で『アイスまんじゅう』を」
★「1946 【名物パン214】『よつわりパン』と除染と黒い雪・・南相馬」
★「2278 【やきそば242】帰還困難地域と『浪江焼きそば』・・浪江」
★「2279 【保存食品54】止まったままの特急列車と『からみ漬け』・・南相馬」
★「3250 【野菜果物108】今年もいちじくを煮てみた!2018・・相馬市


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」


(浪江の復興は漸く始まったけど、まだ始まってない町も在りますネ)

B級グルメとして有名に成る前から、浪江町の名物「浪江焼きそば」に注目して参った拙ブログ旅日記は、根多にするのは今回で五回目!震災の為に浪江町役場が一時移転してた、同じ福島県の二本松市まで食べに行ったりしてますが、浪江町役場の敷地ン中に焼きそば屋が復活したらしいンで、是非ソコで!と願ったンですが・・平日しかやってないのネ。ま、観光客を相手にしてられる状態じゃ無い町ナンで、ソレはまだ仕方ないでしょうナ。次回への宿題にしたいと思いますが、チョット悔しいンで三食袋入りのモノをお土産に。まるで焼うどんみたいに極太麺が特徴で、町内各地で半世紀以上前から濃厚ソースを絡めて供されてた、伝統の郷土食!その極太麺を製造してた旭屋さんは近くの相馬市に工場を疎開させてますが、いずれ戻る日を目指して今日も普及に励んで居られますヨ。前みたいに浪江で焼きそばが食べられます様に




| 2018.10.08 Monday (01:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
3250 【野菜果物108】今年もいちじくを煮てみた!2018・・相馬市

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鎌倉時代初期から廃藩置県まで七百四十年に渡り、浜通り北部を治めた相馬家六万石の本拠「中村城(馬陵城)」は七年前の震災で石垣が一部崩れたモノの、スッカリ修復されて実に穏やかな秋を迎えてます

 

十月と思えぬ夏日だったり、逆にエラク涼しかったりと気候の定まらぬ都内をテクテクと、今イチ芳しからぬ心神を励ましながら歩き廻る私メです。チョット疲れが溜まってた様で、昨日は更新を休ませて戴きました。

 

もう少し元気に成るまでは無茶せずに、身体がキツい時は鋭意休む方針ですンで、コレからも時折休む筈ですが・・無茶せにゃ成らぬ時も!気に成ってたコトを確かめに「行くぜ東北」、福島へ行って来ましたヨ。

 

と云うのは先日ご案内の郡山市へ参った際、見付けてしまった仮設住宅群。もちろん忌まわしき大震災の被災者用のモノですが、七年も経って復興は大方終わっただろうと思ってただけに、ショックが大きい。

 

関東じゃ二〜三年ほど前まで、NHKを中心に「東北がんばれ番組」とでも称すべきモノが良く流されてましたが、ドウも最近ソレを見ないンで・・てっきり復興は成ったモノだと思ってましたが、ソウじゃ無かったのか。

 

中村城も江戸時代初期は立派な天守閣が在ったソウですが、落雷で焼失してから再建されずじまい・・本丸跡には藩主・相馬家の祖先と、平将門公(相馬家の氏神だとか)を祀る「相馬神社」が置かれてますナ

 

あの仮設住宅は同じ福島県の太平洋側、つまり津波や放射能の為に「浜通り地方」を追い立てられた方用。こんなコトに成るとは夢にも思わず、私ぁ浜通り北部の相馬市や双葉郡を震災の半年前に訪ねてる。

 

何だか良いトコだナと再訪を誓ったらご存知通りで、原発爆発による放射能飛散の為に十万人以上が避難を命じられる大災難。気軽に旅できる処の状況じゃ無く、無力な寄席芸人はTVの前で只管涙するばかり。

 

ソレでも四年前の今頃、多分私ぁ発病してた筈ですが・・その自覚がまだ無かったンで、バイクツーリングで強引に訪ねてる。その翌年は常磐線の代行バスを乗り継ぎ土砂降りの相馬へ、病気でドン底だったのに。

 

今春までの闘病中に起きた出来事は、服薬の副作用で殆ど覚えてませんし、バイクで来た時のコトは残念ながら思い出せない。でも代行バスから見た車窓の風景を覚えてるのは、余程ショックだったからですナ。

 

中村城の石垣の上から、南の方・・つまり未だ自宅に帰れぬ人が大勢居る居住困難地域の在る双葉郡の方向を眺めてみましたが、アレから何度こんな青空が広がったンでしょうネ。悲しい秋晴れに感じられます

 

そうだ行かなくちゃ。福島市から「相馬福島道路」と云う無料の高速道路が建設中で、福島市内の区間を除けば完成して供用されてますが、コレが無かった震災当時は並行する国道を避難する車で混雑してた筈。

 

もちろん今は静かなモノで、放射能で汚染された表土を詰めたフレコンバッグが所々に積み重ねてある以外、震災の痕跡などは感じられませんし、浜通り北部の中心都市・相馬市内にイザ入っても平穏そのモノ。

 

そして三年前に代行バスで辿り着いた中村城も、壊れてた石垣が直されてナニゴトも無かった様ですし、あの時より街中に活気が多少戻った感が。穏やかな秋晴れに恵まれたコトも有って、唯々安心しましたネ。

 

処が街外れの道の駅に参ったら、片隅に飾ってあった折れ曲がった道路標識版。福一原発から比較的遠い相馬市は放射能汚染より、津波の被害が大きかった街だったンだ・・海沿いは一体ドウ成ってるンだろう。

 

国道六号線沿いの「道の駅そうま」に置かれてたのが、海辺の景勝地「松川浦」のナニかの施設の案内板・・押し寄せる津波に巻き込まれてグシャグシャに折れ曲がってますが、捨てちゃ成らぬ「負の記憶」です

 

