きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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「長浜城(今浜城)」は豊臣秀吉公の痕跡を消す為に徹底的に破壊され、建材は彦根城で再利用されたとか。その為・・どんなお城だったのか良く判らないらしく、こんな格好だったンじゃ無いかナ?と復元されてます

実際は有り得ないのに、「もし〜だったら」と空想するコトって結構有りますナ。私メらの稼業「講談」なんてソレばっかりですし、国家・国民全体でソレに邁進中の某半島国家もございます。現状に不満ばかりだと、妄想したく成る。

そんなコトしたって少しも腹は膨れンのですが、したく成るのが人情で‥思わず想像を張り巡らせてしまう。例えば「豊臣家が滅亡せず、逆に徳川家が滅んでたら・・日本はドウ成ってたンだろう」とか、講釈師として考えちまうのヨ。

恐らく大阪が巨大な首都で在り続け、東京は地方の一都市に過ぎず・・「神田市」とか「日比谷市」とか呼ばれてたンでしょうナ。実際にソウ成りかねない場面が幾度も有ったンですが、ソウ成らなかったら現在に至ってる訳ですがネ。

例えば豊臣秀吉公が亡く成る時、幼子の秀頼君じゃ無く、成人した立派な跡継ぎが居たら・・歴史は逆転してたかも。ソウ成ってた可能性は有ったコトで、秀吉公が若かった頃・・まだ滋賀・長浜城主だった頃に息子が居られたのヨ。


「大坂夏の陣」で滅ぼされた秀頼公は嫡男じゃ無く、豊臣秀吉公のご長男は六歳で亡く成った「秀勝(羽柴石松丸)」公。存在が疑問視されてましたが、確証が見つかったとか。長浜の長尾山妙法寺にお墓が在ります

ソレが秀勝公(幼名は石松丸)で、秀吉公が三十四歳の時の子だとか。当時の秀吉公は「木下藤吉郎」と名乗って居て、織田信長公の幕下で台頭し始めた頃。信長軍団の一武将として、今日は東へ明日は西へと走り廻ってた頃。

上り調子ですから充実されてた筈ですが、家庭面で余り恵まれてませんヨ。正妻の「おね(後の高台院)」サンは良妻として知られてましたが、夫婦の間に子供が生まれぬ。また実弟で忠実な補佐役の秀長サンにも子供が出来ぬ。

今なら「仕方無いネ」で済みますが、昔は跡継ぎの目途が立たぬとお家の大事。ならばとお妾サンを囲い、ソコで生まれたのが秀勝公。父親に成った秀吉公は大喜びで殊勲を重ね、長浜領を貰って大名に初めて出世しますヨ。

名字も羽柴に改めますが、肝心の秀勝公が病死しちまった・・落胆した秀吉公は「子供が欲しい」と女狂いに成り、ナント側室が三百人居たとか。健在ならば秀吉公が没された時に二十八歳ですから、歴史は変わってたンですが。


豊臣家が滅ぶと共に、城下町としての長浜の歴史は終わる事に。ですが湖北の中心都市として栄え続け、立派な家並みを残してます。この街最大の祭礼「曳山祭り」は、秀勝公誕生を祝って始まったとされてます

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★明日も「滋賀県長浜市」への訪問記です★

(参考リンク
)
★「琵琶湖の観光をもっと楽しく」長浜・米原・奥びわ湖観光サイトHP
http://kitabiwako.jp/
★「長浜城歴史博物館」長浜市役所HP
http://www.city.nagahama.shiga.jp/section/rekihaku/
★「秀吉がはじめて築いた城『長浜城』」日本の城訪問記HP
http://www.geocities.jp/qbpbd900/nagahamajo.html
★「羽柴秀勝公の菩提寺」長尾山妙法寺HP
http://www.codhamma.net/
★「秀吉の長男『秀勝』実在?」歴史〜飛耳長耳〜ブログ
http://saint-just.seesaa.net/article/35236703.html
★「羽柴秀勝は3人いた」歴史大好きブログ
http://rekisifan.blog134.fc2.com/blog-entry-59.html
★「親玉饅頭 本店VS分店 滋賀県長浜市」くま先生の滋賀が好き!ブログ
http://guwaguwa58.exblog.jp/5419763/

(関連する記事)
★「203 【麺類色々09】長浜のっぺいうどん」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=157
★「305 【やきそば14】琵琶湖にもイタリアンがあった」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=324
★「697 【講談の舞台08】賤ヶ岳の合戦・・長浜市木之本町」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=747
★「974 【お米料理68】大阪城とグランシャトーと『木の葉丼』」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=1059
★「1605 【名物パン167】湖北の不思議な『サンドウィッチ』・・木之本」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=1674
★「1606 【やきそば170】正体不詳の武将と『和えそばスペシャル』・・木之本」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=1675

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=154
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=268

(秀吉公は養子にも『秀勝』と名付けた位で、余程愛おしかったンでしょうナ)

以前からコレが気に成ってたンです・・長浜名物「親玉饅頭()」。天保年間創業と聞きますンで、百五十年以上経ってる老舗「親玉本店」の銘菓ですが・・スゲぇ名前だゼ親玉とは。ま、「酒饅頭」以外のナニモノでも有りませんが、戦国乱世を統一して「日本中の親玉」に成った秀吉公出世の街だモノ、僭称じゃ無いネ。「太閤饅頭()」なる今川焼きみたいなのと一緒に食べましたが、寒い時は甘いモンを食べて内側から温めるカロリーにしませんとナ。中身は漉し餡、実に薄皮なお饅頭でしたヨ




| 2013.12.28 Saturday (00:15) | 琵琶湖は滋賀の1/6 | - | - |
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| 2019.06.24 Monday (00:15) | - | - | - |
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