きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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058 【ご近所めぐり02】新撰組、板橋に滅ぶ・・

         
商店街の事務所にこんな木札がありました。最近は観光客も多いです

私メの住む中山道の板橋宿は、江戸から最初の宿場として往時は随分と栄えたンだそうです。同じ首宿仲間の東海道・品川宿には及ばないけれど、中山道屈指の大きさの宿場町。講談の「阿武松」の舞台となった街です。

江戸よりから「平尾宿(ひらおじゅく)・仲宿(なかじゅく)・上宿(かみしゅく)」と三つに分かれておりまして、「新板橋・板橋区役所前・板橋本町」と夫々に対応する都営三田線の駅があります。南北に2キロ以上と長〜い宿場です。

ナゼ板橋なのかナゼ平尾なのかは、いずれご紹介したいと思いますが、画像通りに日本橋から二里少し。だもんで歩いたって二時間と少し。私ぁ酔っ払って中山道をトボトボと、歩いて帰ってきた事も何度かございます。

南東端には「平尾の一里塚」があったらしく(今は八百屋に成ってますが)、北西端の「平尾追分(川越街道との分岐点)」までの1キロ弱ほどが平尾宿。江戸近郊有数の岡場所として、大勢の飯盛り女がいた歓楽街だったそうナ。


脇本陣豊田家のお屋敷は、今やお不動サンの案内看板に残るのみ

初代の公方さま家康公の関東入府とともに移り住んだ、三河出身の豊田市右衛門サンというお名主さまがココの脇本陣を勤めてたンだそうですが、幕末になってココにヤヤコシイ人が預けられます。その人物の名は近藤勇!!

京都で不逞の輩を叩っ斬っていた、新撰組総長の近藤サンが平尾脇本陣に監禁されてたンだそうですヨ。静岡で「公方さま絶対主義」で育ってしまった私メにすると、「公方さまに楯突く連中をよくぞ斬って下さった。いや有難ぇ」。

そして近藤サンは新政府軍により、哀れにも打ち首にされちまったンですがそれ又平尾宿。宿場の外れに刑場・首切り場があったそうでして、それは平尾宿の一番江戸より。つまり板橋駅の北側、要するに私ン家の辺りだ・・。

そうです、私ぁ首切り場の上に住んでるらしいンのヨ。でも恐かぁないですヨ。幽の字は簡単にゃ出てきませんからねぇ。近藤サンが出て来たら、是非とも一緒に高座に上がって貰おうと、私ぁずっと待っているンですけれど・・。

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★明日も引き続き「東京都板橋区」への訪問記です★

(参考リンク)
★板橋駅前本通り商店街振興組合HP 
http://itabashienjyuku.jp/html/ekimae/ekimae.html

(平尾宿のお話しはもう一回続きます。板橋イイ街暮らしやすい街です)




| 2010.01.06 Wednesday (08:31) | 勝て来るぞと板橋区 | - | - |
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| 2019.10.16 Wednesday (08:31) | - | - | - |
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