コレまで至って安穏とした気分だったのが突然変わり、コリャ津波の跡を見て来なくちゃ成らぬと悲壮な覚悟に。一見ナニゴトも無い様に見える街中から、海辺に近付くにつれてドンドン増えて来たのが荒れ野原。

 

そして入り江の松川浦と太平洋の間の細長い砂嘴へ出ると、かつてココが松原だったのが信じられぬ位の荒涼とした風景。松川浦は「小松島」等と呼ばれ、大小の島や松原が点在する風光明媚なトコだったのに。

 

ソレが全く無く成っちゃってる!代わりに真新しい堤防の内側にササラみたいな木の柵が延々と連なり、ソレに囲まれる様に松の若木が整然と植えられて、新しい松原として育って呉れる様に用意されてましたヨ。

 

無論すぐ出来るモノじゃ無く、百年計画で臨む様ですが・・万一その前にまた津波が来る様なコトが有ったら!でも恐れてるだけで何もしないンじゃ明日は来ないから、立派な松原に成ってくれるのを祈る次第です。

 

松川浦は貞享五年(1688)に時の藩主が朝廷に願い出て、新名所として認めて貰ったと云う歴史ある観光地・景勝地で、現代でも日本百景の一つとして数えられてたトコですが、海にほぼ面してるのが災いして津波の直撃を受け、私メが今回通った道路も今年春に七年ぶりに開通したばかりだったりしますヨ。元通りの賑わいを取り戻すまで時間はまだまだ掛かりそうですが、何れ改めてココを訪ねたいと思う私メです

 

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(参考リンク)
★「きらりと光る 相馬観光ガイド」相馬市観光協会HP
★「相双ビューロー」福島県相双地方振興局HP

★「相双ゆさどさ」福島県相双地方振興局HP
★「県指定史跡 中村城跡」相馬市役所HP
★「相馬中村城跡」北日本近世城郭検討会HP

★「相馬神社」相馬観光ガイドHP
★「道の駅そうま」道の駅 情報提供システムHP
★「松川浦観光スポット」松川浦観光案内所HP
★「新鮮な海の幸や温泉を堪能する松川浦の一日観光プラン」福島TRIP・HP
★「松川浦 震災関連の動画」相馬市松川浦観光振興グループHP
★「松川浦と原釜地区@福島県相馬市 [3.11以後]」とんちゃん日記ブログ
★「松川浦にクロマツを植樹しました」福島発電HP

★「イチジクのコンポート」圧力鍋で目指せ500レシピ!HP
★「いちじくの甘露煮」花野果村キッチンガーデン物語ブログ
★「いちじくの甘露煮」All Things Must Pass@宮城仙南よりブログ


(関連する記事)
★「256 【やきそば13】福島・浪江焼きそばで馬九行久」
★「406 相馬はお馬の街なのか?」
★「407 【保存食品13】雲雀野市には成らなくて・・南相馬」
★「408 【やきそば18】浪江焼きそばに鮭は入れません」
★「1944 【スイーツ135】震災に負けない『凍み天』を相馬市で」
★「1945 【スイーツ136】荒野広がる相馬で『アイスまんじゅう』を」
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★「2278 【やきそば242】帰還困難地域と『浪江焼きそば』・・浪江」
★「2279 【保存食品54】止まったままの特急列車と『からみ漬け』・・南相馬」
★「2280 【野菜果物77】今年もいちじくを煮てみた!2015・・相馬市」
★「2730 【名物パン317】復興なった郡山で『コンビニのクリームボックス』を」
★「3122 【やきそば344】震災からの修復間近な桜の城と『白河ラーメンの焼きそば』」
★「3239 【やきそば361】今も残る震災仮設住宅と『ラードな焼きそば』・・郡山」

 

★「011 【野菜果物01】芋だけでなく、東北はいちじくも煮る」
★「345 【野菜果物12】今年もいちじくを煮てみた!」
★「703 【野菜果物30】今年もいちじくを煮てみた!2011‥仙台」
★「1094 【野菜果物39】今年もいちじくを煮てみた!2012‥白河」
★「1527 【野菜果物56】今年もいちじくを煮てみた!2013・・白石」
★「1899 【野菜果物70】今年もいちじくを煮てみた!2014・・山形市」

★「2280 【野菜果物77】今年もいちじくを煮てみた!2015・・相馬市」
★「2597 【野菜果物92】今年もいちじくを煮てみた!2016・・白河」

★「2926 【野菜果物100】今年もいちじくを煮てみた!2017・・白河」

(鯉風のお仕事)
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(相馬市の中村城はちょうど今日、お祭りが盛大に行われてる筈です)

東北以外じゃ知られて無い習慣ですが、六県のうち福島・宮城・山形と秋田県じゃ「青いいちじく」を秋に成ったらこぞって煮て、甘露煮やコンポートにするンですヨ。一般的な生食用のモノと違って赤くないけど熟れてない訳じゃ無く、甘露煮用のイチジクは実が小さくて青い品種。ソレが一kg単位で袋に入れられて、秋の東北じゃフツーの顔して売られてますナ。偶々コレを知ってから拙宅じゃ参秋の恒例行事と成り、今や煮ないと納得できない!十年目の今年は最大産地の相馬の地物。例年通りにお酢と砂糖と醤油で甘露煮にしましたが、コレで「今年もやる事を無事やった」満足感に安心。来年も絶対に続けたいと思ってます




| 2018.10.07 Sunday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
2280 【野菜果物77】今年もいちじくを煮てみた!2015・・相馬市

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震災で石垣の一部が崩れましたが、只今は実に静かな「相馬中村城(馬陵城)」。平将門公をご先祖に持つ名門・相馬氏の居城で、鎌倉時代から明治維新まで、約七百四十年も統治し続けたのは珍しいです

寛解の目途の立たぬ心神に苦しみつつ、福島県の太平洋岸「浜通り地方」を旅する私メです。ココを通るJR常磐線は震災後、津波被害と放射能汚染の為の不通区間が多数在りましたが、今や残り二ヵ所だけに。

