きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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2280 【野菜果物77】今年もいちじくを煮てみた!2015・・相馬市

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震災で石垣の一部が崩れましたが、只今は実に静かな「相馬中村城(馬陵城)」。平将門公をご先祖に持つ名門・相馬氏の居城で、鎌倉時代から明治維新まで、約七百四十年も統治し続けたのは珍しいです

寛解の目途の立たぬ心神に苦しみつつ、福島県の太平洋岸「浜通り地方」を旅する私メです。ココを通るJR常磐線は震災後、津波被害と放射能汚染の為の不通区間が多数在りましたが、今や残り二ヵ所だけに。

何れも代行バスが走る様に成り、ソレで南側の「竜田〜原ノ町」駅間を通り抜け、原ノ町から常磐線の電車に乗り継ぎましたが、僅か二駅で再び不通区間に。相馬駅から北側は、再び代行バスに乗らねば成らぬ。

つまり「原ノ町〜相馬」駅間は、不通区間に挟まれてる訳で正直不便。でも便利なのが当り前と思ってるからで、ソレが無いと突然の不便さに周章狼狽しちまう。例え代行バスでも、乗れる分だけ有難く思わねば。

そう、「日頃の当り前」を「いつまでも当り前」と思っちゃ駄目ですナ。私ぁ今年に入って「当り前が当り前で有るコト」の有難さを、痛切に思い知らされてばかり。昨年末に心神崩壊し、懸命な治療生活に入ってからは。



折角だからと大雨の降り続く中、一年ぶりに相馬中村城の本丸へ。阿武隈山地の低い丘陵に建てられたお城で、この橋の奥の天守閣跡には明治維新後、平将門公や藩祖を祀る「相馬神社」が創建されてます

キツイ薬を毎日何度も飲み、また薬に頼り過ぎない様に毎日歩き廻ってますが、所詮ソレは対処療法。根本治療にゃ成り得ず、「寄席高座に上り続ける」為にゃ・・お酒然りバイク然り、諦めざろう得ないコトばっかり。

雑踏に耐えられないンで、お祭りもダメ・花火もダメ・・恒例行事よ御機嫌よう!加えて毎年楽しみにしてた私的行事も、物理的・心理的に不可能なモンだらけで、成功したのは初夏の「ルバーブのジャム作り」位?

初秋の楽しみだったのが「いちじくの甘露煮作り」。震災の二年前、「青いちじくを甘く煮る」東北の習慣を福島県で知り、ソリャ面白いと試してみたらコレ美味い!震災の年も挫けず、私ぁ買い出しに行きました!

でも今年は正直諦め、悔しい悔しいと歩く大雨の相馬市内。処が地物を偶然発見し、コレで当り前をやれると男泣き!震災で相馬市も当り前がソウじゃ無く成るコトばかりだった筈ですが、訪ねた甲斐が有りました。


JR相馬駅前から、残りの代行バス区間を!南側と違って北側は毎時1〜2本ほど運行され、比較的使いやすく成ってますナ。JR亘理駅まで約一時間の不通区間は、津波被害を避ける為に内陸に線路を付け替えてるらしく、ソレさえ終われば列車が走り出せそうな様子でしたネ

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★明日は「宮城県亘理郡亘理町」への訪問記です★

(参考リンク)

★「ふくしまの旅」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「いくべ福島へ!浜通り」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「相双ビューロー」福島県相双地方振興局HP
★「ふるさと相馬」相馬市観光協会HP
★「相馬野馬追」相馬市役所HP
★「相馬中村城跡」北日本近世城郭検討会HP
★「帰省Uターン寄道・その2【中村城】」奥羽古城散策雑記帳ブログ
★「東日本大震災による列車影響と運転見込みについて」JR東日本水戸支社HP
★「イチジクのコンポート」圧力鍋で目指せ500レシピ!HP
★「快適視生活応援団/青いいちじく Love」セイコーオプティカルプロダクツHP
★「いちじくの甘露煮」All Things Must Pass@宮城仙南よりブログ

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★「2279 【保存食品54】止まったままの特急列車と『からみ漬け』・・南相馬」

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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(不作だった?例年より高かった様な・・買えただけで有難いンですが)


生食用の赤いモノと違い、甘露煮用のイチジクは実が小さくて青い品種で、一kg単位で袋に入れられ売られてますヨ。震災前は相馬市周辺が東北最大の産地だったと聞いてますが、その畑の多くが津波で壊滅して生産は激減し、相馬産のを買えたのは何年ぶり?「今年も煮込める」嬉しさにもっと沢山買いたかったンですが、何しろ代行バスで移動してる身ですから‥二袋が精一杯ですナ。鍋に入ってるのが最初の袋で、お酢と砂糖で煮てみましたヨ。そして二袋目は甘露煮にしましたが、水分はイチジクの実から滲み出ますンで、足さない様に願います




| 2015.09.22 Tuesday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
2279 【保存食品54】止まったままの特急列車と「からみ漬け」・・南相馬

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原ノ町駅まで乗って来たJR常磐線の代行バスは、JRバスからこの為に譲渡されたトイレ付き。車掌代わりのガイドさんも乗ってましたが、帰還困難地域を走り抜けた約七十分の道中の乗客は、僅か数名でした

フト思い立ち、福島県の太平洋岸「浜通り地方」を旅する私メです。言うまでも無く福島第一原発の爆発により飛散した放射能の為に、「帰還困難地域」「居住制限地域」に指定されたままのトコが未だに多いエリア。

原発付近の福島・双葉郡の町々は長らく交通が遮断され、ソコに北隣する相馬市や南相馬市へ去年の今頃参った時、内陸の福島市を迂回するルートを余儀なくされました。行きも帰りもエラク遠回りした覚えが・・。

ですが爆発から四年半も経って放射能の数値は大分下がった様で、付近の鉄道は未だ不通ですが、今年の一月末から代行バスが走る様に成り、自動車のみ通行可の国道六号線をソレで通り抜けてみましたヨ。

海から多少離れた国道沿いは、地震や津波の被害が甚大じゃ無かっただけに、一見ナンてコト無い風に思えましたが、復旧工事や警備関係者以外の人影は殆ど見えず、放射能汚染の恐ろしさを物語ってましたネ。


今も避難指示の未解除地区の多い南相馬市のシンボルは、震災の年も挫けず行われた「相馬野馬追」。その勇気に肖りたく、主会場の「雲雀原祭場地」へ一年ぶりに行ってみましたが・・エライ土砂降りでした

