きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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同じ禅宗でも在野(林下)を貫き、いわゆる京都五山と一「龍宝山大徳寺」サンは、臨済宗大徳寺派の大本山。二十四の塔頭を持つ寺院で、「一休宗純」や「沢庵宗彭」禅師等の名僧を輩出してます
 

京都を堀川通沿いに、西本願寺から上賀茂神社へ向けてテクテク歩く私メです。その間は約八kmで、ひたすら真っ直ぐ歩いて行きゃ良いンですが、何しろ千二百年の都。興味深いトコが多くて道中は捗りません。

八km程度なら一時間半ほどで着く筈なのに、一々見てるから何時まで
経っても前に進めず、途中から「また改めて訪ねましょ」と歩くコトに専念を。気付けば西陣を通り抜け、北大路通まで来ましたヨ。残り約二km。

 

ですが人間は休むコトも肝要で、タダでさえ心身バランスが壊れてるに、余り専念し過ぎると大事に成りかねンので、ドコかで休憩しましょ。スマホの地図を見れば、北大路堀川の交差点の近くに大徳寺サンが。


正中二年(1325)に創建された大徳寺サンは、応仁の乱で大伽藍を焼失してますが、一休禅師が再興なさってますヨ。国の重文「仏殿」も再築し、寛文五年(1665)に一層大きく建て直されたモノです

 

つまり「一休宗純」禅師が再興なさった禅寺ですナ。一般にゃ「とんち小僧の一休さん」として知られてる一休禅師は、第百代天皇・後松帝の御長男だったと申しますから、世が世ならば帝に成られてた筈のお方。

 

処が宮中は権謀渦巻く恐ろしいトコで、一休さんは僅か六歳で出家させられ、大徳寺に入ったのは二十二歳の時。「有ろ路より無ろ路へ帰る一休み、雨降らば降れ風吹かば吹け」と詠んだンで、一休と云う道号に。

上の句の「有ろ路」は煩悩の世界、「無ろ路」は悟りの世界・・と講談じゃ解説致しますが、下の句の破れかぶれなトコが私ぁ好き。尤もホントは句として詠まれたモノじゃ無く、コリャ禅問答での文言だった様ですが。


大徳寺は茶道とも縁深く、多くの茶人に崇拝されたンで「大徳(ちゃづら)」とも呼ばれますナ。正十七年(1589)に千利休居士完成させた国の重文「山門」は、その切腹の一因に成ったと申します
 

実際エラク破れかぶれなお方だったらしく、従来の仏教の常識を破る様なコトを多数なさったり、異様な格好で街を歩き廻られたと伝わってますが、全て禅師なりの精神の現れで、ソレを禅宗じゃ「風狂」と呼ぶとか。

 

なるほど風狂ですか・・私メも鯉風で酔狂だから、縮めりゃ風狂。また般社会の常識に反するコト(芸界ならフツーです)を多数してますし、風雨を厭わず毎日歩き廻ってるンで、やってるコトの表面だけは近い。

 

ですが禅師の様に悟りを開き、俗社会の煩悩を乗り越えて「無ろ路」に至った訳じゃ無く、「有ろ路」で思い悩んで心神を崩壊させ、ドップリ嵌った恩讐からの出口を探してモガイてるだけ。一億海里の差が有ります。

 


大徳寺サンは観光寺院じゃ無いンで、御本堂や塔頭の殆どは公開れてませんが、観光向けの代表的な風景が「高桐院(画像左の塔頭)の竹林の道」。「清風在竹林」と申しますが、如何にも禅宗って感じです

偽者が格好だけ繕った訳じゃ無く、大悟を開いた一休禅師なればこその風狂の道。ソリャ文句を言う者も居たでしょうが、何しろ皇族の出だ殿上人とも親しいし、その癖少しも気取らないンで民衆の支持も絶大。

一種の憧れに成ったンでしょうナ。有名な「とんち小僧の一休さん」寓話は江戸時代に拵えられたモノで、恐らくは我々講釈師も関わってた筈。風狂に達した一休禅師なれば左も有ろうと、空想で紡いだヒーロー譚。
 

今の私メは酔狂すら弱ってますし、幾ら歩いたって悟りを得られませが、取り敢えず「雨降らば降れ風吹かば吹け」だけ実践しましょ!いかホントの風狂の道に・・勿論その前に、寛解する方が先ナンですが。

 

やっぱりコレに触れぬ訳には・・あぁ懐かしのTVアニメ「一休さん」。昭和五十年(1975)から五十七年(1982)まで全296話、NET(日本教育テレビ、途中からテレビ朝日と局名変更)系列で放送されてましたヨ。実際の一休さんは明るく楽しい小僧修行など出来ず、南朝・北朝との天皇家を統一するに当って邪魔者扱いされ、修行と云う名目でお寺に幽閉され感が・・。私メ的にはとんち小僧の一休さんよりも、風狂に生きた一休師の方が遥かに魅力的に思えます。憧れですネ


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★明日は「京都府京都市北区上賀茂」への訪問記です★


(参考リンク)
★「京ごよみ」京都市観光協会HP
★「京都観光Navi」京都市産業観光局HP
★「紫野の地名について」出雲大社紫野教会HP

★「龍寶山大徳寺」臨済宗・黄檗宗 臨黄ネットHP
★「一休さん再興の京都"大徳寺"は個性豊かな塔頭寺院が面白い!」たびねすHP
★「秋の大徳寺散策」京都で定年後生活ブログ

★「あの人の人生を知ろう 〜 一休」文芸ジャンキー・パラダイスHP
★「日本文化のキーワード 風狂」言の葉庵・能文社HP
★「千利休切腹の原因となった大徳寺の三門」京都観光旅行のあれこれブログ
★「清風在竹林」聴雪 日々の禅語memorandumブログ
★「一休さんも普及に貢献 大徳寺納豆」にっぽん食 探見・京都新聞HP
★「普通の納豆より健康になれる?戦国武将も愛した大徳寺納豆を知ってる?」eco−mamanブログ


(関連する記事)
★「681 【お肉料理14】天神サマと五番町夕霧楼と『松葉焼き』」
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(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」


(一休禅師は天皇家の皇子だから、風狂出来た面も有るンでしょうナ)

人間誰でも「コレだけは絶対に食べられない」ってモンが有りますナ。私メの場合は糸引き納豆がソレでして、死んでも食べられない・・十億円積まれたら食べるかも知れませんが、同じ納豆でも「大徳寺納豆」は大好きだったりするから面白い。禅宗寺院で古くから作られて来た、麹菌で発酵させた糸を引かぬ、硬い醪みたいな「寺納豆」との一種で、宗と共に中国から伝わった保存食品。コレを普及させたのが、一休師だとされてますヨ。固形のベジマイトみたいな塩ッぱい味で、禅僧は暑い夏の栄養補給食としてコレを食べて来たンだとか。その儘食べたり、お茶漬けの具にしたりするソウですが、冷奴の薬味として使うと美味いと云うンで試してみましたヨ。同じ大豆から作っただけに相性は抜群で、今年の夏はコレで生き抜こうと思った私メ。流石の伝統食です




| 2016.06.24 Friday (00:15) | 京都上ル下ル・洛北 | - | - |
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| 2019.12.10 Tuesday (00:15) | - | - | - |
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