何れも代行バスが走る様に成り、ソレで南側の「竜田〜原ノ町」駅間を通り抜け、原ノ町から常磐線の電車に乗り継ぎましたが、僅か二駅で再び不通区間に。相馬駅から北側は、再び代行バスに乗らねば成らぬ。

つまり「原ノ町〜相馬」駅間は、不通区間に挟まれてる訳で正直不便。でも便利なのが当り前と思ってるからで、ソレが無いと突然の不便さに周章狼狽しちまう。例え代行バスでも、乗れる分だけ有難く思わねば。

そう、「日頃の当り前」を「いつまでも当り前」と思っちゃ駄目ですナ。私ぁ今年に入って「当り前が当り前で有るコト」の有難さを、痛切に思い知らされてばかり。昨年末に心神崩壊し、懸命な治療生活に入ってからは。



折角だからと大雨の降り続く中、一年ぶりに相馬中村城の本丸へ。阿武隈山地の低い丘陵に建てられたお城で、この橋の奥の天守閣跡には明治維新後、平将門公や藩祖を祀る「相馬神社」が創建されてます

キツイ薬を毎日何度も飲み、また薬に頼り過ぎない様に毎日歩き廻ってますが、所詮ソレは対処療法。根本治療にゃ成り得ず、「寄席高座に上り続ける」為にゃ・・お酒然りバイク然り、諦めざろう得ないコトばっかり。

雑踏に耐えられないンで、お祭りもダメ・花火もダメ・・恒例行事よ御機嫌よう!加えて毎年楽しみにしてた私的行事も、物理的・心理的に不可能なモンだらけで、成功したのは初夏の「ルバーブのジャム作り」位?

初秋の楽しみだったのが「いちじくの甘露煮作り」。震災の二年前、「青いちじくを甘く煮る」東北の習慣を福島県で知り、ソリャ面白いと試してみたらコレ美味い!震災の年も挫けず、私ぁ買い出しに行きました!

でも今年は正直諦め、悔しい悔しいと歩く大雨の相馬市内。処が地物を偶然発見し、コレで当り前をやれると男泣き!震災で相馬市も当り前がソウじゃ無く成るコトばかりだった筈ですが、訪ねた甲斐が有りました。


JR相馬駅前から、残りの代行バス区間を!南側と違って北側は毎時1〜2本ほど運行され、比較的使いやすく成ってますナ。JR亘理駅まで約一時間の不通区間は、津波被害を避ける為に内陸に線路を付け替えてるらしく、ソレさえ終われば列車が走り出せそうな様子でしたネ

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(参考リンク)

★「ふくしまの旅」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「いくべ福島へ!浜通り」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「相双ビューロー」福島県相双地方振興局HP
★「ふるさと相馬」相馬市観光協会HP
★「相馬野馬追」相馬市役所HP
★「相馬中村城跡」北日本近世城郭検討会HP
★「帰省Uターン寄道・その2【中村城】」奥羽古城散策雑記帳ブログ
★「東日本大震災による列車影響と運転見込みについて」JR東日本水戸支社HP
★「イチジクのコンポート」圧力鍋で目指せ500レシピ!HP
★「快適視生活応援団/青いいちじく Love」セイコーオプティカルプロダクツHP
★「いちじくの甘露煮」All Things Must Pass@宮城仙南よりブログ

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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(不作だった?例年より高かった様な・・買えただけで有難いンですが)


生食用の赤いモノと違い、甘露煮用のイチジクは実が小さくて青い品種で、一kg単位で袋に入れられ売られてますヨ。震災前は相馬市周辺が東北最大の産地だったと聞いてますが、その畑の多くが津波で壊滅して生産は激減し、相馬産のを買えたのは何年ぶり?「今年も煮込める」嬉しさにもっと沢山買いたかったンですが、何しろ代行バスで移動してる身ですから‥二袋が精一杯ですナ。鍋に入ってるのが最初の袋で、お酢と砂糖で煮てみましたヨ。そして二袋目は甘露煮にしましたが、水分はイチジクの実から滲み出ますンで、足さない様に願います




| 2015.09.22 Tuesday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
2279 【保存食品54】止まったままの特急列車と「からみ漬け」・・南相馬

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原ノ町駅まで乗って来たJR常磐線の代行バスは、JRバスからこの為に譲渡されたトイレ付き。車掌代わりのガイドさんも乗ってましたが、帰還困難地域を走り抜けた約七十分の道中の乗客は、僅か数名でした

フト思い立ち、福島県の太平洋岸「浜通り地方」を旅する私メです。言うまでも無く福島第一原発の爆発により飛散した放射能の為に、「帰還困難地域」「居住制限地域」に指定されたままのトコが未だに多いエリア。

原発付近の福島・双葉郡の町々は長らく交通が遮断され、ソコに北隣する相馬市や南相馬市へ去年の今頃参った時、内陸の福島市を迂回するルートを余儀なくされました。行きも帰りもエラク遠回りした覚えが・・。

ですが爆発から四年半も経って放射能の数値は大分下がった様で、付近の鉄道は未だ不通ですが、今年の一月末から代行バスが走る様に成り、自動車のみ通行可の国道六号線をソレで通り抜けてみましたヨ。

海から多少離れた国道沿いは、地震や津波の被害が甚大じゃ無かっただけに、一見ナンてコト無い風に思えましたが、復旧工事や警備関係者以外の人影は殆ど見えず、放射能汚染の恐ろしさを物語ってましたネ。


今も避難指示の未解除地区の多い南相馬市のシンボルは、震災の年も挫けず行われた「相馬野馬追」。その勇気に肖りたく、主会場の「雲雀原祭場地」へ一年ぶりに行ってみましたが・・エライ土砂降りでした