そんな帰還困難地域を走った代行バスの終点は、南相馬市のJR原ノ町駅。昨年の今頃、つまり私メがオカシク成る前に訪ねてた街で、そうか去年はまだ元気だったのか・・もっと前から患ってる気もしますケド。

昨年末の心神崩壊以来、私ぁナニ一つ前進出来ぬ「人生一時停止中」てな状態ですが、原ノ町駅じゃ震災の日以来、白いボディの特急電車「スーパーひたち号」が止まったままで、無残に朽ち果て様としてます。

上野へ出発寸前だったスーパーひたち号はあの日、地震と津波と原発爆発の為にレールが途切れ孤立して、ココから全く前進出来ずに四年半。車体は錆びだらけの酷い有様で、モーターはオカシク成ってる筈。

レールさえ繋がってりゃ仲間の待つ車庫に帰れただろうに、レールは相馬市と南相馬市の南北両側で途切れたまま・・。寂しいでしょうナ、白いボディの特急電車。震災の意外な爪痕に、今更ながら驚いた私メです。


四年半も手入れせず、野外で放置しとくと電車って、こんなに痛んじゃうンですナ。このまま「廃車・解体」されちまう恐れが強く、ソレじゃ悲惨過ぎる・・救われませんゼ。どうかお願いJRさん!いつかレールが繋がったら、あの日辿り着けなかった上野まで、可哀想なスーパーひたち号を走らして貰えないでしょうか・・。己の姿を見る様で涙が出ました

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(参考リンク)

★「ふくしまの旅」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「いくべ福島へ!浜通り」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「相双ビューロー」福島県相双地方振興局HP
★「のまおいの里」南相馬観光協会HP
★「国指定重要無形民俗文化財 相馬野馬追」相馬野馬追執行委員会HP
★「こころに残す福島の風景 雲雀ヶ原(南相馬市)」福島民友HP
★「『帰還困難』『居住制限』『避難指示解除準備』区域」みんゆうNet・福島民友HP
★「原発災害『復興』の影」みんゆうNet・福島民友HP
★「東日本大震災による列車影響と運転見込みについて」JR東日本水戸支社HP
★「原ノ町駅に留置中の651系K202編成」抜け蔵ブログ
★「帰れなかった電車」mixiみんなの日記ブログ
★「特選漬物 相馬沢庵漬」石上食品加工組合HP
★「南相馬の『からみ漬け』」アパッチ 日々折々の記録ブログ

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★「1946 【名物パン214】『よつわりパン』と除染と黒い雪・・南相馬」
★「2278 【やきそば242】帰還困難地域と『浪江焼きそば』・・浪江

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(私ぁ九ヶ月の闘病で音を上げて居り、とても四年半は持ちません・・)


土砂降りでビショ濡れに成り、実に悲惨な状態で近くのスーパーへ逃げ込みましたが、ソコで沢山売られてたのが南相馬の沢庵漬け。以前も買いましたが、当り前のソレと違って、「からみ漬け()」と「ぴりから漬け()」が甘辛くて抜群に美味いのですヨ。地元でも大人気らしく、コレさえ有れば何杯でも御飯が進むそうナ。震災を乗り越えた逸品です




| 2015.09.21 Monday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
2278 【やきそば242】帰還困難地域と「浪江焼きそば」・・浪江

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東日本大震災の後遺症でJR常磐線は、列車が走れずバスで代行運転してる区間が、福島県内に二ヵ所在りますヨ。先ず南側の代行バスに乗る為にJR竜田駅まで参りましたが、やっぱりショックに感じますネ

現実逃避に終わった関西一人旅から逃げ帰り、暫くは拙宅の在る東京をテクテク歩き廻ったり、寄席高座で口演に励んで居った私メです。寛解にゃ程遠いですが、一時の大狂騒を考えると多少落ち着いた感が。

服薬治療と青空療法を両輪に懸命に頑張ってますが、根本解決の目途が未だ立たぬ以上、出来るコトはその場凌ぎだけ。一体何時に成ったらマトモな心神に戻れるのか・・と、不安で押し潰されソウな毎日ですゼ。


JR竜田駅前にゃご覧の観光案内図が!楢葉町は福島第二原発のお膝元で、サッカー代表の合宿所「Jヴィレッジ」も在ったりしますヨ。ココの避難指示は先日解除されましたが、まだ観光どころじゃ無いですナ

尤も傍から見れば「私メの疾患なんぞ小さなコト」で、もっと困ってる人が世界に大勢居るのは事実。いやいや国内だって、東日本大震災の被害から未だ立ち直れず、苦悩の日々を送って居られる方が大勢居る。

でも一番辛いのは、自宅や故郷に帰りたくても「物理的に帰れない」状況下に在る方々。つまり原発事故の放射能飛散で避難命令が出され、未だ「帰還困難地域」「居住制限地域」に指定された福島の太平洋岸。


下り代行バスは国道六号線を北へ進みますが、開いてるお店はコンビニとガソリンスタンドだけでしたネ。東北最大の食品スーパー「ヨークベニマル」も休業で、駐車場は工事車両の待機所みたいに成ってました

人が住めない位だから列車の走れる筈も無く、爆発した福島第一原発付近のJR常磐線は、「福島・楢葉町の竜岡駅」と「同・南相馬市の原ノ町駅」間はバスによる代行運転。但しソレは朝・夜の一日二往復だけ!

震災の数年前に福一原発へ見学に行き、爆発した三号機の原子炉建屋内にも入った経験の在る私メ。鉄壁の守りと思えた原発が、実は張り子の虎だったのがエライ衝撃で、代行バスなら近くを通ってくれるかも。


印象的だったのは、国道を走る車はトラックか商用車ばかりなコト。そして国道沿いの結婚式場や葬祭場が悉く、「建設会社の事務所」と化してたコト。供食施設を備えてますから、或る意味便利ナンでしょうナ

「自分を励ます意味で、現地に行かにゃ成らぬ」と思い込むのが心神的に不安定な証拠ですが、朝一番の特急じゃ代行バスに間に合わぬ。ソコで無理して乗った上野発の始発普通列車、水戸で乗り継ぎ竜田駅。

不通区間のレールは深い草叢の中に埋まってるのが、国道から時々見て取れる。車内は実に静かで、誰かのシャッター音が響くだけ。生憎の豪雨で原発は見えませんでしたが、衝撃的な七十分のバス旅でした。



