きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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郊外は別として「地下を走るのが地下鉄」の筈ですが、東京で二番目に出来た「メトロ丸ノ内線」は地上区間が多いですナ。特に文京区内はソレが多く、小日向の慶喜公のお屋敷跡の裏を頻繁に走り抜けてます


誠に残念乍ら、「不当に貶められる」って多々有りますナ。万事やむを得ずな場合も在りますが、利己的な理由が殆どで、「私は悪くないのケセラセラ」と貶めた側は、「済んだコト」扱いして自他を誤魔化したりする。

尤も人面獣心の外道は天網恢恢疎にして漏らさずで、数倍返しの因果応報を受けるのが天の道。ソレが嫌ならば手間は掛るけど、相手も認める真摯な詫びをせにゃ成らぬ。詫びられる側にも度量が必要ですがネ。

そんなコトを考えたのは、最後の将軍・徳川慶喜公の終焉の地を見付けたから。評価は難しいですが、慶喜公が必要以上に抵抗せず潔く恭順したから、幕末日本は本格内戦に成らずに済んだのは確かな事実。

処が「悪しき旧体制の象徴」として朝敵扱い、国レベルで貶められますヨ。誰かに責任を負わせぬと時勢は纏まらず、所謂「生贄の羊」にさせられた訳だ。ご本人は悲憤慷慨し、隠居先の静岡市に引っ込んじまう。



文京区小日向の「国際仏教大学院大学」の建つ高台が、明治大帝と和解した慶喜公が、大正二年(1913)に逝去されるまで十二年間住んで居られた終焉の地。ソウ云う大学の存在を、私ぁ初めて知りましたネ

三十年もの長きに渡って東京へ戻ろうとしない慶喜公に、「政権を無理に奪った」と後ろめたい明治政府が困りますヨ。また明治大帝も「不当に貶めた」と御心を痛められ、何とか和解されたいと御意向をお示しに。

ソコで双方の関係者が動き、明治三十一年(1898)宮中にて大政奉還以来の御対面の儀が。両雄共に勇気を振り絞った筈で、互いに複雑な思い乍らも流石の明治大帝は、真摯にお詫びに成られたと聞きますヨ。


対する慶喜公も大度量で、御言葉を蟠りなくお受けして大和解は成立。日本史上、この規模の仲直りを他に知りませんが、明治維新はコレにて大完結。名誉回復なった慶喜公は、小日向のお屋敷で安寧の晩年を。

私メら小者でも一旦拗れると大変なのに、大者同士に成ると恩讐を乗り越えるのに、ドレほど手間と時間の掛るコトか!後ろめたい覚えのある方は、サッサと詫びるのが人の道。外道を続けると、心を病みますゼ。



慶喜公は質素ながらも広大なお屋敷を、小日向に構えて居らっしゃった様です。唯一このイチョウの樹だけが当時の面影を伝えてますが、黄色く染まり始めた葉が、東京も晩秋に入ったのを教えて呉れてます

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★明日は「滋賀県犬上郡多賀町」への訪問記です★

(参考リンク)

★「歴史と文化に恵まれた緑豊かな区」文京区観光協会HP
★「山の手屈指の閑静な住宅街エリア」小石川ネットHP
★「茗荷谷の生活者による茗荷谷の生活者のためのサイト」茗荷谷界隈ガイドHP
★「国際仏教大学院大学」同HP
★「最後の将軍 徳川慶喜」自分の歴史観を通して日本を元気にしたいブログ
★「十五代将軍 徳川慶喜」裏辺研究所HP
★「徳川幕府・最後の将軍〜徳川慶喜の晩年は?」今日は何の日?徒然日記ブログ
★「文京区小日向の新坂」東京坂道ゆるランHP
★「小石川小日向第六天町の因縁」囂庵の幕末明治の古写真HP
★「賢者の知恵−徳川慶喜の食卓より」ichigen−sanのブログ
★「ノザキのポークランチョンミート」川商フーズHP
★「ポークランチョン(ミート)の魅力♪ひと工夫で美味しくなるレシピ」フードラインHP

(関連する記事)
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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(慶喜公は徳川将軍としては最長寿の、七十七歳で亡くなられてます)


確か山本周五郎センセでしたが、作品中に「許すと云うコトは難しい。なぜならココまで許してココから許さないと云うのは、つまり許して無いコトだ」てな台詞が在った記憶が・・。私ぁ小人ですから、周五郎センセみたいに徹底出来ませんが、せめて「罪を憎んで人を憎まず」で参りたいです・・心神回復に向けてネ。さて互いに許し合えた明治大帝と慶喜公は、さぞかし御心がスッキリされたでしょうナ。そう成るとお腹が空くのはどんな殿上人でも変わらぬ筈で、将軍家を相続される前の一橋家御当主時代は「豚がお好きな一橋様=豚一(ぶたいち)様」と綽名された方ですから、慶喜公は豚肉料理をお召し上がりに成られたかしらん?てな訳で・・コンビーフでお馴染みのノザキさんが、人知れず販売してた「ポークランチョンミート」を!要するに沖縄名物ポークの缶詰で、コレも実は沖縄ハムのOEM商品。だって小日向界隈は高級住宅地過ぎて、私メの心に響く珍しい食べモノが見付からなかったンで・・




| 2015.11.01 Sunday (00:15) | ふみのみやこ文京区 | - | - |
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| 2019.11.06 Wednesday (00:15) | - | - | - |
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