そんな帰還困難地域を走った代行バスの終点は、南相馬市のJR原ノ町駅。昨年の今頃、つまり私メがオカシク成る前に訪ねてた街で、そうか去年はまだ元気だったのか・・もっと前から患ってる気もしますケド。

昨年末の心神崩壊以来、私ぁナニ一つ前進出来ぬ「人生一時停止中」てな状態ですが、原ノ町駅じゃ震災の日以来、白いボディの特急電車「スーパーひたち号」が止まったままで、無残に朽ち果て様としてます。

上野へ出発寸前だったスーパーひたち号はあの日、地震と津波と原発爆発の為にレールが途切れ孤立して、ココから全く前進出来ずに四年半。車体は錆びだらけの酷い有様で、モーターはオカシク成ってる筈。

レールさえ繋がってりゃ仲間の待つ車庫に帰れただろうに、レールは相馬市と南相馬市の南北両側で途切れたまま・・。寂しいでしょうナ、白いボディの特急電車。震災の意外な爪痕に、今更ながら驚いた私メです。


四年半も手入れせず、野外で放置しとくと電車って、こんなに痛んじゃうンですナ。このまま「廃車・解体」されちまう恐れが強く、ソレじゃ悲惨過ぎる・・救われませんゼ。どうかお願いJRさん!いつかレールが繋がったら、あの日辿り着けなかった上野まで、可哀想なスーパーひたち号を走らして貰えないでしょうか・・。己の姿を見る様で涙が出ました

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★「ふくしまの旅」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「いくべ福島へ!浜通り」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「相双ビューロー」福島県相双地方振興局HP
★「のまおいの里」南相馬観光協会HP
★「国指定重要無形民俗文化財 相馬野馬追」相馬野馬追執行委員会HP
★「こころに残す福島の風景 雲雀ヶ原(南相馬市)」福島民友HP
★「『帰還困難』『居住制限』『避難指示解除準備』区域」みんゆうNet・福島民友HP
★「原発災害『復興』の影」みんゆうNet・福島民友HP
★「東日本大震災による列車影響と運転見込みについて」JR東日本水戸支社HP
★「原ノ町駅に留置中の651系K202編成」抜け蔵ブログ
★「帰れなかった電車」mixiみんなの日記ブログ
★「特選漬物 相馬沢庵漬」石上食品加工組合HP
★「南相馬の『からみ漬け』」アパッチ 日々折々の記録ブログ

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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(私ぁ九ヶ月の闘病で音を上げて居り、とても四年半は持ちません・・)


土砂降りでビショ濡れに成り、実に悲惨な状態で近くのスーパーへ逃げ込みましたが、ソコで沢山売られてたのが南相馬の沢庵漬け。以前も買いましたが、当り前のソレと違って、「からみ漬け()」と「ぴりから漬け()」が甘辛くて抜群に美味いのですヨ。地元でも大人気らしく、コレさえ有れば何杯でも御飯が進むそうナ。震災を乗り越えた逸品です




| 2015.09.21 Monday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
2278 【やきそば242】帰還困難地域と「浪江焼きそば」・・浪江

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東日本大震災の後遺症でJR常磐線は、列車が走れずバスで代行運転してる区間が、福島県内に二ヵ所在りますヨ。先ず南側の代行バスに乗る為にJR竜田駅まで参りましたが、やっぱりショックに感じますネ

現実逃避に終わった関西一人旅から逃げ帰り、暫くは拙宅の在る東京をテクテク歩き廻ったり、寄席高座で口演に励んで居った私メです。寛解にゃ程遠いですが、一時の大狂騒を考えると多少落ち着いた感が。

服薬治療と青空療法を両輪に懸命に頑張ってますが、根本解決の目途が未だ立たぬ以上、出来るコトはその場凌ぎだけ。一体何時に成ったらマトモな心神に戻れるのか・・と、不安で押し潰されソウな毎日ですゼ。


JR竜田駅前にゃご覧の観光案内図が!楢葉町は福島第二原発のお膝元で、サッカー代表の合宿所「Jヴィレッジ」も在ったりしますヨ。ココの避難指示は先日解除されましたが、まだ観光どころじゃ無いですナ

尤も傍から見れば「私メの疾患なんぞ小さなコト」で、もっと困ってる人が世界に大勢居るのは事実。いやいや国内だって、東日本大震災の被害から未だ立ち直れず、苦悩の日々を送って居られる方が大勢居る。

でも一番辛いのは、自宅や故郷に帰りたくても「物理的に帰れない」状況下に在る方々。つまり原発事故の放射能飛散で避難命令が出され、未だ「帰還困難地域」「居住制限地域」に指定された福島の太平洋岸。


下り代行バスは国道六号線を北へ進みますが、開いてるお店はコンビニとガソリンスタンドだけでしたネ。東北最大の食品スーパー「ヨークベニマル」も休業で、駐車場は工事車両の待機所みたいに成ってました

人が住めない位だから列車の走れる筈も無く、爆発した福島第一原発付近のJR常磐線は、「福島・楢葉町の竜岡駅」と「同・南相馬市の原ノ町駅」間はバスによる代行運転。但しソレは朝・夜の一日二往復だけ!