「帰還困難地域」と「居住制限地域」内を移動して良いのは車だけで、バイク・自転車・歩行者の通行は禁止。外に居るのは道路整理の人達だけで、ソレ以外の人影は皆無・・。地震自体の被害はソレほどじゃ無かっただけに、ホント異様な感じがしましたネ。「福一原発からの放射能」と云う根本原因が解決されれば、避難指示も早晩解除されるンでしょうが、ソレがままならぬ現状がモドカシイでしょうナ。その場凌ぎの対処療法は短期なら良いですが、長期化するとソレ自体が新たな心神崩壊の素!原発爆発は全て、東京電力と民主党政府による人災です

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★明日は「福島県南相馬市原町区」への訪問記です★

(参考リンク)
★「ふくしまの旅」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「いくべ福島へ!浜通り」うつくしま観光プロモーション推進機構HP
★「相双ビューロー」福島県相双地方振興局HP
★「ふくしま 新発売。 相双地方の記事」福島県庁HP
★「『帰還困難』『居住制限』『避難指示解除準備』区域」みんゆうNet・福島民友HP
★「原発災害『復興』の影」みんゆうNet・福島民友HP
★「東日本大震災による列車影響と運転見込みについて」JR東日本水戸支社HP

★「常磐線が3年10か月ぶり『全線運転再開』へ。」旅行総合研究所タビリスHP
★「原発被災地の『鉄道代替輸送』にたりないもの」東洋経済オンラインHP
★「浜通り交通 常磐線代行バス(原ノ町駅−竜田駅)」山で働いてた○●が淡々と綴る日記もどきブログ
★「産地が見える商品」ヨークベニマルHP
★「浪江焼きそば」浪江焼麺太国HP
★「【浪江町】浪江町役場前ローソンで『浪江焼きそば』を購入」相双ゆたどさブログ

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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(コンビニ以外は閉店したまま・・ある日から時間が止まってる様でした)


竜田駅からの代行バスは信号以外無停車で走り抜けましたが、途中で通った浪江町の名物は、今までに何度かご紹介した極太麺の「浪江焼きそば」。何しろ帰還困難地域ですから、残念ながら浪江町内じゃ食べられませんが、福島県内のローソンじゃ毎年八月後半から九月前半だけは復興の願いを込めて売られて居り、ソレを代行バスの終点・南相馬市の原町区で手に入れるコトが出来ましたヨ。ホントは浪江町役場前のローソンで買いたかったンですが、バスが停まらないンで仕方無い。浪江でコレを食べられる様に、一日も早く成って欲しいモノです




| 2015.09.20 Sunday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1946 【名物パン214】「よつわりパン」と除染と黒い雪・・南相馬


南相馬市の「相馬太田神社」は、この地域の領主だった相馬家の氏神さま。野馬追の時に騎馬武者が出陣する神社の一つで、鎌倉時代末に下総国(千葉県)から下向した相馬家は、当初ココに館を構えたとか

福島県の太平洋岸「浜通り地方」北部を旅して居ります。昨日までは相馬市でしたが、今日は南隣りの南相馬市へ。以前は「原町市」と呼ばれてたトコで、平成十八年に近隣二町と合併して名前が変わりましたヨ。

ココも四年前に訪ねてまして、その時「相馬野馬追」についてイロイロ学びましたネ。相馬家が藩主を勤めた中村藩の領域、つまり相馬地方全体から騎馬武者五百騎余りが結集する、東北六大祭りの一つですナ。

三年半前の震災で爆発した福島第一原発から、旧原町市は約二十五km。合併した旧小高町に至っては二十km圏内で、当然乍ら警戒区域に指定され、場所によっては「帰還困難地域」として立ち入りが不可に。

ソレでも野馬追を続ける為に、特例扱いで馬を救出したンだとか。そして街の復興の目途が立たぬ震災四ヶ月後に、規模は小さかったけど野馬追はナンとか行われた。コレを聞いて私ぁ「エライ!」と泣きましたネ。


相馬野馬追のハイライト「甲冑競争」「神旗争奪戦」が行われるのが、旧原町市のほぼ中央に在る「雲雀ヶ原祭場地(野馬追原)」。祭りの為だけに用意されたスペースで、実に広々として気持ちの良いトコです

原発事故で不思議に思ったのは、放射能の飛散が北西方向に偏ってたコト。何しろ放射能は軽いンで、ドコに多く飛んで行くかは風次第ナンだとか。聞けばあの時、風は福一原発の北西に向けて吹いてた様です。

もちろん北側の相馬地方や、南側のいわき市等。直ぐ近くの双葉郡が激しく汚染されたのは言うまでも有りませんが、南相馬市西部の山間やその奥の辺りが著しい。つまり北西方向で、ソコに「黒い雪」が降った。

表現が悪いのは判ってますが、広島に原爆が投下された時、アレは夏だったンで「黒い雨」に成りましたが、まだ春先の東北じゃ雨ならぬ雪と成り、風の具合で北西に雪雲が流れ、放射能塗れの雪が降った訳だ。

除染作業が進み、南相馬市は警戒区域から脱した様ですが、その帰り道。未だに全村避難中の飯館村を通りましたが、至る所で除染作業が行われ、ソレ以外の人影見えぬ街並みに恐れ戦いた私メでしたヨ。


南相馬市でも多少は見ましたが、峠を越えて西隣の飯館村に入ると真っ黒な除染袋(フレコンバッグ)だらけ。あの中に汚染された表土が収められてるンでしょうが、最終的にコレをどうやって処分するのやら。所々に集積されてますが、地元じゃコレを「黒いピラミッド」と呼ぶとか

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(参考リンク)
★「海風ときらめく光 自然と歴史の街へ」南相馬観光協会HP

★「相双地域の総合的な地域情報ウェブサイト」相双ビューローHP
★「一千有余の歴史を経て、今なおいきづく伝統の祭り」相馬野馬追執行委員会HP
★「原発事故でも『相馬魂』は消えない―東北六大祭り・相馬野馬追いと一時帰宅」Business Media 誠 HP
★「鎮魂の祈り・復興を願う法螺貝の音〜相馬太田神社〜」南相馬観光協会HP
★「政治もマスコミも"福島"を収束させようとしている―南相馬市長が語る復興の現実」Business Media 誠 HP
★「なぜ飯館村と浪江町で高い値の放射能が検出されるのか考えてみた」福島県在住者の走り書きブログ
★「帰りたい 帰れない 帰らない―飯館村民の苦悩」福島 フクシマ FUKUSHIMAブログ
★「除染作業を見てきました」タムジイの徘徊日記ブログ
★「昔から愛されてるパン屋さん『原町製パン』」相双ビューローHP
★「よつわりパン」Biyu日記ブログ

