きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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2295 【スイーツ178】悲劇の関白と「近江うゐろ餅」‥近江八幡

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滋賀・近江八幡市の「八幡」とは、古代の豪族・武内宿禰サンが千九百年前に創建したと伝わる「日牟禮(ひむれ)八幡」のコト。八幡山城址の麓に豪勢な社殿を構え、近江商人の守り神として信仰を集めてます

京都・大阪の旅から素直に帰らず、滋賀県内をブラ付いてる私メです。同じ近畿地方でも他府県と違い、滋賀は北陸が近い分だけ気候が違うのか?若狭湾に押し寄せた低気圧の影響で、この日は雨降りお天気。

好天だったら琵琶湖畔でブラブラ散歩するトコですが、コレじゃ濡れ鼠に成りに行く様なモノで、ならば近江八幡に「でっち羊羹」を買いに行きましょか。服薬の為にお酒が呑めなく成って以来、すっかり私ぁ甘党です。


日牟禮八幡サマの周辺「八幡地区」は、豊臣家の二代目・秀次公が天正十三年(1585)に築いた城下町の跡。すぐ近くの安土城から建物や商人らを移し、八幡山城の外堀として造ったのがご覧の「八幡堀」です

昨日ご紹介した東近江市の西隣りで、日本最大の湖・琵琶湖に面した市が近江八幡ですが、太郎坊宮の在る赤神山が東近江市で目立つ様に、コッチは琵琶湖沿いの八幡山(標高283m)がエラク目立ちますナ。

そんな八幡山の南麓に、戦国時代からの商家町が残ってますヨ。ソレが国の重要伝統的建造物群保存地区「八幡地区」で、悲劇の関白・豊臣秀次公が築かれた街。かの太閤・秀吉公の甥で、豊臣家の二代目!


秀次公は天正十八年(1590)に関白に昇進し、百万石に加増されて尾張国(愛知県西部)に領地替えと成ってますンで、ココで過ごしたのは僅か六年弱。ですがその短い生涯の中で、最良の日々だったでしょうナ

実子の生まれぬ太閤殿下から、唯一マトモな甥として認められた秀次公は、十七歳にして近江四十三万石の太守と成り、八幡山に居城を築きますヨ。余程期待された様で、秀吉公が普請工事の指揮を執ったとか。

処が権力者と女心は気紛れで、期待に応えようとする懸命な努力も「変な色眼鏡」を掛けられちゃ、徒労より性質が悪い・・。太閤殿下に実子の秀頼君が生まれたコトが、秀次公の人生を奈落の底に突き落とします。


豊臣家の跡継ぎとして統治体制を固めようとするモノの、秀次公は文禄四年(1595)に切腹させられてます。八幡山城も「坊主憎けりゃ・・」で直ちに破却されてますが、城下町だけは商人の街として残りました

年老いた天下人にゃ甥より実子の方が可愛く、ソレが露骨に見えるから思わず反発し、付け込まれる隙を与えちまったンでしょうナ。覚えの無き謀反の罪で切腹させられ、家族や係累は全員が公開処刑されてます。

「悪辣な暴君だった」と流布されますが、太閤殿下の方がよほど暴君に思えますゼ。こうして唯一マトモな甥を殺したコトが、後の豊臣家滅亡に繋がるンだから因果応報・・。そんな事を考えた、雨の近江八幡でした。


城の外堀であると共に、琵琶湖へ通じる水路でも有った八幡堀には、今も川船が走ってますネ(ただし観光用ですが)。天気が良ければ乗りたいトコでしたが、いずれ又来るコトも有ろうと今回は岸辺から眺めるだけにしましたヨ。ま、この手の船にゃイヤな思い出も有りますし・・

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★明日も「滋賀県近江八幡市」への訪問記です★

(参考リンク)

★「滋賀・びわ湖 観光情報」びわこビジターズビューローHP
★「水郷と古き商家のたたずまい」近江八幡観光物産協会HP
★「近江八幡市の生活情報サイト」八幡ガイドHP
★「近江商人の守護神」日牟禮八幡宮HP
★「八幡堀散策を楽しむイラストマップ」八幡堀界隈と周辺HP
★「〜歴史を楽しむ〜八幡堀とその歴史について」近江八幡観光物産協会HP
★「近江八幡・豊臣秀次の築いた城下町」爺様の色鉛筆ブログ
★「殺生関白『豊臣秀次』の数奇な運命」NAVERまとめHP
★「殺生関白・豊臣秀次の汚名を晴らしたい!」今日は何の日?徒然日記ブログ
★「豊臣秀次と近江八幡〜八幡堀巡り」今日は何の日?徒然日記ブログ
★「八幡名物 でっち羊羹、うゐろ餅」元祖 和た与HP
★「ういろ餅 和た与 創業文久3年(1863年)」くま先生の滋賀が大好き!ブログ

(関連する記事)

★「121 【保存食品01】氏郷公の城下町・近江日野」
★「122 秀次公の城下町・近江八幡」
★「123 【スイーツ06】和た与の「でっち羊羹』、近江の味」
★「888 【お魚料理47】義仲公最期の地と『えび豆』・・大津」
★「889 【お魚料理48】義仲公のご墓所と『氷魚の佃煮』‥大津」
★「890 【お米料理61】東海道と中山道の分岐点で『はこずし』・・草津市」
★「891 【団子饅頭36】二つの道に分かれる街と『うばがもち』・・草津市」
★「2132 【麺類色々176】県名変更?と桜と『ハイカラこぶうどん』・・彦根」
★「2133 【麺類色々177】一期一会の夜桜と『元祖・彦根ちゃんぽん』」
★「2294 【野菜果物78】赤神山の太郎坊と『赤い糸こんにゃく』‥八日市

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(『天網恢恢疎にして漏らさず』、外道にゃソレ相応の報いが有ります)


秀頼君の誕生による将来への不安が、秀次公を鬱病に追い込んだのは事実らしく、ソレによる不安定な精神状態が「暴君説」の根拠に成ってる様ですナ。鬱の辛さは骨身に染みて判りますンで、私ぁ大いに同情致します・・ホントに辛いのヨ。ま、辛い時は甘いモンが一番!近江八幡の老舗和菓子店「和た与」サンについちゃ、明日詳しくご紹介致しますが、お店を直接訪ねるのは五年ぶり・・うわぁ懐かしい。「でっち羊羹(明日ご紹介します)」と並ぶ名物が、ご覧の「うゐろ餅」。要するに「ういろう」ですネ。私ぁ最高裁も元祖と認めた、神奈川・小田原のういろう本店こそが「正真正銘ホントのういろう」と信じて疑いませんが、近江八幡のは餅と称する位で、他所のよりエラク歯応えと粘りが強いねぇ。四色入りのパックを買いましたが、コレはコレで実に美味しかったです




| 2015.10.06 Tuesday (00:15) | 琵琶湖は滋賀の1/6 | - | - |
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| 2019.09.24 Tuesday (00:15) | - | - | - |
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