震災の数年前に福一原発へ見学に行き、爆発した三号機の原子炉建屋内にも入った経験の在る私メ。鉄壁の守りと思えた原発が、実は張り子の虎だったのがエライ衝撃で、代行バスなら近くを通ってくれるかも。


印象的だったのは、国道を走る車はトラックか商用車ばかりなコト。そして国道沿いの結婚式場や葬祭場が悉く、「建設会社の事務所」と化してたコト。供食施設を備えてますから、或る意味便利ナンでしょうナ

「自分を励ます意味で、現地に行かにゃ成らぬ」と思い込むのが心神的に不安定な証拠ですが、朝一番の特急じゃ代行バスに間に合わぬ。ソコで無理して乗った上野発の始発普通列車、水戸で乗り継ぎ竜田駅。

不通区間のレールは深い草叢の中に埋まってるのが、国道から時々見て取れる。車内は実に静かで、誰かのシャッター音が響くだけ。生憎の豪雨で原発は見えませんでしたが、衝撃的な七十分のバス旅でした。



「帰還困難地域」と「居住制限地域」内を移動して良いのは車だけで、バイク・自転車・歩行者の通行は禁止。外に居るのは道路整理の人達だけで、ソレ以外の人影は皆無・・。地震自体の被害はソレほどじゃ無かっただけに、ホント異様な感じがしましたネ。「福一原発からの放射能」と云う根本原因が解決されれば、避難指示も早晩解除されるンでしょうが、ソレがままならぬ現状がモドカシイでしょうナ。その場凌ぎの対処療法は短期なら良いですが、長期化するとソレ自体が新たな心神崩壊の素!原発爆発は全て、東京電力と民主党政府による人災です

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(参考リンク)
★「ふくしまの旅」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「いくべ福島へ!浜通り」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「相双ビューロー」福島県相双地方振興局HP
★「ふくしま 新発売。 相双地方の記事」福島県庁HP
★「『帰還困難』『居住制限』『避難指示解除準備』区域」みんゆうNet・福島民友HP
★「原発災害『復興』の影」みんゆうNet・福島民友HP
★「東日本大震災による列車影響と運転見込みについて」JR東日本水戸支社HP

★「常磐線が3年10か月ぶり『全線運転再開』へ。」旅行総合研究所タビリスHP
★「原発被災地の『鉄道代替輸送』にたりないもの」東洋経済オンラインHP
★「浜通り交通 常磐線代行バス(原ノ町駅−竜田駅)」山で働いてた○●が淡々と綴る日記もどきブログ
★「産地が見える商品」ヨークベニマルHP
★「浪江焼きそば」浪江焼麺太国HP
★「【浪江町】浪江町役場前ローソンで『浪江焼きそば』を購入」相双ゆたどさブログ

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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(コンビニ以外は閉店したまま・・ある日から時間が止まってる様でした)


竜田駅からの代行バスは信号以外無停車で走り抜けましたが、途中で通った浪江町の名物は、今までに何度かご紹介した極太麺の「浪江焼きそば」。何しろ帰還困難地域ですから、残念ながら浪江町内じゃ食べられませんが、福島県内のローソンじゃ毎年八月後半から九月前半だけは復興の願いを込めて売られて居り、ソレを代行バスの終点・南相馬市の原町区で手に入れるコトが出来ましたヨ。ホントは浪江町役場前のローソンで買いたかったンですが、バスが停まらないンで仕方無い。浪江でコレを食べられる様に、一日も早く成って欲しいモノです




| 2015.09.20 Sunday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1946 【名物パン214】「よつわりパン」と除染と黒い雪・・南相馬


南相馬市の「相馬太田神社」は、この地域の領主だった相馬家の氏神さま。野馬追の時に騎馬武者が出陣する神社の一つで、鎌倉時代末に下総国(千葉県)から下向した相馬家は、当初ココに館を構えたとか

福島県の太平洋岸「浜通り地方」北部を旅して居ります。昨日までは相馬市でしたが、今日は南隣りの南相馬市へ。以前は「原町市」と呼ばれてたトコで、平成十八年に近隣二町と合併して名前が変わりましたヨ。

ココも四年前に訪ねてまして、その時「相馬野馬追」についてイロイロ学びましたネ。相馬家が藩主を勤めた中村藩の領域、つまり相馬地方全体から騎馬武者五百騎余りが結集する、東北六大祭りの一つですナ。

三年半前の震災で爆発した福島第一原発から、旧原町市は約二十五km。合併した旧小高町に至っては二十km圏内で、当然乍ら警戒区域に指定され、場所によっては「帰還困難地域」として立ち入りが不可に。

ソレでも野馬追を続ける為に、特例扱いで馬を救出したンだとか。そして街の復興の目途が立たぬ震災四ヶ月後に、規模は小さかったけど野馬追はナンとか行われた。コレを聞いて私ぁ「エライ!」と泣きましたネ。


相馬野馬追のハイライト「甲冑競争」「神旗争奪戦」が行われるのが、旧原町市のほぼ中央に在る「雲雀ヶ原祭場地(野馬追原)」。祭りの為だけに用意されたスペースで、実に広々として気持ちの良いトコです

原発事故で不思議に思ったのは、放射能の飛散が北西方向に偏ってたコト。何しろ放射能は軽いンで、ドコに多く飛んで行くかは風次第ナンだとか。聞けばあの時、風は福一原発の北西に向けて吹いてた様です。

もちろん北側の相馬地方や、南側のいわき市等。直ぐ近くの双葉郡が激しく汚染されたのは言うまでも有りませんが、南相馬市西部の山間やその奥の辺りが著しい。つまり北西方向で、ソコに「黒い雪」が降った。

表現が悪いのは判ってますが、広島に原爆が投下された時、アレは夏だったンで「黒い雨」に成りましたが、まだ春先の東北じゃ雨ならぬ雪と成り、風の具合で北西に雪雲が流れ、放射能塗れの雪が降った訳だ。

除染作業が進み、南相馬市は警戒区域から脱した様ですが、その帰り道。未だに全村避難中の飯館村を通りましたが、至る所で除染作業が行われ、ソレ以外の人影見えぬ街並みに恐れ戦いた私メでしたヨ。


南相馬市でも多少は見ましたが、峠を越えて西隣の飯館村に入ると真っ黒な除染袋(フレコンバッグ)だらけ。あの中に汚染された表土が収められてるンでしょうが、最終的にコレをどうやって処分するのやら。所々に集積されてますが、地元じゃコレを「黒いピラミッド」と呼ぶとか

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(参考リンク)
★「海風ときらめく光 自然と歴史の街へ」南相馬観光協会HP

