きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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2001 【名物パン217】日本初の「ちくわパン」は志村坂上に


一昨日は「西ヶ原一里塚」をご紹介しましたが、都内に二ヵ所しか現存しない一里塚のもう一つは、板橋・志村坂上「中山道・志村一里塚」。日本橋から三里目で、中山道を挟んで両側に塚が維持されてますヨ

都内各地をフラフラと、毎日十km以上も歩き続ける私メでございます。初めの内は足腰が辛かったですが、今じゃすっかり慣れまして、むしろ歩かないとスッキリ出来ない状態に。気分転換は散歩が一番ですゼ。

誰かに迷惑掛けてる訳じゃ無いンで、今暫くは続ける心算ですが、拙宅(板橋平尾宿)から都心方向に向かうルート取りが殆ど。処が板橋区も広うございまして、拙宅は都心寄りの区界際。板橋じゃホント端っこです。

ソコで普段と逆に進もうかと、拙宅前を通る旧中山道を、板橋区の奥の方へ向ったとお思い下さい。つまり埼玉方面と云う事に成りますが、車で通り抜けるのと雰囲気が違うンで妙に楽しい。見るモノが目新しい。

でもココら辺は初めて歩く訳じゃ無い。と云うのは・・あの忌まわしき大震災の日、関東全てのJRが運転取り止めに成り、出先だったンで旧中山道を埼玉・大宮から、板橋の拙宅まで懸命に歩いて帰りましたからネ。


志村一里塚は慶長十五年(1610)頃に設置され、現在の形に成ったのは昭和八年(1933)だったとか。東側の塚ソバの「齊藤商店」サンは、明治二十二年に建てられた純日本建築。時間が止まったかの様

人生でアレが一番歩いた様な。一体ナニが起きたのかと不安に思いつつ、黄昏の旧中山道を二十数km歩いて帰りましたヨ。しかも都心側から脱出して来る人は多いのに、逆に向かう人は殆ど居らンので寂しい。

浦和・蕨と昔の宿場を歩き抜け、荒川を越えて板橋区に入り、やがて志村坂上の一里塚まで着いた時の安心感。拙宅の直ぐ近くに日本橋から二里目のソレが昔は在ったらしく、つまり残りは一里(約四km)だけだ。

殆ど戻って来た!さぁラストスパートだと気合を入れ直し、最近の私メと違って慣れぬ歩きで痛む足腰を励まして、懸命に歩いて帰りましたナ。状況は大分違っても、昔の旅人達も一里塚で道程を知ったンでしょう。


あの時とは逆方向の歩きでは有りますが、久しぶりに志村一里塚の横を通って、世間が平穏無事で有るコトに改めて感謝したく成りましたネ。尤も別の寂しさに駆られてるからこそ、無駄に歩き廻ってるンですが。


昨日ご紹介の「泉岳寺」と同じく、曹洞宗の「江戸三ヵ寺(曹洞宗の江戸三大寺)」として栄えたのが、志村坂上の高台に在る「妙亀山総泉寺」。元々は奥浅草に在ったンですが、関東大震災で被災して志村に移転。板橋区じゃ有数の格式を持つお寺サンですが、ナゼかご本堂は建て替え以来もう何年も閉鎖されたまま。一体ナニが在ったンでしょうか?
 

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★明日は「東京都渋谷区渋谷」への訪問記です★

(参考リンク)
★「ぶらり板橋」板橋区観光協会HP

★「板橋をもっと楽しく!もっと便利に!」いたばしらいふHP
★「しむらん通り商店街」志村銀座商店街HP
★「中山道」旧街道ウォーキング人力HP
★「中山道の一里塚」五街道の旅HP
★「時代を紡ぐ『志村一里塚は動かなかった!』」板橋区教育委員会HP
★「妙亀山総泉寺」浮間わいわいネットHP
★「中山道編 板橋〜志村」江戸散歩のブログ
★「お客様に喜んでもらいたい・・」焼き立てパンの店マルフクHP
★「焼き立てパンの店 マルフク」あいとっとHP

(関連する記事)
★「
057 【ご近所めぐり01】中山道には六十九も宿場がある」
★「928 【やきそば59】東洋一の団地と『両面焼きそば』‥高島平」
★「1235 【お米料理82】『板橋のいっぴん』と植村冒険館」
★「1278 【やきそば118】『スタヤキ』と熱帯ドーム‥高島平」
★「1305 【名物パン120】桜咲く板橋で『日本元祖のコッペパン』を」
★「1652 【スイーツ104】板橋にも在る『元祖いちご大福』・・西台」
★「1973 【やきそば212】哀愁の三田線と『塩焼きそば』・・高島平」
★「1999 【スイーツ145】一里塚と『浅見光彦のお団子』・・西ヶ原」
★「2000 【スイーツ146】義士祭と『しほみ饅頭』・・高輪」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(『志村けん』丈はココじゃ無く、『渥美清』丈が板橋志村のご出身です)


日本で最初にコッペパンを焼いた「マルジュー」の正統継承店は、旧中山道沿いの板橋仲宿に在りますが、志村坂上には日本の「ちくわパンの元祖」が在ったりするから面白い。一般には札幌・琴似のどんぐりサンとされてますが、馬鹿言っちゃいけないヨ。志村の「マルフク」さんが三十数年前から作ってますゼ。但し札幌のとは大分様子が違ってまして、切れ目を入ったコッペパンにタップリの切りキャベツを載せ、ソコにカレー風味のちくわのフリッターを挟むと云うモノ。ちくわとパンの好相性に気付いたと云う点では、板橋区が一番最初だと叫びたい私メです




| 2014.12.16 Tuesday (00:15) | 勝て来るぞと板橋区 | - | - |
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| 2019.06.17 Monday (00:15) | - | - | - |
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