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★「1521 【スイーツ91】故郷を守ろうとした少年隊と『玉羊羹』・・二本松」
★「1944 【スイーツ135】震災に負けない『凍み天』を相馬市で」
★「1945 【スイーツ136】荒野広がる相馬で『アイスまんじゅう』を


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(ホント原発の爆発さえ無ければ・・、今更悔やんでも仕方無いですが)


南相馬市を前回訪ねた時に入手できなかった、相馬地方のソウルフード「よつわりパン」をようやく食べる事が出来ましたヨ。製造開始から半世紀以上経つ名物パンで、濃厚な生クリーム入りの餡パンですが、初めっから十字の切込みが入ってて、だから「よつわり」ナンですナ。当初は「フラワーパン」てな名前だったソウですが、皆が「よつわり」と呼ぶンで、ソッチが正式な名前に成ったとか。原町製パンさんのもう一つの名物「夕月パン」も買いましたが、コッチは割れて無いよつわりパン。震災で店舗の移転等も有った様ですが、負けずに頑張って下さい




| 2014.10.28 Tuesday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1945 【スイーツ136】荒野広がる相馬で「アイスまんじゅう」を


福島・相馬市は、伝統の祭礼「相馬野馬追」で知られる街。だから?街角にゃ馬に因んだモンが多いですが、JR相馬駅前のポールサインはご覧の通り。震災に負けずに野馬追を行った相馬、頑張って下さいネ


福島県の太平洋岸「浜通り地方」北部の、相馬市を訪ねて居ります。つい先日から地域の動脈・国道六号線の通行規制が緩和され、条件付きでは有りますが、福島第一原発の至近区間も通れる様に成りましたヨ。

コレで東京から迂回せずに行ける様に成りましたが、JR常磐線や常磐道は途絶された儘で、交通面に関しては完全復旧とは未だ言えませんナ。JR相馬駅にゃ代行バスが停まってて、何だか悲しく成りましたゼ。


相馬市の海沿いには「松川浦」と云う内湖が在り、ソレが海に繋がって湾の様に成ってます。ココは風光明媚・白砂青松の美しいトコだったンですが、津波で破壊されて寒々しい風景に。復興へは遠い道のりです

ソレでも復興への大きな一歩に違いなく、先ずは良かったと思うべきナンでしょうネ。四年前にココを訪ねた時に比べ、駅前地区に空き地が多く成ってる様な気もしますが、着実に復興に向かってるかに見えます。

処が海の方へ向えば、広大な空き地が広がってる。いや荒野が広がってると表現した方が正解か。御多聞に盛れず相馬市の海沿いも津波に襲われ、景勝地「松川浦」も壊滅的な被害で立ち入る事が出来ません。


後ろに見える斜張橋「松川浦大橋」の路面ギリギリのトコまで、津波は増水したンだとか・・。漁港では魚の水揚げも再開されましたが、放射線量は厳しくチェックされてますンで、或る意味、日本一安全な魚です

松川浦から福島第一原発まで、およそ四十五kmほど。全く備えが出来て無かったから原発は爆発しましたが、ソレに追い込んだと同じ規模の津波がココに押し寄せた筈。海岸の松並木を乗り越え、波は内陸へ。

昔の相馬には松川浦だけじゃ無く、幾つかの内湖が在ったソウで、大正から昭和にかけて次々埋め立てられ、広大な水田地帯と成った様ですが、津波はソコに攻め寄せた。その結果・・一面の荒野と化してる訳だ。


松川浦に押し寄せた津波の模様が、Youtube映像に成ってます。あの日から三年半も経つのに、未だやっぱりショックに感じますナ。でも忘れちゃ成らないのも事実で、目を背けずにご覧戴きたいと存じます

津波が運んで来た粘土質の土砂が田圃に厚く積ったり、海水に未だ浸ってたり。加えて塩害まで発生して、とても水田として使える状態じゃ無い。何より残留放射能の為に出荷出来ぬ(補償は有る様ですが)

コレじゃ放置され、折角の美田が荒野化しちゃいますワ。勿論もっと難しい問題が山積で、ソレが複雑に絡み合って簡単に進まンのでしょうが、ドウにか成らんモノかと考えさせられました。やっぱ原発でしょうナ。


相馬エリアは「不思議なモン」が沢山!こちらは自ら珍菓と名乗る「相馬のたくあん」で、細長い大根の沢庵を甘塩っぱく煮て、保存の効くスイーツにした奇怪な一品。専らお茶請けにする様ですが、なぜ沢庵?
 

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(参考リンク)

★「ふるさと相馬」相馬市観光協会HP
★「相双地域の総合的な地域情報ウェブサイト」相双ビューローHP
★「相馬市:東日本大震災(地震・津波)の被害状況」東日本大震災、被害状況専門サイトHP
★「復旧を超えた復興の為に」相馬市松川浦観光振興グループHP
★「松川浦県立自然公園」相馬市役所HP
★「荷さばき施設など復旧工事始まる 松川浦漁港」福島民報HP
★「『原発震災』に被災した相馬市原釜漁港―東日本大震災の歴史的位置」東京の現在から歴史=過去を読み解くブログ
★「国道六号線通行量増加、震災前に迫る」河北新報オンラインニュースHP
★「行く、東北へ。相馬、海沿いを。」Epstein’s HP
★「東日本大震災 相馬市(一部)の被害状況」下枝空撮写真部屋HP
★「相馬のたくあん(菓匠・榮泉堂)・さばっ娘寿司(青森・八戸市)」ミモザ・ブログHP

★「冷凍庫 扉を開けると アイスまんじゅう」フロンティア南相馬HP

(関連する記事)

★「406 相馬はお馬の街なのか?」
★「407 【保存食品13】雲雀野市には成らなくて・・南相馬」
★「408 【やきそば18】浪江焼きそばに鮭は入れません」
★「650 【スイーツ28】暑い日は桑名で『アイス饅頭』」
★「669 宮城・女川町へ行って参りました」
★「817 【お魚料理44】日本最大の練り物産地『塩竃』の、津波からの復興」
★「1108 【揚げモン44】『やきかつ』と被災者同士のトラブル‥いわき平」
★「1109 信じられない風景、なぜマスゴミは伝えない?‥塩屋崎」
★「1110 【お魚料理62】『シーフードケーキ』といわき市の津波被害」
★「1944 【スイーツ135】震災に負けない『凍み天』を相馬市で


