きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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一昨日昨日の記事からの続きです、ソチラをまずご覧下さい

阪神尼崎駅は大阪キタの梅田からの本線と、ミナミの難波からのなんば線の乗り換え駅。尼崎藩五万石の「尼崎城」址に駅が在ると、陽司センセから聞いた覚えが・・。いよいよ本葬の朝、悲しい青空でしたネ

陽司センセが痩せ衰えた姿で、杖を突いて現れたのはほぼ一年前、我が神田一門の高弟・山裕先生のお通夜の場でしたネ。その変貌ぶりに居合わせた私メらは吃驚仰天し、思わず息を飲んだのを覚えてますヨ。

僅か十数名の一門でも滅多に揃わず、心神崩壊からの療養で十数kg痩せちまった(その後更に十kg痩せました)私メを見て姐さん達は騒いでたのに、ソレ以上に変わり果てた彼の姿を見て・・一同絶句でしたナ。

陽司センセはその数年前から、御両親の介護で東京と兵庫・尼崎市を行き来してまして、遠距離移動だけでも大変なのに、介護まで加わったンだからソリャ大変。ですがコレばかりは、代わる訳にゃ参りませんし。

彼も「東京・大阪間の交通機関、毎回違うのを使って楽しんでます」とか言ってましたンで、会う度に少しずつ痩せてくのが不安でしたが、大方疲れが溜ってるだけだろうと心配して無かったのに、突然の大変貌。


前夜と違って繁華なアーケード街を通る気に成らず、彼の葬儀会場まで阪神電車のすぐ南側の寺町を、「やっぱ行きたくないナ」「でも行かなきゃ駄目だよナ」と逡巡しながら、辛い心地でブラブラ歩きましたネ

今にして思えば、病状の悪化を隠し通すだけの余裕が無くなって、現実を出さざろう得なかったンでしょう。尤も私メも具合が悪くて青息吐息で、結局「病人は休んでろ」と二人とも、受付の隅っこに座って休むコトに。

そン時に同期生の無遠慮で「一体ドウした」と聞いたらば、陽司センセは「私は大丈夫ですヨ、ソレより兄サンの方こそ」って逆に心配して呉れたンで、私ぁ「あぁ大丈夫、互いに早く元気に成ろうネ」って答えましたゼ。

そしたら彼はチョット涙ぐみましてネ。ドウやら既に「助からない病気」なのを悟ってたらしく、あの涙は「ソレは無理です」って返事だったンでしょうナ。処がコッチも病気持ちで、そんな機敏の判る状態じゃ無いですヨ。

だから「共に長生きして年寄に成ったら、若い連中を煙に巻いて楽しもう」って言ったら、力なく笑ってましたヨ。ついでに私メの葬式じゃ、後輩代表として弔辞を読んで呉れる様に頼んじゃいました・・ホント馬鹿。


尼崎の寺町で一番大きなお寺は、応永二十七年(1420)に建立された法華本門流の大本山「本興寺」さん。全く通りすがりですが、陽司センセの冥福を祈らせて戴きましたヨ。国の重文多数を所蔵する古刹です

一門の重鎮・愛山先生がそんな病人二人を励まそうと、新宿で隔月興行の一門会・夜席のトリ(高座主任)を、私メと彼で交代で勤めさせようと考えて下さいました。トリじゃ無い方は前のヒザを勤める、合計十回。

つまり一年半ほどの企画で、初回は私メがトリ・陽司センセがヒザ。昨年師走の二回目は担当が逆でしたが、コレが彼と同じ高座に上がる最後に成るとは!実はこの日の朝、陽司センセの御母堂が亡くなられてた。

ですが寄席芸人は「親の死に目に逢えぬ」稼業で、葬式より高座優先が芸界の仁義。涙をこらえて新幹線で当日上京し、楽屋入りした彼はもぅ尋常な状態じゃ無かった。一段と痩せ細り、目は虚ろで杖は両手に・・。


立ってるのが精一杯に見える有様で、良くぞココまで辿り着けたと驚いてしまう位の壮絶な姿。普段は楽屋入りした途端に馬鹿げた話を始める彼が息絶え絶えに、ソレでもトリ高座用の根多台本を目で追いながら。


有名な京都・本能寺と同じく、尼崎の本興寺さんは法華本門流の四大本山。その境内にはご覧の三重塔が・・物見遊山してる場合じゃ無いのに、やっぱりドウしても数百m先の会場に行きたく無かったンですヨ

高座を降りたら直ちに尼崎へ帰ると云う彼に、列車の時間と体調を心配して、私ぁ「トリとヒザの出番交代」を提案したら、珍しく強い声で「絶対に今夜はトリの高座を務める」と断られましたヨ。覚悟してたンでしょう。

ソレが彼の「最後のトリ高座」に成った様です。先輩の権限で強引に出番を変らせるコトも出来ましたが、今思うにソレをしなくて本当に良かった。万感の思いを込めた、一世一代の高座にしたかったでしょうから。

その後、彼は入院してアレほど執着した高座に上れなく成り、今年の二月十八日。骨髄の病と懸命に闘った末、五十三歳の若さで亡くなりましたヨ。末は新作の名人として、講談界を背負って立つ筈の逸材でした。