★「相双地域の総合的な地域情報ウェブサイト」相双ビューローHP
★「一千有余の歴史を経て、今なおいきづく伝統の祭り」相馬野馬追執行委員会HP
★「原発事故でも『相馬魂』は消えない―東北六大祭り・相馬野馬追いと一時帰宅」Business Media 誠 HP
★「鎮魂の祈り・復興を願う法螺貝の音〜相馬太田神社〜」南相馬観光協会HP
★「政治もマスコミも"福島"を収束させようとしている―南相馬市長が語る復興の現実」Business Media 誠 HP
★「なぜ飯館村と浪江町で高い値の放射能が検出されるのか考えてみた」福島県在住者の走り書きブログ
★「帰りたい 帰れない 帰らない―飯館村民の苦悩」福島 フクシマ FUKUSHIMAブログ
★「除染作業を見てきました」タムジイの徘徊日記ブログ
★「昔から愛されてるパン屋さん『原町製パン』」相双ビューローHP
★「よつわりパン」Biyu日記ブログ

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★「1944 【スイーツ135】震災に負けない『凍み天』を相馬市で」
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(ホント原発の爆発さえ無ければ・・、今更悔やんでも仕方無いですが)


南相馬市を前回訪ねた時に入手できなかった、相馬地方のソウルフード「よつわりパン」をようやく食べる事が出来ましたヨ。製造開始から半世紀以上経つ名物パンで、濃厚な生クリーム入りの餡パンですが、初めっから十字の切込みが入ってて、だから「よつわり」ナンですナ。当初は「フラワーパン」てな名前だったソウですが、皆が「よつわり」と呼ぶンで、ソッチが正式な名前に成ったとか。原町製パンさんのもう一つの名物「夕月パン」も買いましたが、コッチは割れて無いよつわりパン。震災で店舗の移転等も有った様ですが、負けずに頑張って下さい




| 2014.10.28 Tuesday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1945 【スイーツ136】荒野広がる相馬で「アイスまんじゅう」を


福島・相馬市は、伝統の祭礼「相馬野馬追」で知られる街。だから?街角にゃ馬に因んだモンが多いですが、JR相馬駅前のポールサインはご覧の通り。震災に負けずに野馬追を行った相馬、頑張って下さいネ


福島県の太平洋岸「浜通り地方」北部の、相馬市を訪ねて居ります。つい先日から地域の動脈・国道六号線の通行規制が緩和され、条件付きでは有りますが、福島第一原発の至近区間も通れる様に成りましたヨ。

コレで東京から迂回せずに行ける様に成りましたが、JR常磐線や常磐道は途絶された儘で、交通面に関しては完全復旧とは未だ言えませんナ。JR相馬駅にゃ代行バスが停まってて、何だか悲しく成りましたゼ。


相馬市の海沿いには「松川浦」と云う内湖が在り、ソレが海に繋がって湾の様に成ってます。ココは風光明媚・白砂青松の美しいトコだったンですが、津波で破壊されて寒々しい風景に。復興へは遠い道のりです

ソレでも復興への大きな一歩に違いなく、先ずは良かったと思うべきナンでしょうネ。四年前にココを訪ねた時に比べ、駅前地区に空き地が多く成ってる様な気もしますが、着実に復興に向かってるかに見えます。

処が海の方へ向えば、広大な空き地が広がってる。いや荒野が広がってると表現した方が正解か。御多聞に盛れず相馬市の海沿いも津波に襲われ、景勝地「松川浦」も壊滅的な被害で立ち入る事が出来ません。


後ろに見える斜張橋「松川浦大橋」の路面ギリギリのトコまで、津波は増水したンだとか・・。漁港では魚の水揚げも再開されましたが、放射線量は厳しくチェックされてますンで、或る意味、日本一安全な魚です

松川浦から福島第一原発まで、およそ四十五kmほど。全く備えが出来て無かったから原発は爆発しましたが、ソレに追い込んだと同じ規模の津波がココに押し寄せた筈。海岸の松並木を乗り越え、波は内陸へ。

昔の相馬には松川浦だけじゃ無く、幾つかの内湖が在ったソウで、大正から昭和にかけて次々埋め立てられ、広大な水田地帯と成った様ですが、津波はソコに攻め寄せた。その結果・・一面の荒野と化してる訳だ。


松川浦に押し寄せた津波の模様が、Youtube映像に成ってます。あの日から三年半も経つのに、未だやっぱりショックに感じますナ。でも忘れちゃ成らないのも事実で、目を背けずにご覧戴きたいと存じます

津波が運んで来た粘土質の土砂が田圃に厚く積ったり、海水に未だ浸ってたり。加えて塩害まで発生して、とても水田として使える状態じゃ無い。何より残留放射能の為に出荷出来ぬ(補償は有る様ですが)

コレじゃ放置され、折角の美田が荒野化しちゃいますワ。勿論もっと難しい問題が山積で、ソレが複雑に絡み合って簡単に進まンのでしょうが、ドウにか成らんモノかと考えさせられました。やっぱ原発でしょうナ。


相馬エリアは「不思議なモン」が沢山!こちらは自ら珍菓と名乗る「相馬のたくあん」で、細長い大根の沢庵を甘塩っぱく煮て、保存の効くスイーツにした奇怪な一品。専らお茶請けにする様ですが、なぜ沢庵?
 

