きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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1922 【麺類色々147】「カレーラーメン」は内日本の三条で


信濃川とご覧の「五十嵐(いからし)川」の合流地に面するのが、「北越の商都」と称された三条市。内陸水運の中心だったココは、日本海の北前船で上方とも繋がり、三条商人は越後経済を牛耳ってたンだとか

新潟県のほぼ真ン中、三条市へ参りましたヨ。ドウ云う訳だかこの界隈にゃ、ココ三条や隣りの加茂市など、「京都みたいな地名」の街が結構在ったりする。ハテ、やっぱり日本海側は「昔は内日本だった」からか?

本州日本海側の各県は昔、「裏日本」と呼ばれてましたナ。東海道メガロポリスを有する太平洋側「表日本」の繁栄に比べ、日本海側は今イチだったンで「裏」扱いされてた。コリャ幾らナンでも差別的・侮蔑的だヨ!

新潟県の某所から苦情が出て、「確かにソリャそうだナ」とこの表現は使わぬ方が良いと云う事に。ですが元々は太平洋側が「外日本」・日本海側が「内日本」と呼ばれてた様で、ソレはソレで差別的・侮蔑的表現だ。

江戸中期までは日本海側の方が栄えてたンで、ソレに基づく表現だったンでしょう。で、恨み骨髄の太平洋側が地位逆転したのを幸いに、「今はワシらが表だ」と言い換えたンでしょう。立場は時代で変わります。


三条商人は「日本海側最強の商売上手」だった様で、ココから方々に進出してたとか。北海道最大の百貨店だった「丸井今井」も三条商人の創業で、その本邸が街中で保存されてます。明治後期の豪邸です

江戸前期までの東日本は「日本海側は肥沃な穀倉地帯で人口多し」なのに対し、「太平洋側は未開発な荒れ地が多くて人口少なし」。しかも静岡・伊豆半島と三重・志摩半島の間に、千石船の逃げ込む港が無い!

そんな太平洋を突っ切るのは自殺行為と、江戸と大坂の間の航路は日本海側を遠回りして廻ってた。時間は掛るケド、ソッチの方が良港が多くて遥かに安全。また古くから栄えてた街も多く、商売は余程捗ります。


だから日本海側が「内」・太平洋側が「外」だったンです。そんな内日本最大の穀倉地帯「越後国(今の新潟県)」は、平安時代から上方と深く結ばれてた。三条市辺りも京都から来たお公家が、開拓なさったらしい。

京都・三条出身の「橘左衛門尉定明」なる人らしく、遥かなる故郷を慕ってココを三条と名付けたとか。街中にも京都っぽい名前の小路が多く、外日本の人間にゃ想像も付きませんが、内日本は栄えてたンですネ。


江戸時代の最初は堀(監物)家五万石の城下町だった三条も、やがて街を東西で分けて越後村上藩と上野高崎藩に統治される事に。東側の「一ノ木戸」地区は高崎藩の支配下で、その鎮守が「三条神明宮」。三条神楽で知られてるソウですが、ソレは出雲国(島根県)から伝わったモノらしく、ココら辺にも内日本同士のネットワークが有る様ですナ
 

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★明日も「新潟県三条市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「三条市の魅力をお伝えします。」三条観光協会HP
★「ものづくりの心に出会う『まちあるき』」燕三条まちあるきHP
★「【三条】三条のまち中を歩いてみました」新潟県庁HP
★「三条神明宮」ぷるるん燕三条HP
★「三条市 丸井今井邸」Ginzado-Net HP
★「保存会『残しておいてよかった』三条市丸井今井邸、国有形登録文化財に」越後ジャーナルHP
★「三条商人を調べる」中小企業診断士 中村公哉事務所HP
★「三条開拓の祖!三条左衛門尉定明」怒涛の三条燕落書きブログ
★「裏日本は何が"裏"なのか〜"裏"には"裏"の価値がある?〜」なりぽん@厭世庵ブログ
★「三条名物カレーラーメン食べ歩きマップ」三条飲食店組合カレーラーメン部HP
★「新潟県三条市・大黒亭松屋小路店 カレーそばと餃子」ひるどき日本ランチ日記ブログ

(関連する記事)

★「034 越後出雲崎、良寛さんが生まれた街」
★「035 【スイーツ02】見附で見付けた白くて四角いモノ」
★「730 【やきそば39】ガトリング砲と長岡イタリアン」
★「731 【お米料理47】元帥閣下と『洋風カツ丼』‥長岡」
★「1917 【やきそば205】『イタリアン』と新潟2014年問題」
★「1918 【やきそば206】『イタリアン』と本州日本海側最大の都市・・新潟市」
★「1919 【お米料理145】『黄色いカレー』と新潟島って?・・新潟市」
★「1921 【やきそば207】帰ってきた『カリーナ』を巻町で・・新潟市」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(本来の『裏日本』は単に地理用語で、侮蔑表現じゃ無かったンですが)


「カレーイタリアン」「カリーナ」に続いて、今度は三条市のソウルフード「カレーラーメン」を。昭和初期から親しまれてるソウで、当時盛んだった金物産業の職人たちに好まれてたンだとか。腹持ちの良い太麺に、冷めない様にたっぷりのブタの背脂。実に濃いカレーが掛ってて、残暑のこの時期だと「あぁ熱い!」。市内七十数店で出されてるソウです




| 2014.10.05 Sunday (00:15) | 長いぞ新潟は!下越 | - | - |
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| 2019.09.16 Monday (00:15) | - | - | - |
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