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(地震と津波は天災ですケド、原発の爆発はやっぱり人災だから・・)


相馬エリア最強のローカルフードは、ご覧の「アイスまんじゅう」だソウですヨ。七十年ほど前から作られ続け、年間生産量は約五十万個!その殆どが地元で消費される、相馬だけの大ベストセラー。偏愛度は猛烈で、結構前から「アイスまんじゅう早食い世界大会」が開催されて居り、震災に負けずに今も続いてるとか。こしあんの塊を硬めの牛乳アイスで包んだモノで、三重・桑名市でも似た様なのを食べた記憶が有りますが、「世界大会」は相馬だけ?世界記録は僅か「十五秒」だってさ




| 2014.10.27 Monday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1944 【スイーツ135】震災に負けない相馬で「凍み天」を


相馬家六万石の居城だった「中村城(馬陵城)」は、平安の猛将「坂上田村麻呂」公が千二百年ほど前に築いたとされる古い城。震災で一部の石垣が崩れたソウですが、海岸近くほどの被害じゃ無かった様です

福島県の海沿い「浜通り地方」、その北部の中心都市・相馬へ参りました。ココを訪ねるのは約四年ぶり。つまり前回はあの忌まわしき大震災の半年前で、ココが津波や原発爆発等の凶事に襲われて無かった頃。

もっと早く訪ねたかったンですが、「無事ナンだろうか」「復興は進んでるンだろうか」と心配するばかり。普段は無駄にフットワーク良く全国を動き回ってますのに、浜通りの北部は訪ねる機会が有りませんでしたヨ。

福一原発の爆発でJR常磐線や高速道路が途絶し、東京から直行の交通手段が無いと云う「物理的理由」も有りますが、ソレ以上に訪ねるのが怖かったンですナ。前回訪問時に、私ぁ結構気に入りましたンでネ。

ですが先日から条件付きながら、浜通りの大動脈・国道六号線も「福一原発の近くを通る」のが可能と成り、ソロソロ訪ねても良い頃だろうと勇気が湧きました。いや訪ねなきゃ成らぬ!行って現状を見て来ねば!


震災に負けず開催された「相馬野馬追い」の出陣式が行われるのが、中村城のすぐ隣に在る「相馬中村神社」。相馬家のご先祖「平将門」公が創建したとされ、ご本殿は国の重要文化財。相馬市の総鎮守です

一言で浜通り地方と申しますが、聞けば北部と南部じゃ文化が結構違う様。つまり江戸時代に相馬藩だった北部と、磐城平藩(いわき市)だった南部ですナ。その境目が、ちょうど原発が爆発した辺りナンだとか。

関東との付き合いの深い南部に対し、北部は宮城県の方を向いてると言いますネ。だから?同じ浜通りでも、いわき市等の南部の情報は東京に時折伝わりますが、相馬市等の北部の情報は殆ど聞かないですヨ。

東北から関東にかけての太平洋沿岸は等しく津波の直撃を受けてますンで、相馬も海沿いは大変だった事は判ります。ですが街中はドウだったンだろう?先ずは相馬藩の政庁の在った「中村城」へ参りましょうか。

もちろん震災から三年半以上経ってますンで、損壊修復はトウに終わってましょうが、意外に変わって無くて少し安心。けど街中に不自然な空き地が多く成った様な・・。やっぱ・・もしや・・相馬の旅は続きます。


中村城のお堀は何も無かったかの様に、穏やかそのモノ。ソレでもココだって被害は大変だった筈なのに、伝統の「野馬追い」だけは断固やらなくちゃと強行した相馬の人々・・、その気迫に脱帽する限りです
 

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★明日も「福島県相馬市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「ふるさと相馬」相馬市観光協会HP
★「相双地域の総合的な地域情報ウェブサイト」相双ビューローHP
★「相馬市:東日本大震災(地震・津波)の被害状況」東日本大震災、被害状況専門サイトHP
★「相馬妙見」相馬中村神社HP
★「相馬野馬追」相馬市役所HP
★「相馬中村城跡」北日本近世城郭検討会HP
★「帰省Uターン寄道・その2【中村城】」奥羽古城散策雑記帳ブログ
★「放射能汚染を懸念して相馬地域住民の集団移転を計画している旧藩主家相馬氏―東日本大震災の歴史的位置」東京の現在から歴史=過去を読み解くブログ
★「こだわりの餅専門店」もち処木乃幡HP
★「福島名物 凍み天の復活『もち処木の幡』」こーいちぶろぐブログ

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★「1108 【揚げモン44】『やきかつ』と被災者同士のトラブル‥いわき平」
★「1109 信じられない風景、なぜマスゴミは伝えない?‥塩屋崎」
★「1110 【お魚料理62】『シーフードケーキ』といわき市の津波被害」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(旧藩主・相馬家は、被災住民の広島への集団移転を推進してるとか)


冬の寒さ厳しき東北じゃ、ソレを生かした独自の保存食品が多く有りますが、相馬エリアにゃ寒風でヨモギ餅を凍らせて作る、昔からの天然フリーズドライ食品「凍み餅」が有りますヨ。ソレをドーナツ生地で包んで揚げたのが「凍み天」。コレは相馬じゃ無く、南相馬市の「木乃幡」サンの製品ですがご勘弁を。震災で工場が破壊され、一旦消滅してましたが相馬エリアでも最近復活!実に不思議な食感がして美味いですゼ




| 2014.10.26 Sunday (00:15) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1110 【お魚料理62】「シーフードケーキ」といわき市の津波被害


津波に直撃され蹂躙され、地域がほぼ壊滅した「いわき市豊間」の海岸に、今日もまた波が押し寄せます。霧状の潮騒が辺りを包み込み、大変に厳粛な雰囲気でした。ココでも百名近くの方が亡くなられてます

東北地方の太平洋側南端の都市、「福島・いわき市」を訪ねて居ります。ココは東京二十三区全ての倍の面積を誇る市で、幸いにして大震災じゃ被害の少なかった地域が殆ど。むしろ近くの原発爆発の影響の方が危惧される位。