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★「ふるさと相馬」相馬市観光協会HP
★「相双地域の総合的な地域情報ウェブサイト」相双ビューローHP
★「相馬市:東日本大震災(地震・津波)の被害状況」東日本大震災、被害状況専門サイトHP
★「復旧を超えた復興の為に」相馬市松川浦観光振興グループHP
★「松川浦県立自然公園」相馬市役所HP
★「荷さばき施設など復旧工事始まる 松川浦漁港」福島民報HP
★「『原発震災』に被災した相馬市原釜漁港―東日本大震災の歴史的位置」東京の現在から歴史=過去を読み解くブログ
★「国道六号線通行量増加、震災前に迫る」河北新報オンラインニュースHP
★「行く、東北へ。相馬、海沿いを。」Epstein’s HP
★「東日本大震災 相馬市(一部)の被害状況」下枝空撮写真部屋HP
★「相馬のたくあん(菓匠・榮泉堂)・さばっ娘寿司(青森・八戸市)」ミモザ・ブログHP

★「冷凍庫 扉を開けると アイスまんじゅう」フロンティア南相馬HP

(関連する記事)

★「406 相馬はお馬の街なのか?」
★「407 【保存食品13】雲雀野市には成らなくて・・南相馬」
★「408 【やきそば18】浪江焼きそばに鮭は入れません」
★「650 【スイーツ28】暑い日は桑名で『アイス饅頭』」
★「669 宮城・女川町へ行って参りました」
★「817 【お魚料理44】日本最大の練り物産地『塩竃』の、津波からの復興」
★「1108 【揚げモン44】『やきかつ』と被災者同士のトラブル‥いわき平」
★「1109 信じられない風景、なぜマスゴミは伝えない?‥塩屋崎」
★「1110 【お魚料理62】『シーフードケーキ』といわき市の津波被害」
★「1944 【スイーツ135】震災に負けない『凍み天』を相馬市で


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(地震と津波は天災ですケド、原発の爆発はやっぱり人災だから・・)


相馬エリア最強のローカルフードは、ご覧の「アイスまんじゅう」だソウですヨ。七十年ほど前から作られ続け、年間生産量は約五十万個!その殆どが地元で消費される、相馬だけの大ベストセラー。偏愛度は猛烈で、結構前から「アイスまんじゅう早食い世界大会」が開催されて居り、震災に負けずに今も続いてるとか。こしあんの塊を硬めの牛乳アイスで包んだモノで、三重・桑名市でも似た様なのを食べた記憶が有りますが、「世界大会」は相馬だけ?世界記録は僅か「十五秒」だってさ




| 2014.10.27 Monday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1944 【スイーツ135】震災に負けない相馬で「凍み天」を


相馬家六万石の居城だった「中村城(馬陵城)」は、平安の猛将「坂上田村麻呂」公が千二百年ほど前に築いたとされる古い城。震災で一部の石垣が崩れたソウですが、海岸近くほどの被害じゃ無かった様です

福島県の海沿い「浜通り地方」、その北部の中心都市・相馬へ参りました。ココを訪ねるのは約四年ぶり。つまり前回はあの忌まわしき大震災の半年前で、ココが津波や原発爆発等の凶事に襲われて無かった頃。

もっと早く訪ねたかったンですが、「無事ナンだろうか」「復興は進んでるンだろうか」と心配するばかり。普段は無駄にフットワーク良く全国を動き回ってますのに、浜通りの北部は訪ねる機会が有りませんでしたヨ。

福一原発の爆発でJR常磐線や高速道路が途絶し、東京から直行の交通手段が無いと云う「物理的理由」も有りますが、ソレ以上に訪ねるのが怖かったンですナ。前回訪問時に、私ぁ結構気に入りましたンでネ。

ですが先日から条件付きながら、浜通りの大動脈・国道六号線も「福一原発の近くを通る」のが可能と成り、ソロソロ訪ねても良い頃だろうと勇気が湧きました。いや訪ねなきゃ成らぬ!行って現状を見て来ねば!


震災に負けず開催された「相馬野馬追い」の出陣式が行われるのが、中村城のすぐ隣に在る「相馬中村神社」。相馬家のご先祖「平将門」公が創建したとされ、ご本殿は国の重要文化財。相馬市の総鎮守です

一言で浜通り地方と申しますが、聞けば北部と南部じゃ文化が結構違う様。つまり江戸時代に相馬藩だった北部と、磐城平藩(いわき市)だった南部ですナ。その境目が、ちょうど原発が爆発した辺りナンだとか。

関東との付き合いの深い南部に対し、北部は宮城県の方を向いてると言いますネ。だから?同じ浜通りでも、いわき市等の南部の情報は東京に時折伝わりますが、相馬市等の北部の情報は殆ど聞かないですヨ。

東北から関東にかけての太平洋沿岸は等しく津波の直撃を受けてますンで、相馬も海沿いは大変だった事は判ります。ですが街中はドウだったンだろう?先ずは相馬藩の政庁の在った「中村城」へ参りましょうか。

もちろん震災から三年半以上経ってますンで、損壊修復はトウに終わってましょうが、意外に変わって無くて少し安心。けど街中に不自然な空き地が多く成った様な・・。やっぱ・・もしや・・相馬の旅は続きます。


中村城のお堀は何も無かったかの様に、穏やかそのモノ。ソレでもココだって被害は大変だった筈なのに、伝統の「野馬追い」だけは断固やらなくちゃと強行した相馬の人々・・、その気迫に脱帽する限りです
 

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★明日も「福島県相馬市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「ふるさと相馬」相馬市観光協会HP
★「相双地域の総合的な地域情報ウェブサイト」相双ビューローHP
★「相馬市:東日本大震災(地震・津波)の被害状況」東日本大震災、被害状況専門サイトHP
★「相馬妙見」相馬中村神社HP
★「相馬野馬追」相馬市役所HP
★「相馬中村城跡」北日本近世城郭検討会HP
★「帰省Uターン寄道・その2【中村城】」奥羽古城散策雑記帳ブログ
★「放射能汚染を懸念して相馬地域住民の集団移転を計画している旧藩主家相馬氏―東日本大震災の歴史的位置」東京の現在から歴史=過去を読み解くブログ
★「こだわりの餅専門店」もち処木乃幡HP
★「福島名物 凍み天の復活『もち処木の幡』」こーいちぶろぐブログ

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★「1110 【お魚料理62】『シーフードケーキ』といわき市の津波被害」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(旧藩主・相馬家は、被災住民の広島への集団移転を推進してるとか)


