きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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106 その手は桑名の焼きハマグリ、が喰えず


桑名城址にデーンと構える本多平八郎忠勝公。鹿角脇立兜が勇ましい

さて私メは今回ゆえ有って、三重県へブラブラしに来たンでございます。私ぁ三重が未だに関西なのか東海なのか答えが出せて無いンですが、言葉からして関西と云う事にしときましょ。昔で云う伊勢国(いせのくに)でございます。

戦国以前の伊勢は随分とヤヤコシイ地域ナンですが、江戸期は有名な城下町が幾つもございまして、その中の桑名のお城へ参りました。ココは徳川四天王のお一人、猛将・本多平八郎忠勝公が城主と成り、亡くなられた場所。

酒井忠次・井伊直正・榊原康政、そして平八郎忠勝。これが家康公自慢の四天王。中でも忠勝公は生涯五十七度も合戦に出たが、かすり傷一つすら負わなかったソウですヨ。幾らナンでもですが、勇ましかった事このうえ無い。

私メの実家が今在る静岡・磐田市の一言坂と云うトコで、武田信玄公相手に総崩れと成った徳川軍を一人で支え、この武勇を敵方が手放しで褒め称えたと云う逸話がございます。コレを何時か、私ぁ講談に仕立てにゃ成りません。


桑名城、通称「扇城」。現在は九華(きゅうか)公園、九華は桑名の美称

家康公の関東移封に伴い、まずは上総大多喜(かずさおおたき)藩十万石の主と成り、関ヶ原の合戦後に桑名に同じ十万石で移封と成ります。大多喜は高座で何度も私メ参りましたが、房総半島のド真ん中の盆地に在る城下町。

盆地の大多喜も趣の有る街でしたが、海縁の桑名に移って忠勝公。海岸に城を築き街割りを大規模に行い、鋳物業を盛んにしてコレは今でも東の埼玉・川口に並ぶ規模。更にお城の前の遠浅の海で採れる蛤を全国的な名物に。

そうです「その手は桑名の焼きハマグリ」でございますヨ。私メとしては蛤を探しに行くトコでございますが、う〜む、朝早過ぎたらしい。店が開いて無い。流石にコンビニは開いてますが、それじゃあネェ・・。次回の楽しみにしよう。

来る筈の無い渡し舟を「七里の渡し」船着場で待ち乍ら、「その手を桑名」に出来なかったのを後悔し、今回メイン訪問地・津へと向かわざろう得なかった私メ。もう一つの名物「アイス饅頭」の美味く成る、夏の再訪を誓ったンです。

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★明日は「三重県津市」への訪問記です★

(参考リンク)
★桑名市観光協会HP
http://www.kuwana.ne.jp/kankokyokai/
★「桑名市観光ガイド」桑名市役所HP
http://kanko.city.kuwana.mie.jp/
★「九華公園〜桑名城の沿革」桑名市役所HP
http://www.city.kuwana.lg.jp/articles.html?id=770

(桑名は本多家の後、久松松平家と奥平松平家が十一万石位で治めてます)




| 2010.02.22 Monday (08:13) | 三重ってナニ地方? | - | - |
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| 2020.08.03 Monday (08:13) | - | - | - |
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