きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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平成七年に復元された「掛川城大手門」は、天守閣の二百五十mほど東南に建ってます。その前年に復元された天守閣が左隅に見えてますが、アソコまでが城内だったと云うコトは、結構大きなお城だった様です

「一国一城の主人」と云う言葉がございますナ。現在は一戸建ての家を建てたりすると使いますが、情けないコトに私ぁその言葉を使えないで人生が終わりソウです。そりゃ仕方無いヨ、私メの住む東京都内は地価が高過ぎらぁネ。

私メの住む板橋区は、他区に較べれば安い方なのかも知れませんが、ソレでも全国平均からすれば目が飛び出る位に高い!地価以外は下手な田舎よりずっと安いンですが‥。寄席芸人風情にゃ叶わぬ夢だ、御免な女房どのヨ。

戦国時代、「一城の主人」に成ると云うのは大変で、折角成った城主の座や領地を守るが為に、主君を次々と変えるのは珍しいコトじゃ有りません。また城持ちじゃない者も活躍次第で、城主に据えて貰えたりするンで皆必死だ。

抜擢人事で知られて居た織田信長公の御家来に、山内一豊と云う軽拝の武士が居りますヨ。一豊サンは元々織田家の御家老の倅サンですが、家督争いの際にお父っサンと信長公が争い、失脚してドン底の軽輩に落とされた。


静岡・掛川市の「掛川城(雲霧城)」は、土佐の高知城をコピーして復元された城。尤も高知城自体がココのコピーで「本家返り」したンだから、或る意味正しい遣り方と言えましょう。最近のお城の復元は厳しいのヨ

暫くは諸国を流浪してた様ですが、織田家に帰参してから一豊サンは「ドン底からのリターンマッチ」に挑んだ。悲しい位の滅私奉公に励み、合戦じゃ死を恐れずに殊勲を挙げ、信長公からその存在を認められ、やがて中堅扱いに。

信長公が本能寺で討たれた後は、もと同僚の豊臣秀吉公に上手い具合に乗り換えて、滋賀県の長浜で一城を賜って二万石の大名に。豊臣家でも忠勤に励み、秀吉公の天下統一が成ってから貰ったのは遠州掛川五万九千石だ。

只今の静岡・掛川市でございます。ココは元々徳川家が所有する小さな城でしたが、家康公の江戸転封に伴い一豊サンが貰った。そして大きな城に作り変え始めた。石垣を組んで天守閣を築き、自分の美学に相応しい城にした。

秀吉公の亡き後は徳川家に乗り換え、関ヶ原の合戦の時にゃ掛川城の提供を申し出て、褒美として土佐(高知県)二十四万石の「一国一城の主人」に出世しますが、掛川城が愛しかったと見えて、全く同じ城を高知に築いてます。


数年前の大河ドラマで一豊サンが取り上げられましたが、有名な「嫁サンの臍繰りで名馬を買った」と云うエピソードは全くの虚構で、中国説話から換骨堕胎したモノ。当の講釈師がコウ言うンですから、ソウなのヨ

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★明日は「東京都青梅市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「きっと掛川は、もっとおもしろい」掛川観光協会HP
http://www.kakegawa-kankou.com/
★「掛川城と城下町・掛川の歩き方」掛川城ナビHP
http://kakegawajyo.info07.net/
★「掛川城」ザ・登城HP
http://www.geocities.jp/woodone3831/c-1-3-5-3-siro-kakegawa.html
★「人物クローズアップ:山内一豊」お茶街道HP
http://www.ochakaido.com/rekisi/jinup/jinup08.htm
★「中西屋食堂@掛川」ボボイの逆襲〜日本を喰いつくせ!〜ブログ
http://barutanseiji.blog105.fc2.com/blog-entry-802.html

(山内家が高知へ移った後、あの太田道灌公の子孫が藩主を歴任してます)

掛川城の近くに「中西屋食堂」と云う、ホント小さな町食堂が在るンですが、ココの焼きそばが絶品でした!一緒に行った女房ドノ曰く「最近食べた焼きそばの中で、ココのは抜群に美味い」だソウでして、私メも全く同感だったンですが‥薄い「焼肉のたれ味(恐らくは違うでしょうが)」に、大蒜パウダーがほんのり効いてて実に美味い!ソレにトッピングの刻み焼豚と味付け海苔が相まって、掛川に行ったら私ぁココにまた行くネ!




| 2012.07.30 Monday (07:28) | やらまいか静岡遠州 | - | - |
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| 2019.09.24 Tuesday (07:28) | - | - | - |
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