その訃報を聞き、ほぼ同時の入門から四半世紀以上も一緒に過ごし、一緒に真打昇進を果たした同輩として、文字通り「骨を拾って」あげねばと、彼の故郷・尼崎市で行われる通夜・本葬に出席する為の辛い旅。


コレは共に二ッ目だった頃のモノで、国立演芸場で講談じゃ無く、ナゼか「オッペケペ節」を唄ってます。右から二人目が陽之助時代の私メ、左から二人目が陽司センセ。そして真ん中が彼の師匠・紅先生ですナ

陽司センセが新宿の楽屋に辿り着いた、あの日の壮絶さに比べれば軽いですが、残念ながらコチラも闘病中。だからなのか無性に悲しくて悲しくて、阪神尼崎駅前で逡巡を繰り返し、覚悟を決めて彼の葬儀会場へ。

一門の興行が東京でこの日は有り、参列出来たのは彼の師匠・紅先生と妹弟子が何人かだけ。でも有難いコトに上方講談の大重鎮・旭堂南隣先生と、私メらの一年先輩・旭堂南海兄サンも参列して下さいましたヨ。

御導師のお経を拝してる内に、陽司センセと共に過ごしたイロイロを想い出し、つい耐え切れず泣き崩れて愁嘆場を晒しましたが、御両所が左右から支えて下さったンで、何とか骨上げまで責任を果たせましたネ。

講談存亡の危機だった平成二年の入門組で、今も高座に上がってるのは私メだけに。確かに後輩達が増えて釈界は倍近くに成りましたが、神田陽司と云う次代の大黒柱の穴を埋めるのは、難しそうな気がします。


長引く闘病で心神が弱り切ってる為か、ホント泣いてばかりで恥ずかしかったですが、陽司センセが教えてくれたアニメ銀河鉄道999のヒロイン・メーテルの名台詞「男の子が友達の為に涙を流すのは、恥ずかしい事じゃないわ」を免罪符にさせて下さいナ。ソレにしても惜しい同輩を失いましたが、故人への最大の供養は「忘れずに居てあげるコト」ですから、彼のコトを時折思い出し、彼の分も精一杯に高座を勤めたいと思ってますヨ。そして何れ私メが冥途の楽屋に入門する時は、どうかお願いだから陽司センセ。今度は私メが逆に後輩に成りますンで、可愛がってやって下さいネ。私メを置いて先に逝っちまったンだから、その程度の罪滅ぼしはして貰わないと。今は寂しくて仕方有りません

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★次回は「東京都千代田区丸の内」への訪問記です★


(参考リンク)
★「尼崎で観光」尼崎観光交流サイトあまらぶHP
★「尼崎・西宮・芦屋を愛し楽しむ情報サイト」あにあん倶楽部HP
★「尼崎の役立つ情報サイト」あまタウンHP
★「ようこそ元気街へ!」TMO尼崎HP
★「兵庫県尼崎市で行きたい名所は?市内のおすすめ観光スポット5選」Find Travel HP
★「尼崎・寺町」メディア・コミュニケーションHP
★「大本山・本興寺」法華宗
(本門流)HP
★「兵庫県の塔 本興寺
(ほんこうじ)三重塔」日本の塔HP
★「講談師・神田陽司のサイト」同HP
★「神田陽司さんのこと」芸の不思議、人の不思議ブログ
★「美味しいピロシキ・ベーカリー&ティールーム」モンパルナスHP

★「モンパルナス:ぐっとかみしめてごらん、尼崎のピロシキです。」すくわかグルメ・ブログ

(関連する記事)
★「806 【粉なモン13】阪神尼崎歴史散策と『寺町のタコ焼き』」
★「807 【粉なモン14】阪神尼崎駅前アーケードと『阪神イカ焼き』」
★「2431 【今川焼き37】狛虎の居る神社と『茜丸の鯛焼き』・・上本町」
★「2447 【スイーツ187】悲しき青空の中之島と『なにわ鯛焼きパイ』」
★「2448 【今川焼き39】悲しき夜の大阪城と『鳴門金時の鯛焼き』」
★「2492 【今川焼き46】惜別の辞、神田陽司先生へ
()・・尼崎」
★「2493 【お米料理223】惜別の辞、神田陽司先生へ
()・・千日前」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」


(二人でイロイロ馬鹿なコトをしましたが、忘れない様にしたいモノです)

東で育った私メと、西で育った陽司センセ。持って生まれた文化的背景が違う訳で、ソレを二人してあーでも無いこーでも無いと較べ合うのが随分楽しかったですが、ドウ云う訳か忘れましたが「懐かしいCM」で盛り上がり、関西にゃパルナスってのが在ったらしいネと問いますと、ロシア菓子のパルナスは確かに潰れたけれど、ソコから唯一暖簾分けを許され、名物だったピロシキを今も売ってる店が、阪神尼崎駅の下に在ると教えて貰いましたネ。ソレを突然思い出し、彼が懐かしい味と評したモンパルナスさんのピロシキを買ってみましたヨ。何しろ元のパルナスの味を私ぁ知りませんが、陽司センセがそう言うンだからきっとソウなんでしょうネ。少しフワフワして、胡椒の効いた卵と挽肉が美味しかったです




| 2016.05.03 Tuesday (00:15) | ミステリアス兵庫! | - | - |
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| 2019.08.18 Sunday (00:15) | - | - | - |
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