きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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フェイスブック、本格的に始めてみました!どうかご覧下さいませ

メトロ茗荷谷駅の近くに拡がるのが、国立東京教育大学の大塚キャンバスだった「教育の森公園」。東教大は旧東京高師を母体とした総合大学でしたが、昭和五十三年(1978)に「筑波大学」に改編されてます

炎暑・猛暑に少しもメゲず、青空療法で今日も都内をテクテク歩き廻る私メですが、今が暑さの盛り。熱中症に注意しつつ、「もっと歩かねば」てな強迫観念を宥めて、自重して心神の変異を防ぐのが必要ですナ。

コンクリートジャングル東京も、都心や城南・城北は驚くほどに庭園が多く、その多くは昔の大名屋敷跡だったりする。JR板橋駅ソバの拙宅近くでも、加賀百万石・前田家の下屋敷の築山跡が今でも残って居ますヨ。

「六義園(大和郡山藩・柳沢家)」「小石川植物園(館林藩・徳川家)」の様な都立庭園も近いし、規模は小さくてもステキな区立庭園も方々に在って、無理して遠くまで歩かなくても結構寛げる。庭園のハシゴも楽しい。

少なくとも年内一杯は歩かにゃ成らぬ様だから、遠出は涼しく成ってからでイイや。今は庭園の心地良い木陰で、涼風に吹かれながらボンヤリ休息し、蝉の声を聴きつつ過ごしましょ。てな訳で文京区茗荷谷へ。


「教育の森公園」に成る前の東教大の敷地は、陸奥守山藩・松平家の上屋敷だったトコ。この大名は水戸徳川家の連枝で、参勤交代が無いンで庭作りに凝ったらしい。その庭園「占春園」が公園内に残ってます

拙宅から片道四kmほど。「東京教育大」「お茶の水女子大」の国立二大学を始め、城北最大の大学街だったトコ。一番大きかった東教大は、茨城に移転「筑波大」に成っちゃいましたが、附属高校等は残ってる。

古くからのライバル東大の本郷キャンバスは、加賀百万石・前田家の上屋敷跡で、庭園「育徳園(三四郎池)」まで在って流石に立派なモン。一方負けられぬ東教大も、茗荷谷の大塚キャンバスに庭園「占春園」が。

但しコチラは陸奥守山藩・松平家・・って、福島・郡山市辺りの二万石の小大名じゃん。処が御三家・水戸徳川家の連枝だけ有って、守山松平家はホント見事な庭園を作り上げた!「江戸三名園」と詠われたとか。

尤も現在は「余り手を入れ過ぎない様に」と云う筑波大の方針で、半ばジャングル化してますがソレも一興。予算不足も有るでしょうが、ヤブ蚊さえ居なければコッチも宜しいナ。人影少なく、ノンビリ出来るトコです。


東教大はほぼ消え去りましたが、天下のお茶女は今も茗荷谷に。我が師匠(三代目神田松鯉)の御長女がココ卒業と云う位しか縁は無く、門外漢は入れて呉れぬので、許可を取って正門から撮影だけしましたヨ

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★明日は「愛知県豊川市」への訪問記です★

(参考リンク)

★「歴史と文化に恵まれた緑豊かな区」文京区観光協会HP
★「山の手屈指の閑静な住宅街エリア」小石川ネットHP
★「茗荷谷の生活者による茗荷谷の生活者のためのサイト」茗荷谷界隈ガイドHP
★「教育の森公園」文京区役所HP
★「教育の森公園〜占春園〜窪町東公園」万歩計HP
★「文京区湯立坂」東京坂道ゆるラン・ブログ
★「想い出の東京教育大学」東京教育大学新聞会OB会HP
★「University of Tsukuba」国立筑波大学HP
★「道を拓くのは、あなたです」国立お茶の水女子大学HP
★「【超絶悲報】『丼太郎』代々木店、ついに閉店 残すところあと1店舗・・」JcastトレンドHP
★「丼太郎 茗荷谷店(旧:牛丼太郎)」ビンボーサラリーマン makotoのブログ

(関連する記事)
★「
763 【お米料理51】茗荷谷の縛られ地蔵と『肉丼』」
★「994 【団子饅頭40】護国寺で猫見物と『群林堂の豆大福』」
★「1012 【呑みモン31】将軍家の女たちと『ヨーグルッペ』・・傳通院」
★「1297 【お米料理85】桜咲く播磨坂で『さよなら牛太』‥小石川」
★「2123 【お鍋料理22】桜咲く啄木終焉の坂と『そばすいとん』・・小石川」
★「2147 【スイーツ157】新緑の護国寺と『大人の不二家』・・音羽」
★「2180 【名物パン248】新緑の東大と『頭脳パン』・・本郷」
★「2181 【スナック56】『マルエツのポテチ』とラジオ体操発祥の地・・新大塚」
★「2182 【お米料理176】革命家と紫陽花と『チキンケバブ丼』・・白山」
★「2239 【呑みモン59】茶道の総本山と『ウス茶糖』・・護国寺」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(こんな病人の血は美味しくないの?蚊に刺されず助かってますが)


十年ほど前まで、城北や城西地区の学生やビンボー芸人たちの強い味方だったのが、狂牛病騒ぎで大手チェーンが牛丼の発売を自粛する中、一体ナンの肉だか判らないモンを牛丼と称して売り続けた「牛丼太郎」だったンですヨ。一時は結構店舗が多かったのに、大手の攻勢に負けてドンドン減って行き、数年前に運営会社が倒産して「牛丼太郎」の名前は借金の肩に押えられたとか・・。その中で代々木と茗荷谷の二店舗だけは業績が良かった様で「丼太郎」として存続し、私ぁ安心してたンですが・・代々木店は今春ついに力尽き、今や茗荷谷店だけに成っちゃいましたヨ。ま、近所の大手サンより客入りが良いンで、ココだけは残って呉れるに違い無いと確信して居りますが・・。全国の牛太ファンよ、消滅させない為に時々茗荷谷まで食べに行こうじゃないか!忌まわしき「さよなら牛太」のフレーズを、ホントに言わずに済む様にネ




| 2015.08.08 Saturday (00:15) | ふみのみやこ文京区 | - | - |
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| 2019.10.16 Wednesday (00:15) | - | - | - |
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