きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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慶応義塾大・三田キャンバス東門前の桜田通り(国道一号線)は、こんな感じに東京タワーが望める心地良いトコ。島原藩・松平家の中屋敷だったココに、慶応大が校地を構えたのは明治三年(1871)のコトです

昨日は兵庫・三田市を訪ねましたが、今日は東京・港区の三田へ参りましたヨ。字は同じでも、兵庫は「さんだ」・東京は「みた」と読みが違います。兵庫のは知りませんが、東京は「神社の御田」が在ったトコだとか。

戦前の旧鉄道院と旧東京市の確執の影響で、JRは「田町駅」なのに、地下鉄は「三田駅」だからヤヤコシイですが、要するに陸の王者「慶應義塾大学」の在るトコですナ。慶應は福沢諭吉センセの作った学校だ。

その福沢センセは東京の三田だけじゃ無く、兵庫の三田市にも関わってたと云うから、今まで慶應にゃコレっぽっちも関係の無かった私ぁ吃驚仰天!実は福沢センセは、幕末の三田藩・九鬼家のブレーンだった様。

この九鬼家は、わずか三万六千石の小大名。戦国時代は日本最強の海賊大名だったのに、お家騒動を機に海を取り上げられ、内陸の三田市に追いやられてます。十三代もソコで続きますが、海が忘れられぬ。


慶応・三田キャンバス内を歩くのは初めて。ソコで前々から謎に思ってた、桜田通りから望めるナマコ壁の建物へ参りました。コチラは明治八年(1875)に建てられた国の重文「三田演説館」で、蔵じゃ無い様です

その最後の殿サマ「九鬼隆義」公と云う方が、随分と面白い人だったとか。人材を登用して藩政改革を行い、巧みに新政府側に乗り換え、無事に廃藩置県を迎えます。但しこの殿サマ、なされるコトが他所と違う!

近くの開港場・神戸へ移り住み、埋立地を買い占め大儲け!続いて貿易会社「志摩三商会」を設立して利益を上げ、ソレを金融や不動産に再投資して更なる大儲け。その利潤は、旧藩士の救済に当ててますナ。

尤もこの殿サマに商才が有った訳じゃ無い!その力と成ったのは慶應で学んだ若者と、外国を知る福沢センセの的確なアドバイス。身分差を乗り越えた親交の有ったお二人は、互いに助け合う関係だったらしい。

殿サマは慶應設立の後ろ盾と成り、福沢センセは御礼に旧藩士の子弟への教育を懸命にした訳ですゼ。慶應が東京・三田に立地したのは全く偶然の様ですが、こんな関係が有るたぁ講釈師も知らンかったです。


福沢センセが蘭学塾「慶應義塾」を設立したのは、江戸無血開城と同じ慶応四年(1868)のコト。世間が大混乱してた中で、「そんな事より教育が大事」と唱えた慧眼は見事!尤も聖人君子だった訳じゃ無く、学校の運営資金の為に優れた商売人でも有ったらしく、ソコら辺の経験から「志摩三商会の設立」を薦めたンでしょうナ。さすが一万円だヨ

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★明日は「東京都大田区城南島」への訪問記です★

(参考リンク)
★「Minato 港区を楽しもう!」港区観光協会HP
★「召しませ、三田」三田市観光協会HP
★「田町から三田へ」東京下町散策HP
★「独立自尊」慶應義塾大学HP
★「慶應義塾草創時代の熱き弁舌がよみがえる『演説』発祥の場所、三田演説館」慶應義塾大学HP
★「慶応大学 三田キャンバス散策」万歩計HP
★「九鬼隆義」九鬼水軍と三田藩の歴史HP
★「三田の福澤先生と三田の九鬼藩主」神戸慶應倶楽部HP
★「福沢諭吉の出版事業 福沢屋諭吉」慶應義塾大学出版会HP
★「初心者のための『ラーメン二郎 三田本店』完全詳細マニュアル」己【おれ】HP
★「ラーメン二郎の『聖地』三田本店を巡礼してきました」Gigazine HP

(関連する記事)
★「
580 【東京十社09】芝大神宮とお奉行サマ」
★「603 【呑みモン19】東京タワーと増上寺とプラッシー」
★「976 【やきそば66】大阪の福島で『味の濃すぎる焼きそば』を喰らう」
★「1140 【保存食品29】元祖『みそピー』と竹芝桟橋」
★「1233 【スナック15】将軍家御霊廟と『TARO』‥増上寺」
★「1234 【スナック16】東京タワーは歩いて昇って『カツ』喰って!」
★「1691 【スイーツ109】「義士あん」と講釈師の大事な日・・高輪」
★「1797 【お米料理134】バブル伝説と『塩牛どん』・・芝浦」
★「1912 【揚げモン54】山の海賊と『三田牛コロッケ』・・三田市」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(元々が海賊だっただけに、商売への拒否感が少なかったンでしょうナ)


慶應の三田キャンバス内を歩くのは初めてでしたが、この界隈にゃ土地勘が結構有る。と云うのは、キャンバスの直ぐ傍に「ラーメン二郎の三田本店」が在るから。東京を代表するガッツリ系のラーメン屋で、全
国に支店や触発された店が在る筈。特徴は「エラク脂っぽい」「量がムチャクチャ多い」「大食いの兄ちゃん達がいつも大勢並んでる」の三点で、信者と化した慶大生も多いとか。私メも昔は良く行ってましたが、オッサン化した所為か?最近は脂っぽいのはどうも・・。でも折角だから、久しぶりに並ンでみましょうか。「ヤサイマシマシ」とか謎コールしなくちゃ成らぬと流布されてますが、そんなの要らぬ!むしろ言ってる奴を痛々しく感じます。ただ「にんにく入れますか」と聞かれるから、「はい」「いいえ」と答えて置けば良いだけ。所謂「小ぶた」を頼みましたが、まだまだ平気に食べ切れますナ。オヤジさんが元気で安心しました




| 2014.09.28 Sunday (00:15) | MINATOみなと港区 | - | - |
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| 2019.12.13 Friday (00:15) | - | - | - |
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