きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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1427 【お米料理97】「沖縄ちゃんぽん」と為朝伝説‥運天港


今帰仁村の運天港は、沖縄本島北部の最重要港にして、鎮西八郎為朝公が上陸したと伝えられる場所。毎日数往復の離島航路が発着してますが、為朝公が上陸したのは、このフェリーの裏側の山とされてます

日本の歴史上で「一番強かった人は誰か」と申しますと、諸説ございましょうが、源平合戦前半の英雄「鎮西八郎為朝(ちんぜいはちろうためとも)」公だとされてますナ。鎌倉幕府を開いた源頼朝公の叔父さんで、本名は「源為朝」。

背丈は二m以上、強弓を使う左手が右手より十cm以上長く、眼尻は切り上がって容貌魁偉。しかも勇猛果敢で傍若無人、余りにも乱暴ナンで十代半ばにして都から追放されますが、九州中で暴れ周って僅か三年で全てを平定。

やがて許され都へ帰ると、源平両家双方で対立が激化してまして、衝突は避けられそうも無い雰囲気に。そして起った「保元の乱」。コレが何ともヤヤコシく、源平両家ともに分裂し「崇徳上皇」「後白河天皇」の両陣営に集まります。

為朝公は父・為義と共に上皇方へ招かれ、長兄の義朝公(頼朝公のお父っさん)は平清盛公らと共に天皇方へと、親子兄弟親戚が両陣営に別れて激しく戦うコトに。期待通りに為朝公は大力奮って、敵方を薙ぎ倒し射殺しますヨ。


薩摩藩に侵略され、半ば属国と成った琉球王国は「日琉同祖論(日本も琉球も同じ民族)」と唱え、庶民の怒りを和らげ様としました。その時に利用されたのが「為朝伝説」で、上陸地には東郷元帥の筆による碑が‥

序盤の戦局は上皇方が有利でしたが、上皇方に加わってた公家共が素人の癖に、頭ごなしに武士達に合戦の指図をし始めたモンだから、状況は一気に逆転!天皇方の大勝利に‥。父・為義は斬首され、為朝公も捕えられます。

余りの武勇を惜しまれて、為朝公は助命されて流されたのは、絶海の孤島・伊豆大島。ソコに閉じ込めておけば大丈夫だろうと、貴族達は考えたンでしょうネ。処が相手は「日本一強い男」なモンで、忽ち伊豆諸島を制圧しますヨ。

驚いた朝廷から「為朝征伐」の勅命が近隣の豪族に下り、私メのご先祖様も伊豆大島に攻め込んだとか。そして為朝公は三十二歳で自害された‥と日本の歴史じゃ成ってます。処が琉球の正史「中山世鑑」じゃ、続きが有る。

ナント伊豆大島から脱出に成功し、海を渡って沖縄に逃れ、本島北部の運天港から上陸し、やがて琉球王朝を開いたとされてるンです!しかも国の正史として正式に認めちゃってる!諸事情あってソウした様ですが、驚きですゼ。


土砂降りの運天港から逃れ、今帰仁村(なきじんそん)の中心部へ戻ると「今帰仁の駅そ〜れ」と云う、道の駅みたいな施設が。雨宿りがてら寄ってみましたら、ちょうど揚げたての「サーターアンダーギー」が。ご存知の方も多いでしょうが、沖縄風ドーナッツで紅芋味と黒糖味とをミックスで。「TV番組で相手を切り殺した累積回数なら世界一」の高橋英樹丈が撮影で訪れて、コレを絶賛したソウですが確かに美味かったねぇ

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★明日は「沖縄県名護市古宇利島」への訪問記です★

(参考リンク
)
★「沖縄・今帰仁村の観光スポットを紹介」今帰仁村観光協会HP
http://nakijinson.jp/
★「運天港の風景」悠々自適〜沖縄篇ブログ
http://okinawadailyphotos.com/site/Blog/entori/2012/9/8_yun_tian_gangno_feng_jing.html
★「鎮西八郎為朝琉球渡り」三次ビルヂングHP
http://www.dab.hi-ho.ne.jp/namahage/mistery/mist_thd.htm
★「東郷平八郎と為朝伝説()」目からウロコの琉球・沖縄史ブログ
http://okinawa-rekishi.cocolog-nifty.com/tora/2006/01/post_7b47.html
★「ふるさとを想う心がそこにある」今帰仁の駅そ〜れブHP
http://www.so-renokai.jp/
★「沖縄ちゃんぽん」DEE okinawa HP
http://www.dee-okinawa.com/topics/2011/07/chanpon.html

(関連する記事)
★「1407 【スイーツ80】『ぜんざい』に見る内地と沖縄の違い‥名護」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=1474
★「1410 【名物パン131】『チョコうず巻き』と終わらない戦後‥本部町」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=1477

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=154
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=268

(為朝公が『運を天に任せて』船旅に出て、辿り着いたトコから『運天』だって)

本部町の海洋博公園に居た時からお天気は悪かったンですが、今帰仁村で大嵐に変わり、結局は名護市まで逃げて参りました。一体ナンちゅう天気じゃ!あぁ草臥れて腹が減ったてな訳で、先日「沖縄ぜんざい」で紹介致しました、名護市のひがし食堂サンで食べた「沖縄ちゃんぽん」を。ちゃんぽんと申しますと「長崎チャンポン」を想像致しますが、長崎と違って沖縄のソレは御飯モノ。麺は一本も入ってません。卵でとじた野菜炒めの乗った丼ご飯でして、同じ名前でドウしてこんなに違うのか!沖縄の食堂ならたいてい有りますが、細かいトコはお店次第。全くカオスな状態で・・だから「ちゃんぽん(何でも混ぜるの意味)」なのか。日本史と琉球史のチャンポンに草臥れた私メには、何とも相応しい料理でした




| 2013.07.20 Saturday (08:00) | めんそーれ沖縄さぁ | - | - |
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| 2019.10.16 Wednesday (08:00) | - | - | - |
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