きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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東京大学・本郷キャンバスの北側に在るのが「弥生門」。専ら工学部の入口で、弥生遺跡は工学部のドッカに在るらしいと聞いたンで、ならばココら辺だろうと私ぁ思ったンですが‥。地名的には「文京区弥生二丁目」です

三寒四温を繰り返す春三月、「弥生」でございますナ。皆さま夫々に弥生に対しての思い入れがございましょうが、私ぁ懐かしの双子デュオ「祐子と弥生」が思い浮かぶ世代でして‥。あの姉妹は今ドウしてるンでしょうかネ?

でも歴史商売の講釈師的には「弥生時代」と申し上げるべきで、しかもソレが始まったのは東京だったりするから、訪ねてみると致しましょうか。ソコは本郷の東京大学のキャンバス内で、東大なら私メの通ってた学校ですヨ。


弥生遺跡の在るのは本郷キャンバスじゃ無く、少し離れた「浅野キャンバス」の方だとか。ココは旧広島藩主・浅野侯爵家のお屋敷跡で、工学部と理学部が入ってますが・・難しい研究をしてンでしょうナ。日本の頭脳です

いやソレにゃ誤りが有りますネ。まずココは「弥生時代の遺跡が初めて見付かった」と云うだけですし、私メは「東大の学食に時折通ってた」だけ。流石に日本一の国立大学だけ有って、学食は部外者でもウェルカムみたい。

「部外者お断り」の校舎や研究室内を除けば、基本的にキャンバス内のお散歩はご随意の様で、大勢の一般市民が季節を楽しんでますヨ。実に平和な風景で、半世紀前のココが学生運動の震源だったと信じられない位だ。


浅野キャンバスの奥に「弥生二丁目遺跡」が。昭和五十年
(1975)に再発見されたトコで、ココや周辺一帯は弥生時代の集落跡だった様。ただ問題なのは「最初に見つかった弥生遺跡」がドコなのか?ソレが不明ナンです

明治十七年(1844)、東大の学生サン達が当時の「東京市本郷区向ヶ岡弥生町」の地中から、赤焼きの壺を発見したンだとか。流石に東大の学生サン達で、ソレまで知られてた縄文式土器と明らかに違うコトに気が付いた。

コリャ大変だ、大発見だ!と成り、発見された地名から「弥生式土器」と命名され、「弥生時代」と名付けられた訳ですナ。ココまでは学校で習いますが、問題はその後で・・壺を掘った場所がドコなのか判らなく成っちまった。

      
何ヶ所かココじゃないかと云う候補が在って、収拾がつかないンで、その重心点にご覧の石碑が建てられてます。たかが百七十年前のコトなのに、街の様子が変わり過ぎて・・。史蹟保護の認識が今と違ってた様です

旧東京帝国大學のキャンバスが広がり、校舎を増やしていく中で・・ハテ何処がソレだったか?天下の東大なのに判らなく成っちまったのが、如何にも昔のお話。校舎を幾つか壊し、ソコをほじくり返したら判るでしょうケド。

何れにしろ昨日までご紹介の奈良や京都に比べ、ドウにも歴史の浅い東京ですが、太古から人が住んでたのは確かな様。コレ程の超大都会に成るとは、弥生人は夢にも思わなかったでしょうが。変な意味で浪漫が有ります。



ココも候補地の一つで、上画像の石碑から少し歩いたトコにある「サトウハチロー旧居跡」。戦前を代表する詩人・童謡作家で、昭和十二年
(1937)から東大のすぐ側に住んで居られたとか。長らくココには御自宅を改装した記念館が在りましたが、紆余曲折を経て岩手・北上市に移転してますヨ

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★明日は「東京都港区高輪」への訪問記です★


(参考リンク
)
★「歴史と文化に恵まれた緑豊かな区」文京区観光協会HP
★「THE UNIVERSITY OF TOKYO」東京大学HP
★「知っているようで知らない東大のハナシ 本郷の門」UT−Life  HP
★「弥生2丁目遺跡」邪馬台国大研究HP
★「弥生2丁目遺跡散策‥東大散歩‥」私のかわいいぶす猫ちゃん!ブログ
★「本郷探検3:東京大学弥生門から弥生町へ」今日は何をレポートしようかな?ブログ
★「サトウハチロー旧居跡」谷根千ウロウロ・ブログ
★「歌い手一筋がんばって参りました」祐子と弥生オフィシャルHP
★「本郷中央食堂」東京大学消費生活協同組合HP

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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(コレまで謎の存在だった『浅野キャンバス』に、初めて参った私メでした)

沢山の学食が在るのが東大で、浅野キャンバスにも在る様ですが、本郷のソレと違って・・入り辛そう。ならばと通い慣れたる中央食堂へ。あの安田講堂の地下に広がる大食堂で、メニューも山ほど有りますが、弥生遺跡探訪で参りましたンで「弥生丼」を!とじかつ丼と云う副名も書いて有りましたが、豚カツを卵で煮とじした良く有るソレじゃ無く、溶き卵の餡かけがヒレカツの上に載ってる丼でしたヨ。なお部外者の利用もウェルカムの様ですが、昼食や夕食ピーク時の利用は、学生サンの為にお控え下さい




| 2014.03.12 Wednesday (00:15) | ふみのみやこ文京区 | - | - |
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| 2018.06.25 Monday (00:15) | - | - | - |
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