でも震災被害が皆無だった訳じゃ無い。面積が広いと云うコトは‥被害の落差が著しくなる可能性が高い訳で、内陸のJRいわき駅付近は落ち着いてましたが、海岸沿いの被害はホント酷い‥。三陸沿岸のソレと大して変らない。

美空ひばり先生の大ヒット曲「みだれ髪」の舞台と市民が自慢する「塩屋埼灯台」に行きたいと、いわき市平(たいら)地区「薄磯」集落をたまたま通り、余りの津波被害の酷さに‥私ぁ心で泣くコトに成ったのを昨日ご紹介致しました。

薄磯と塩屋崎を隔てて隣り合う、同じ平地区の「豊間」集落も同じ様に津波に蹂躙され、ソコでは百名近くの方が亡くなられ、やはり一面の原っぱと化してましたヨ。薄磯と同じく三方が丘陵に囲まれ、津波の逃げ場が無かった様。


豊間から南へ下がった「小名浜漁港」も津波に襲われ、魚のセリが行われる建物は今も一部閉鎖されたまま。福島県最大の港なだけに船舶の被害も甚大で、多くの漁船や貨物船が打ち上げられたり転覆しました

人間ってホント情け無い動物で、余り辛く成り過ぎると思考は停止し、現実から逃げ出したく成っちまうらしい。私メも薄磯集落で烈しい衝撃を受け、塩屋崎のトンネルを抜けて豊間集落へ出た時は、思考はすっかり停まってましたナ。

見なかったコトには出来ンけれど、いわき市のもう一つの中心「小名浜港」へ早く移動しよう。難しいコトは小名浜に行ってから考えよう、サッサと逃げなくちゃ!卑怯者と笑いたくば笑うが良いさ、私メにゃその位の衝撃だったのヨ。

小名浜にも津波が押し寄せ、街は浸水して車はひっくり返り、港じゃ船がドンドン陸へ乗り上げて大変な被害に成ってた‥と云うのは、東京でも報道されてました。また港の水族館じゃ停電の為に、多数の魚が死んでしまった事も。

三陸沿岸が津波に呑まれて行く様は、私メも繰り返しTV等で見ました。でも福島県は原発関連の報道ばかりで、津波は小名浜港が最大の被害ナンだと思ってましたが、どうも実際は違ってた様です。復興は何時ナンでしょうか?


平地区のJRいわき駅前と同じ様に、小名浜港も探さない限り「震災の爪痕」は殆ど見えなく成ってます。でも同じいわき市なのに復興の差が有り過ぎて、思わず考え込んでしまった私メ。確かに重要なトコから予算を重点的に割り振り、効率的にやるのが正しいと判っちゃ居るンですケド。小名浜港の遊覧船乗り場から、最近復活した水族館の方を眺め乍ら、吸ったタバコの苦かった事。生きてるだけで御の字ナンでしょうナ

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★明日は「東京都港区麻布十番」への訪問記です★

(参考リンク)
★「いわき市平豊間の津波被害」東日本大震災の爪あとを訪ねてブログ
http://hanakatumi.blog.so-net.ne.jp/2012-05-21
★「いわき市豊間でごく個人的に考えたこと」amigos airplane HP
http://www.yakuin-records.com/amigos/?p=6233
★「小名浜港の津波被害」東日本大震災の爪あとを訪ねてブログ
http://hanakatumi.blog.so-net.ne.jp/2012-06-02
★「復活のアクアマリン」花鳥風月Visual紀行HP
http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2011/2011_0723_Fukushima/2011_0723_Fukushima_3.html
★「創作かまぼこ『シーフードケーキ』」かねまん本舗HP
http://www.kaneman.net/
★「第871回 シーフードケーキうまい」馬が鹿に見えたって?ブログ
http://blog.goo.ne.jp/from-fukumura/e/fe1e54a0ec072f689ef4a0377b46eea8

(いわき市は被災地じゃ無いと思ってる東京人が大勢居ますが、被災地です
)

日本最大の「板かまぼこ」の産地・小名浜じゃ、水産加工品の業者が多数被害を受け、廃業に追い込まれてしまったのも少なく無いと聞きますが、いわき名物「シーフードケーキ」のかねまんサンは見事復活!工場が内陸部に在ったンで津波の直撃から免れ、暫くは被災者への炊き出し等に会社ぐるみで専念してた様ですが、「地震に負けてたまるか」と各種かまぼこの製造を再開し、小名浜港の観光物産センター「ら・ら・ミュウ(ここも水没しました)」等での販売も再開されててヤレ安心。さて「シーフードケーキ」ですが、色ンな具の混じった笹かまぼこみたいなモンでして、画像のは「ダイス状のチーズとじゃがいも」が入って居りましたヨ




| 2012.10.08 Monday (08:00) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1109 信じられない風景、なぜマスゴミは伝えない?‥塩屋崎

今日は「食べモン」の記事はございません。そんな気にとてもとても成れません、ご容赦ください。
     
いわき市平地区の市街地から、塩屋埼灯台へ向おうと海近くの小さな峠を越した途端、この看板が突如現れました。この時点では真逆あんな事に成ってるとは夢にも思わず‥。いわしんサンに口座が作りたいです

東北地方の太平洋側最南端の街「福島・いわき市」を訪ねて居ります。昨日は平(たいら)地区の「JRいわき駅」付近をブラつきましたが、流石に一年半以上も経ってる為か?震災の痕跡は余り多くございません。やれやれ安心。

このいわき市は半世紀ほど前、「五市四町五村で合併」と云う豪快な事をやったトコで、中心と成るのは旧「平市」だった地域。何しろ元々は独立した自治体だっただけ有って、平も随分と広い。いわき駅前は平の結構な内陸部。


峠を越して海岸沿いの「薄磯(うすいそ)」地区に出た途端、ナ〜ンも無い空き地がエラク拡がってまして、「ハテ?工場の跡地か」。でもさっきの看板が有った事だし、この雰囲気は三陸沿岸で結構見た様な気が‥

津波はドウだったンだろう。東京じゃ「いわき市は小名浜港が冠水被害に遭った」程度しか伝えられてませんで、大した事は無かったンだろうと平を代表する海水浴場「新舞子」へ向いますと、確かに津波に襲われた跡がマザマザ。

ですがソレも、南関東で最大の被害を受けた千葉・旭市の飯岡漁港付近と似た様な程度で、決して軽視は出来ないけれど、私メもボランティアに行った三陸沿岸と比べれば、まだ穏やかなモン‥と安心した私メが間違ってました。


