きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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1931 【保存食品49】戦国の庶務部長と「菊水麩」・・松江

このブログ旅日記は「今日から六年目!」でございます。日頃からのご愛顧に感謝申し上げます。

慶長十六年(1611)に堀尾茂助が築いた「松江城(千鳥城)」は、宍道湖北岸に聳える日本三大湖城。旧来の月山富田城は平時の政庁に向かないと、五年かけて築きますが・・茂助サンは完成寸前に没してます

余り有名じゃない人ですが、戦国を生き抜いた武将に「堀尾茂助吉晴」と云う方が居られますヨ。最終的には出雲・隠岐両国(現在の島根県東部)の太守として二十四万石を領有してますから、ソレなり以上のお方。

天下人・豊臣秀吉公が未だ小身で、木下藤吉郎と称してた頃からの家来で、一緒に合戦場を駆け巡り覇業に貢献した、豊臣家臣団の最古参の一人。猪武者の多い現場叩き上げ組の中で、数少ないマトモな人。


西日本の県庁所在地としては珍しく、松江は空襲に遭って無いとか。お蔭で松江城は天守閣がそのまま残り、国の重要文化財に指定されてますヨ。外見は四重に見えますが、内部は五重に成ってるソウです

合戦に出ては勇猛果敢で滅多に仕損ぜず、平時に在っては温着冷静で滅多に怒らず、人呼んで「仏の茂助」。「鬼」と仇名される武将は結構居りますが、仏扱いは先ず居ませんナ。居ても戦下手だったりしますが。

また実績の有る古株は、ナニかと自慢したがる傾向が有りますが、茂助サンはソウじゃ無かったらしい。むしろ功名を隠したがる()性質が有った様で、だからこそ貢献の割に出世が遅れた、豊臣家の名庶務部長。


松江は「水の都」と称する位で、旧市街地は川や水路が多いですナ。そんな水路やお堀を巡る小型遊覧船が次から次へと運行され、次回は是非とも乗ってみたいモノです。ただ・・水は余り綺麗じゃ有りません

そんな茂助サンの転機は、豊臣家の「中老」に就任したコト。コレは徳川家康公ら大々名による「五大老」と、石田三成公らテクノクラートによる「五奉行」の間に挟まる役職で、両者間の調整役を務める面倒な役目。

茂助庶務部長を始め、生え抜きの古参が三人命ぜられますが、敵対を深める親豊臣派と反豊臣派の間で右往左往を余儀なくされた筈。ですがソレで家康公に苦労が判って貰えたんだから、むしろ幸運だったか。


松江城の北側は「塩見縄手」と称し、お堀沿いにキレイに整備された武家屋敷が並んでますヨ。町奉行・塩見家の屋敷が在ったンでコウ呼ぶソウですが、とても素敵なトコ。「日本の道100選」に選ばれてます

やがて豊臣家に嫌気がさしたのか、或いは天下の情勢を読んだのか?関ケ原合戦では徳川方に付き、当時の居城・浜松城を東軍の宿舎に提供してますヨ。合戦自体には倅サンが従軍してますが、勝って大加増!

浜松十二万石の代わりに貰ったのが、毛利家から取り上げた出雲・隠岐両国で二十四万石。但し倅サンが早世し、幼い孫を気遣いながら松江城を築き、六十八歳で亡くなってます。地味だけど立派な武将です。


明治の中頃、有名な方が塩見縄手の一角に住んでたンだとか。ソレが小説家ラフカディオ・ハーン氏で、「小泉八雲」と言った方が判り易いでしょうか。氏のお墓は東京・雑司ヶ谷墓地に在って、ソコは私メのお散歩コースだったりするンで親しく感じますが、ココに住んでたのか・・。日本文化を外国に紹介して下さった、日本の恩人と云うべき方ですゼ
 

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★明日は「島根県出雲市平田町」への訪問記です★

(参考リンク)

★「水の都 松江」松江観光協会HP
★「重要文化財 松江城」松江城山公園管理事務所HP
★「松江城」松江城と周辺観光地案内HP
★「ぐるっと松江 堀川めぐり」堀川遊覧船管理事務所HP
★「塩見縄手・城下町散策」神々のふるさと 山陰HP
★「【特集】小泉八雲」松江観光協会HP
★「武家家伝・堀尾氏」家紋World HP
★「普請上手 松江開府の祖〜堀尾吉晴」新おとな総研・読売新聞HP
★「松江誕生物語〜堀尾茂助・栄光の軌跡」山陰中央新報HP
★「菊水麩」清水商店HP
★「出雲の魅力とお茶事でおもてなし」大好き出雲茶屋HP (PDF文書です)

(関連する記事)

★「787 【保存食品17】もったいない街・松江と『津田かぶ漬』」
★「788 【お魚料理40】出雲大社と『あご野焼』」
★「789 【お魚料理41】日暮れを祀る神社と珍味『板わかめ』‥日御碕」
★「790 【お魚料理42】こじつけに近い難読地名と『いかの麹漬け』‥十六島」
★「818 【揚げモン29】清水寺ネットワークと『安来の泥鰌』」
★「819 【お米料理56】米子で考える『バカ殿』と『かにめし』」
★「943 【スイーツ48】甘くて塩っぱい引田町は『和三盆』の大産地」
★「1323 【煎餅お餅18】日本に来た人・戻った人‥雑司が谷」
★「1435 【揚げモン51】小諸なる古城のほとりで『山賊揚げ』を」
★「1929 【スイーツ132】大籠城戦と『一千年の羊羹』・・安来
★「1930 【麺類色々148】縁結びの神様と『松江ラーメン』・・松江


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(茂助サンが庶務部長なら、仙石秀久サンは豊臣家の営業部長です)


堀尾家は後嗣なき為に三代で改易と成り、越前系の松平家が十代・二百三十年治めるコトと成りますが、その七代目が有名な「松平不昧(治郷)」公。松江の文化を高めた茶人大名と云うべきか、或いは松江藩の財政を破綻寸前に戻した放蕩者と云うべきか、評価の難しいお方ですナ。ま、不昧公の時に雅な文化が花咲いたのは事実ですが。ソレ以来の伝統だソウですが、松江や出雲地方の料理は「お麩」を良く使うンだとか。中でもお行事の時はご覧の「菊水麩」を煮るソウで、実に雅です




| 2014.10.14 Tuesday (00:15) | 島根が左・鳥取が右 | - | - |
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| 2019.11.19 Tuesday (00:15) | - | - | - |
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