きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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フェイスブック、本格的に始めてみました!どうかご覧下さいませ

豊橋(とよはし)市役所・十三階の展望ロビーから、市名の元に成った国道一号線「吉田大橋」を眺めてみました。「豊川(とよがわ、濁音)」に架かるこの橋は江戸時代、「豊橋(とよばし、濁音)」と呼ばれてたソウです

愛知県東部「東三河地方」の中心都市、豊橋市へ参りました。私メの育ち故郷・静岡県に接する街で、実家(磐田市)に帰るとチョット違った雰囲気を感じに、時折ココに参ってますネ。県境を越すと、ナニか違います。

昔は愛知県で二番目に人口が多かった筈ですが、豊田市や岡崎市等に抜かれて五番目に落ちちゃったとか。ソレでも街並みは立派なモン。ただ・・新幹線も停まる駅前中心街が、寂れたのは否定し辛いですナ。

ですが歴史は古く、「今橋」と呼ばれてた平安時代から栄え、ソレを「吉田」と改名した戦国時代にゃ東三河の最大都市と成り、旧東海道の三十四番宿であると共に、松平家七万石の城下町として賑わったとか。

処がもっと歴史が古い!と仰いますヨ。豊田市や岡崎市等の「西三河地方」と合わせ、江戸時代以前の東三河は「三河国」の一部だった筈ですが、聖徳太子の頃は「穂の国」と云う独立した地域だったと唱えてます。



豊橋市街地の約七割が空襲で失われましたが、市役所近くの「豊橋ハリストス正教会」は幸い免れ、大正二年(1913)に建てられた国の重文「聖使徒福音者マトフェイ聖堂」は、ロシア風建築の特徴を現してます

仰る処に依りますと、中大兄皇子(後の天智天皇)サマらが蘇我氏を滅ぼした宮廷クーデター「大化の改新(645)」の前から東三河は実り豊かな稲作地帯で、だから朝廷から「穂の国」と別扱いされてた・・そうナ。

私ぁ講釈師で、歴史を面白おかしくコネ繰り返して、事実なのか虚構なのか判らぬ様に語るのが生業ですが、本当のコトを多少知らないと「見て来た様な」コトを言えないンで、一応ソレなり以上に調べてみますヨ。

そう、馬鹿じゃ講談は出来ない!尤も利口な人はしませんが・・。だから三河国等の律令六十六ヶ国は知ってますが、聖徳太子の時代は守備範囲外。短期間だけ存在した、「諏訪国」「秩父国」みたいなモンかな?

文献資料も有る様ですが、その資料「先代旧事本記」自体がドコまで信用して良いモンやら・・。でもロマンとしちゃ面白く、むしろ良く探して来たネと褒め称えたい位。語感もキレイだし、お腹の空きそうな名前です。



コレも空襲からの焼け残り組。昭和六年(1931)築の豊橋市公会堂の屋上に飾られていた「鷲の彫刻」で、建物を改修した際に地上に降ろされ、代わりにレプリカを屋上に上げたとか。同じ愛知の名古屋市の象徴が「名古屋城のシャチホコ」なら、豊橋市は「公会堂の鷲」がシンボル。でもレプリカの方を地上に飾るのが、フツーの様な気も致しますが

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★明日は「東京都千代田区丸の内」への訪問記です★

(参考リンク)
★「いつきてもホっ!ほの国」豊橋観光コンベンション協会HP
★「ええじゃないか豊橋」豊橋市役所HP

★「穂っとネット東三河」東三河県庁・愛知県庁HP
★「いつきてもホっ!ほの国」東三河広域観光協議会HP
★「ほの国ってなぁに?」東三河広域連合HP
★「穂の国」愛知県庁HP
★「豊橋市役所13階展望室」ええじゃないか豊橋・豊橋市役所HP
★「豊橋ハリストス正教会聖使徒福音者馬太聖堂」レトロな建物を訪ねてブログ
★「豊橋市公会堂」レトロな建物を訪ねてブログ
★「家族だんらんのひと時をお楽しみ下さい。」スパゲッ亭チャオHP
★「名古屋四大麺の1つ、あんかけスパ初体験 チャオ@豊橋」HP


(関連する記事)
★「540 【麺類色々27】豊橋だったらポンポコラーメン」
★「541 【麺類色々28】時次郎はあんかけを食ったか?」
★「1040 【麺類色々62】昔の残る二川宿と『にかけうどん』‥豊橋」
★「1202 【名物パン104】豊橋名物『デセール』『チーズ』と吉田城」
★「1203 【名物パン105】豊川名物『たけの子パン』とお狐サマ」
★「1622 【名物パン169】路面電車と『ミルクシャーベットロール』・・豊橋」
★「1703 【スイーツ111】豊橋名産『ブラックサンダー』は台湾で大ブーム中!」
★「1726 【お魚料理90】東三河名物『いわし玉』と長篠の合戦・・新城」
★「1783 【調味料類21】代替ガソリンと『赤だし味噌』・・御油赤坂」
★「1854 【名物パン204】フランスパンでえぇじゃないか‥豊橋」
★「1887 【麺類色々141】『あんかけスパ』と戦国の怪人・・沼津」
★「2015 【お米料理159】東三河の中心・豊橋で『なめし田楽』を」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(『穂の国』が実在したかは兎も角、キャッチフレーズとしては素敵です)


JR豊橋駅前から少し路地に入ったトコに在るのが、「あんかけスパ」の元祖スパゲッ亭チャオの駅前本店。一般にゃ名古屋の名物とされてますが、昭和四十二年(1967)の開店時にゃメニューに載せてたらしいンで、名古屋のソレに引けを取らない古さ!初めは少し辛く感じますが、次第に慣れて来るから面白い。色々バリエーションの有る中で、イタリアンオムレツの乗った「ナポリ」を頼みましたが、名古屋のヨコイさん等も含め、古くからのあんかけスパ屋は「カントリー」とか同じ様な名前のモンが決まって有り、相談して決めたンじゃ無ぇかと思っちまう位。なお名古屋にもチャオと云うあんかけスパ屋が在りますが、豊橋のココと全く無関係とのコト。ま、私ぁココが元祖の店と思ってますヨ




| 2015.06.27 Saturday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
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| 2019.06.24 Monday (00:15) | - | - | - |
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