薄磯地区は押し寄せた津波に蹂躙され、ギッシリ建ち並んで居た家々は押し潰されてしまった様。僅かに残った家屋も殆ど解体され、見渡す限りの原っぱに‥。いわしんサンがドコに在ったか、見当が付きません

美空ひばり先生のヒット曲「みだれ髪」の舞台に成ったと市民が自慢する「塩屋埼灯台」へ向おうと、新舞子から海岸沿いの県道を進もうとしたンですが、途中から内陸へ迂回させられる。はてな?以前は真っ直ぐ行けた筈なのに。

やむを得ず迂回し、小さな峠を越えて海岸沿いに再び出ようとすると、いわき信組の絶叫の様な看板!一体ナニが起きてンだと恐る恐る進んでみれば、ソコは一面見渡す限りの原っぱが‥。三陸沿岸でコレを結構見た気がする。


一面原っぱと化した地域の外れに、学校の残骸が残ってました。流石に校舎は頑丈で津波を耐え抜いた様ですが、奥の体育館は穴だらけ。そして周囲は民家の基礎部分だらけで、津波の猛威を教えて呉れます

ココはいわき市平地区の東端「薄磯(うすいそ)」集落。塩屋埼灯台を挟んで南隣りの「豊間」集落と共に津波の直撃を受けた場所。しかも三方が丘陵地ナンで猛威の逃げ場が無く、津波は踊り狂い暴れ尽くし蹂躙し捲ったらしい。

八百人程の集落は壊滅し、三百名近くの方がお亡くなりに成られた‥。ナンてこった。福島は原発被害ばかりが報道され、こんな惨事が起きてたコトを全く知らなかった。余りに悲しくて涙は表に出ず、心から流れるばかりでした。


豊間中学校の校庭には、瓦礫がうず高く積まれたまま。その瓦礫は正に「木端微塵」としか表現できないモノばかりで、つい先日までプールもソレに埋もれてたンだとか。しかも放射能汚染されたモノも多いらしく、ただ復興に向かえば良いばかりの三陸沿岸と違い、福島は問題が多過ぎます。一体ドウすれば良いンでしょうか?同じいわき市でも内陸部は被害が目立たぬだけに、余りの落差に愕然とするばかりの私メでした

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★明日は「福島県いわき市小名浜地区」への訪問記です★

(参考リンク)
★「東日本大震災関連情報」いわき市役所HP
http://www.city.iwaki.fukushima.jp/13501/
★「平薄磯」花鳥風月Visual紀行HP
http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2011/2011_0723_Fukushima/2011_0723_Fukushima_4.html
★「薄磯写真(いわしん塩屋崎支店も写ってます)」かさこワールドHP
http://www.kasako.com/1105iwaki1.html
★「塩屋崎の岬に屹然と立つ灯台に復興のあかり」浜中会津来て見なHP
http://kitemina.kenori.jp/article/14285488.html
★「塩屋崎支店仮店舗営業開始のお知らせ」いわき信用組合HP
http://www.iwaki-shinkumi.com/news/news_20110825.html

(関連する記事)
★「669 宮城・女川町へ行って参りました」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=717
★「1074 【お魚料理60】津波に襲われた港と『磯ガキ』‥旭市飯岡」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=1152

(あの馬鹿共が与党だから‥。でも福島県民は彼奴らを当選させたンですよ
)

訪ねるつもりだった塩屋崎の「塩屋埼灯台(字の違いにご注意を)」も、余りに悲しくて今回はパスさせて戴きました。ココが今日ご紹介の磯浜地区と、明日ご紹介の豊間地区の境目で、灯台も結構な被害を受けて約九ヶ月間も点灯出来なかったンだとか‥。ソレにしても東京発の報道は三陸と原発の事を興味本位やお涙頂戴的に取り上げるばかりで、ソレ以外の被害状況は殆ど伝えて居りませんナ。「報道の正義」「ジャーナリズム」と云うモノは、一体ドコに行ってしまったンでしょうか?尤もそんなモンは始めっから無かったから、無能極まる現与党が政権を騙し獲れたンでしょうケド‥ね。マスゴミをドンドン信用出来なく成ってる私メです




| 2012.10.07 Sunday (07:55) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
1108 【揚げモン44】「やきかつ」と被災者同士のトラブル‥いわき平


いわき市「平(たいら)地区」の郊外は、田圃が一面黄金色!福島第一原発の四十〜五十km圏内だソウですが、昨年穫れたお米はセシウムが暫定基準値内だったとのコト。今年はもっと数値が下がってますかネ?

昨日ご案内の北茨城市から海沿いに北へ進み、県境を越えて東北地方へ入った私メです。と言っても参りましたのは、福島県南東部のいわき市まで。鉄道も道路も福一原発爆発の影響で、ココの少し先で進入が禁止されてます。

「道はドコかに通じてる」と云う、実に能天気な信条でコレまで生きて来た私メですが、「(台風等以外で)通じてても通れない」と云う状況は初めて。行けるトコまで一瞬行ってみたく成りましたが、迷惑に成るでしょうからソレは断念。

ならば市の中心「平地区(=旧平市)」をブラつきましょうか。いわき市は五十年ほど前に「五市四町五村で合併」と云う豪快な事をやり、只今の人口は三十三万人。東北全体で人口は二番目、工業出荷額は首位を誇ってますヨ。

でも実際の人口はもう少し多いらしい。と云うのは、原発爆発で退避させられた双葉郡各町の住民が「同じ浜通り地方の最大都市」いわき市に集結。住民登録せずに仮設住宅で暮らしてるからだとか、「平地区」が一番多いらしい。


休日お昼の「JRいわき駅(以前は『平駅』と言ってました)」の前はガ〜ラガラ、車や人の姿が余り見えませんゼ。大都市圏以外はドコに行っても自動車社会で、駅前中心街は郊外の大規模SCにお客を取られてます

自宅に帰れるのは何年先?仕方無いから避難先のいわき市内に町ごとに集まり、役場・学校等の「仮の町」を設けようとしてますが、コレがトラブルの元に成ってるとか。いわき市だって被災地だ(明日以降、詳しくご紹介します)

老々介護じゃ無いですが、被災地が被災地の面倒を見ざろう得なく成った。またいわき市は都市型生活者が比較的多いですが、避難民は全くの田舎型で、ゴミ出しやら何やらと習慣が違い過ぎるらしく、トラブルが続出だとか‥。

