きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 1020 【スイーツ58】女城主の壮絶なロマンスと「カステーラ」‥岩村 | main | 1022 【保存食品24】珍品「すんき漬け」と昔のままの宿場町‥奈良井 >>
1021 【団子饅頭42】旭日将軍の故郷で「ほうば巻」‥木曽


木曽義仲公が平家打倒を目指し、決起した場所が「旗揚八幡宮」として長野・旧日義村に残ってます。ココは義仲公のお屋敷が在った場所らしく、一千騎がココに集結したとの事。義仲公は三年後、天下を取ります

信州の南西部「木曽地方」へ出て参りました。「木曽谷」と言った方が宜しうございましょうか?信州しなのの長野県は何処行っても盆地と谷だらけでして、北アルプスと中央アルプスに挟まれた木曽も、南北に長く険しい谷間。

木曽にゃ早春にも行ってるンですが、あの時はまだ雪が残ってて寒いの寒くないの。じっくり廻る心算だったのを途中で放棄して逃げ帰った私メですが、今度はむしろ暑い位。そして残念な事に、お天気が余り良く有りません‥。

ま、降りだしたらソレ迄と開き直り、向かいましたのは日義村。現在は木曽谷の殆どと合併し、木曽町と云う名前に成ってます。でも日義村と云うのが実に良い名前で、出来れば残して欲しかった。何しろ木曽義仲公に因んだモノ。

粟津(滋賀・大津市)で討死なさった時は「征夷大将軍」に叙されてましたが、義仲公は専ら「朝日将軍」の方が知られてますナ。ソコで「朝日」「義仲」から一文字ずつ取って「日義村」。何しろ義仲公は、ココで育ったお方ですから。


旧日義村には「義仲館(やかた)」と云う資料館が在り、ドウやら全館義仲公だらけらしいンですが、訪ねた日は生憎お休み。ですが義仲公と愛妾の巴御前の銅像が‥講談で女傑と云えば、巴御前が代名詞ナンです

義仲公は決して順調に育った訳じゃ無い。現在の埼玉・嵐山町の生まれですが、一族の内紛で父は従兄に殺され、不憫に思った者達の世話で木曽へ逃れ、豪族の頭・中原兼遠に庇護されて育った。けれど一生の友に恵まれた。

兼遠の息子達、つまり今井兼平・樋口兼光ら兄弟と一緒に育てて貰った。この兄弟は義仲公の影となり日となり、公が討死された時に一緒に討死してます。そしてもう一人‥兼遠の娘「巴」と懇ろに成り、巴は妾として従ってます。

吉川英治センセの新平家物語じゃ、確か巴御前は義仲公の正妻として描かれてた記憶が有りますが、ドウやらソウじゃ無かったと云うのが実際の様。似た様な立場の「山吹御前」と云う女性も居られまして、あぁ色男は辛いねぇ。

何れにしろ悪ガキ達と野山を走り廻って育った義仲公は、木曽から北陸を廻って(当時は東海より北陸の方が栄えてた)京都へ攻め込み、短かったが確かに天下を取った!そして呆気無く滅び去った‥私ぁ義仲公が大好きです。


幼き日の巴御前が水浴びし、武芸の鍛錬をして育った‥と云う伝説の在る「巴淵」が、現在も木曽川に美しい姿を現してます。旧日義村は義仲公や、家来達に因んだ伝説・伝承がアチラコチラに残ってるトコです

にほんブログ村 演劇ブログ 演芸・大衆芸能へにほんブログ村 グルメブログ 日本全国食べ歩きへにほんブログ村 グルメブログ ローカルフードへブログランキング・にほんブログ村へ
↑ドレかを押して貰えると更新する張り合いが出ます↑↑

★明日は「長野県塩尻市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「木曽義仲関連」木曽町観光協会HP
http://www.kankou-kiso.com/rekishi/yosinaka.html
★「義仲・巴ゆかりの地 旗挙八幡宮」長野県庁・是より木曽路ブログ
http://kiso.nagano-ken.jp/e3309.html
★「武者同士でもやっぱり男と女−木曽義仲・巴御前」TOPPY NET HP
http://toppy.net/special/070718.html
★「長野県のおいし食べ方・ほうば巻」いいJAん!信州・JA長野県HP
http://www.iijan.or.jp/oishii/2006/05/post_278.php

(私メが日本の歴史の中で一番好きなのは、やっぱり木曽義仲公ナンですヨ
)

毎年五月中旬から七月初旬に掛けて木曽谷じゃ、朴の木の葉っぱで団子を巻いた「ほうば巻」を食べますヨ。山向こうの飛騨じゃ同じ葉っぱで「朴葉焼き」をしますが、木曽はコレを甘いモノに。今年は雪が多かったンで朴の葉の収穫が遅れてたソウですが、葉と葉が茎で繋がった儘で餡子入りのお餅を包むのはホント見事!季節だけの恵みに感謝します




| 2012.07.18 Wednesday (08:03) | 広いぞ信州は!中信 | - | - |
スポンサーサイト



| 2017.09.20 Wednesday (08:03) | - | - | - |
ブログ内の検索はこちらから
このブログを書いてンのは?
profilephoto
ただいまのお時刻は?
何かと便利なカレンダー
お噂さの貯蔵庫(種類別)
お噂さの貯蔵庫(日付順)
お噂さの貯蔵庫(年月別)
他HPへのリンクの入り口
天気予報 (日付をクリックして下さいナ)
こんなのに参加してます
これまでご来場のお客様
アクセスカウンター
欲しログカラコンジュエリー市場

ジオターゲティング
RECOMMEND

 
MOBILE
qrcode
SPONSORED LINKS