冬の寒さ厳しき東北じゃ、ソレを生かした独自の保存食品が多く有りますが、相馬エリアにゃ寒風でヨモギ餅を凍らせて作る、昔からの天然フリーズドライ食品「凍み餅」が有りますヨ。ソレをドーナツ生地で包んで揚げたのが「凍み天」。コレは相馬じゃ無く、南相馬市の「木乃幡」サンの製品ですがご勘弁を。震災で工場が破壊され、一旦消滅してましたが相馬エリアでも最近復活!実に不思議な食感がして美味いですゼ




| 2014.10.26 Sunday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1110 【お魚料理62】「シーフードケーキ」といわき市の津波被害


津波に直撃され蹂躙され、地域がほぼ壊滅した「いわき市豊間」の海岸に、今日もまた波が押し寄せます。霧状の潮騒が辺りを包み込み、大変に厳粛な雰囲気でした。ココでも百名近くの方が亡くなられてます

東北地方の太平洋側南端の都市、「福島・いわき市」を訪ねて居ります。ココは東京二十三区全ての倍の面積を誇る市で、幸いにして大震災じゃ被害の少なかった地域が殆ど。むしろ近くの原発爆発の影響の方が危惧される位。

でも震災被害が皆無だった訳じゃ無い。面積が広いと云うコトは‥被害の落差が著しくなる可能性が高い訳で、内陸のJRいわき駅付近は落ち着いてましたが、海岸沿いの被害はホント酷い‥。三陸沿岸のソレと大して変らない。

美空ひばり先生の大ヒット曲「みだれ髪」の舞台と市民が自慢する「塩屋埼灯台」に行きたいと、いわき市平(たいら)地区「薄磯」集落をたまたま通り、余りの津波被害の酷さに‥私ぁ心で泣くコトに成ったのを昨日ご紹介致しました。

薄磯と塩屋崎を隔てて隣り合う、同じ平地区の「豊間」集落も同じ様に津波に蹂躙され、ソコでは百名近くの方が亡くなられ、やはり一面の原っぱと化してましたヨ。薄磯と同じく三方が丘陵に囲まれ、津波の逃げ場が無かった様。


豊間から南へ下がった「小名浜漁港」も津波に襲われ、魚のセリが行われる建物は今も一部閉鎖されたまま。福島県最大の港なだけに船舶の被害も甚大で、多くの漁船や貨物船が打ち上げられたり転覆しました

人間ってホント情け無い動物で、余り辛く成り過ぎると思考は停止し、現実から逃げ出したく成っちまうらしい。私メも薄磯集落で烈しい衝撃を受け、塩屋崎のトンネルを抜けて豊間集落へ出た時は、思考はすっかり停まってましたナ。

見なかったコトには出来ンけれど、いわき市のもう一つの中心「小名浜港」へ早く移動しよう。難しいコトは小名浜に行ってから考えよう、サッサと逃げなくちゃ!卑怯者と笑いたくば笑うが良いさ、私メにゃその位の衝撃だったのヨ。

小名浜にも津波が押し寄せ、街は浸水して車はひっくり返り、港じゃ船がドンドン陸へ乗り上げて大変な被害に成ってた‥と云うのは、東京でも報道されてました。また港の水族館じゃ停電の為に、多数の魚が死んでしまった事も。

三陸沿岸が津波に呑まれて行く様は、私メも繰り返しTV等で見ました。でも福島県は原発関連の報道ばかりで、津波は小名浜港が最大の被害ナンだと思ってましたが、どうも実際は違ってた様です。復興は何時ナンでしょうか?


平地区のJRいわき駅前と同じ様に、小名浜港も探さない限り「震災の爪痕」は殆ど見えなく成ってます。でも同じいわき市なのに復興の差が有り過ぎて、思わず考え込んでしまった私メ。確かに重要なトコから予算を重点的に割り振り、効率的にやるのが正しいと判っちゃ居るンですケド。小名浜港の遊覧船乗り場から、最近復活した水族館の方を眺め乍ら、吸ったタバコの苦かった事。生きてるだけで御の字ナンでしょうナ

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★明日は「東京都港区麻布十番」への訪問記です★

(参考リンク)
★「いわき市平豊間の津波被害」東日本大震災の爪あとを訪ねてブログ
http://hanakatumi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-21
★「いわき市豊間でごく個人的に考えたこと」amigos airplane HP
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=6233
★「小名浜港の津波被害」東日本大震災の爪あとを訪ねてブログ
http://hanakatumi.blog.so-net.ne.jp/2012-06-02
★「復活のアクアマリン」花鳥風月Visual紀行HP
http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2011/2011_0723_Fukushima/2011_0723_Fukushima_3.html
★「創作かまぼこ『シーフードケーキ』」かねまん本舗HP
http://www.kaneman.net/
★「第871回 シーフードケーキうまい」馬が鹿に見えたって?ブログ
http://blog.goo.ne.jp/from-fukumura/e/fe1e54a0ec072f689ef4a0377b46eea8

(いわき市は被災地じゃ無いと思ってる東京人が大勢居ますが、被災地です
)

日本最大の「板かまぼこ」の産地・小名浜じゃ、水産加工品の業者が多数被害を受け、廃業に追い込まれてしまったのも少なく無いと聞きますが、いわき名物「シーフードケーキ」のかねまんサンは見事復活!工場が内陸部に在ったンで津波の直撃から免れ、暫くは被災者への炊き出し等に会社ぐるみで専念してた様ですが、「地震に負けてたまるか」と各種かまぼこの製造を再開し、小名浜港の観光物産センター「ら・ら・ミュウ(ここも水没しました)」等での販売も再開されててヤレ安心。さて「シーフードケーキ」ですが、色ンな具の混じった笹かまぼこみたいなモンでして、画像のは「ダイス状のチーズとじゃがいも」が入って居りましたヨ




| 2012.10.08 Monday (08:00) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
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