せめて住民登録して市民税を納めて呉れりゃ納得出来るのに、現状ではインフラをタダ使いされてる一方と、納得行かんのが市民の感情。しかも「連中は東電の補償金でパチンコばかりしてやがって」と、市長サンが怒ってますヨ。

東京から見ると「その位の事で目クジラ立てなさンな」と考えがちですが、公平な立場で在るべき市長サンまで怒り出す‥。勿論全ての避難民がトラブル起こしてる訳じゃ無いですが、どうやら大変な事態に成っちまってる様です。


海が見たくて平地区の「新舞子浜」へ参りました。海水浴場として大勢の観光客を集める海岸ですが、放射能の影響で今夏も閉鎖された儘だったとか。沖合いに虹が出ててキレイでしたが、津波はあの沖合いからやって来たンですネ。この辺りも結構な被害が残ってましたが、私メはこの直後‥心に涙が流れる結果と成りました。ソレは明日のご紹介です

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★明日も「福島県いわき市平地区」への訪問記です★

(参考リンク)
★「フラガールが生まれた街、いわき」いわき観光まちづくりビューローHP
http://www.kankou-iwaki.or.jp/
★「福島からまた新たな火種が」ぐり研ブログ
http://gurikenblog.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-7650.html
★「津波被災者の心の叫び」つぶやきかさこブログ
http://kasakoblog.exblog.jp/18069956/
★「新舞子浜/四倉」花鳥風月Vision紀行HP
http://hobbyland.sakura.ne.jp/Kacho/tabi_yukeba/2011/2011_0723_Fukushima/2011_0723_Fukushima_5.html
★「避難者2万人越えるいわき市」河北新報ニュースHP
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20120625_04.htm
★「いわき市 やきかつ太郎」C−Suica B withスイーツ&酒ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/collectionsuica/43863267.html

(関連する記事)
★「344 【お魚料理17】いわき市・平は、決して平らでは無かった」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=370

(いわき市民の苛立ちも判りますし、避難民の苦境も判りますし‥難しいです
)

東北第二の都市だけあって、いわき市は美味くて珍しいモンが沢山有りますネ。その一つが「やきかつ」!見た目はとんかつみたいですが、油で揚げずにフライパンで焼き揚げした逸品。(卵の多い)分厚い衣の巨大カレーパンの中身が分厚い豚肉だった、と云うのが判り易いでしょうか。揚げたのよりはヘルシーらしいですが、量が多いンで結局一緒かナ。ソレにしても元気な女店員さんの揃ってる店で、しかも接客態度はほぼ満点と来てますから、またいわき市を訪ねたら参りたいモンですゼ




| 2012.10.06 Saturday (07:30) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
408 【やきそば18】浪江焼きそばに鮭は入れません


太平洋から遡上してきた鮭たち。河口近くの「やな」で一網打尽に・・

私ぁ焼きそばが随分好きでして、福島県の浜通り・浪江町に太麺の焼きそばが在ると云うのは以前から知ってました。ただ浪江町に行く用事も無く、常磐道もその遥か手前までしか伸びてませんので、行った事は無かったンです。

今年初夏、同じ浜通りのいわき市へ参りました時に偶々「太麺焼きそば」のチルド版を手に入れまして、その味と食感は理解してた心算です。曰く「兎に角モヤシだらけ」と。ですが現地で喰いたいと、私ぁその機会を狙ってました。

すると「願えば叶う(事も有る)」の格言通りに、何か浪江町の方へ行けそうな状況に成りましたンで、無理して足を伸ばしてみたンですが、一体ドコへ行けば喰えるンだろう?常設の案内所は無理としても、せめて看板位立ててヨ。

特急停車駅乍らも随分寂しい駅前で、誰かに尋ねようにも人が居らん。焼きそばをやってソウなお店が、見渡す限りドウにも見付からんンで仕方無い。事前に調べて来ない私メが悪いンでしょうナ。今回は諦める事と致しましょう。


請戸川のやな付近で、泳いでる鮭を発見!上流に行きたいだろうに・・

捕まった鮭はベルトコンベアで岸に上げられ、コンテナでセリへドナドナ

ですが地元SCで、いわきで買ったのより「一段と太麺のチルド焼きそば(作ってみたら『焼きうどん』状態でした)」を手に入れ、最悪は回避したと外へ出たら「鮭のやな」の幟が沢山立って居た。そうか、ココは鮭が遡上する場所か。

面白そうと案内に従い、町内の請戸川河口近くのやな場へ行ってみたら、居るわ居るわ大勢居る。大きな鮭が大勢泳いでる。コレだけ大きな魚が川にウジャウジャ居るのは流石に珍しい風景ですンで、思わず私ぁ見惚れちまう。

北の人にはフツーかも知れんケド、暖地育ちの私メらにゃ珍しいンですヨ。漁期はほぼ終わりですが、先月まで申込みで「シャケ釣り」も出来たらしい・・、アラスカかココは。河口で漁してた舟が帰って来て、早速セリが始まる・・。

参加したいと思いつつ、生で一匹持って帰る訳にも行かないンで涙を呑み断念しましたが、すっかり焼きそばの事を忘れて年甲斐無く大興奮。次回は浪江の焼きそばの下調べと、鮭釣りの支度をして再訪しようと思う私メでした。

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★明日は「東京都中央区東銀座」への訪問記です★

(参考リンク)
★「福島県最東端のまち」浪江町観光協会HP
http://www.namie-tta.jp/
★「何事も馬久行久」浪江焼麺太国HP
http://www.namie-yakisoba.com/
★「旭屋のなみえ焼きそば」めんの旭屋HP
http://namieyakisob.shop26.makeshop.jp/
★「請戸川の鮭狩り」福島県浪江町役場HP
http://www.namie-tta.jp/spot/play/salmon/index.htm
★「福島県観光情報・請戸川ヤナ場」MIXPINK HP
http://www.juno.dti.ne.jp/~mixpink/spot_folder/ukedo_folder/ukedo.html

(関連する記事)
★「256 【やきそば13】福島・浪江焼きそばで馬九行久
http://rifuh.jugem.jp/?day=20100716

(でも遡上を始めて変色した『ブナ鮭』は、正直美味しく無いンですよねぇ・・)

前回と較べて下さい。麺の太さとソースの濃さが数段激しく成ってます




| 2010.12.08 Wednesday (08:27) | 負げるな!福島浜通 | - | - |
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