きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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信州の諏訪湖を源とし、中央アルプスと南アルプスの清流を集めて遠州灘で太平洋に注ぐ「天竜川」は、流路延長213kmと国内第九位の大河川。古くから暴れ川として有名ですが、その河口の街が掛塚です

 

拙宅の在る東京から西へ250km、静岡県西部の「遠州地方」を旅する私メです。私メの両親が定年帰郷した実家がコッチに在りますンで度々戻ってますが、今回は仕事がてら遊びがてら取材がてらと忙しい帰省。

 

昨日は「遠州の小京都」森町を歩きましたが、今日は「遠州の小江戸」掛塚へ。小京都は古い社寺や整った街並みの残る街がソウ名乗ってますが、小江戸は往時の大きな繁栄の跡が残る街が専ら称してますナ。

 

「小京都=静」「小江戸=動」とも考えられますが、遠州の掛塚と云う街は・・誠に失礼ですが・・小江戸なのにエラク静かなトコでして、実家から結構近いンで時折通ってたのに、小江戸とは今回まで知らンかった位。

 

天竜川の河口左岸は温泉付きの運動公園が広がってますが、大人気なのが「竜洋海洋公園オートキャンプ場」。専門誌の読者投票で「西日本一位」に二年連続選ばれたとか・・そうか、ココはもぅ西日本なのネ

 

大体が「掛塚町」なる自治体が消えてから六十年以上経ちますし、ソレを受けた「竜洋町」も十数年前にお隣の磐田市と合併して消えちゃってる。抑々ココが繁栄した大元の「掛塚湊」自体が、影も形も無いですし。

 

地震や津波・噴火等で突然消滅する街は世界に結構在りますが、天変地異や戦争以外で消え去るソレは国内じゃ極めて珍しく、しかも掛塚湊はそんな昔のコトじゃ無い・・明治二十二年(1889)に突然ソウ成った。

 

山深い信州の物産や材木を、大消費地の江戸や上方へ運ぶには貨物列車やトラックの無い昔だから、天竜川を下る川船に頼るしか有りませんナ。そして海を行く廻船に積み替えますが、ソレが河口の掛塚湊。

 

天竜川の対岸を治める浜松藩は掛塚湊の重要性を看み、何度も吸収しようと狙った様ですが、幕府はソレを許さなかったとか。両岸に架かる「掛塚橋」は戦後すぐとしちゃ異例の大橋で、長らく有料扱いでした

 

また遠州の産品も掛塚へ送られ、天竜川沿い全てのモノの集積地として栄えますし、人も多く集まって市をなす様に。加えて海を渡って諸国諸港を行き来する廻船(千石船)も、或る事情でココに寄らざろうを得ない。

 

今と違って底が平らな和船ナンで時化に対する抵抗力が弱く、天候が少しでも荒れたら命懸けの航海に成るのは必至。だもんで陸地沿いを進むのが定石で、真っ黒な雲が見えたら手近な港へ急いで逃げ込め!

 

処が国内で一ヶ所だけ、遠州灘沿いはソレが通じない海。何しろ伊豆半島の下田港から三重・志摩半島の鳥羽港までの長い間、逃げ込めるマトモな港は天竜川の掛塚湊しか無いンで・・廻船はフツー避けたがる。

 

掛塚が栄え始めた室町時代に、湊の鎮守として創建されたのが「貴船神社」さま。名前から判る様に水神様を祀るお社で、川・海双方の水夫達の深い信仰を集めたとか。毎年秋に開催の祭礼は今でも盛大です

 

だから日本海周りの北前船が主流と成りますが、急いで荷物を運ばねばならぬ時は危険を承知で遠州灘を突っ切りますし、天竜川沿いの物資はココから積み出さなければ!当然、荒くれ者が掛塚に集結した筈。

 

板子一枚下は地獄が定めの水夫達は、明日をも知れぬ身だからと金の使い方は激しかったでしょうし、斡旋・世話する廻船問屋の儲からぬ訳は無く、遂には江戸に劣らぬと豪語する位の大繁栄!だから小江戸!

 

ソレが夢と成ったのは開通した東海道本線に荷を取られ、廻船業が左前と成り・・港を閉めざろう得なくなったから。今じゃ湊の痕跡も判り辛く成ってますが、幾つか残る豪奢な建物が昔の姿を教えて呉れてます。

 

掛塚の昔を代表する建物は、東海道線開通と同じ明治二十二年に建てられた「津村家住宅」。湊にゃ廻船問屋が三十数軒も在った中で、一番の豪商が「江戸屋」を名乗ったココでして、鉄道がナニするものぞと意気を示す為にワザと豪奢にしたのかしらん?現在は磐田市に寄贈されて地元の方々の協力の元、イベントが有ると公開される様ですネ

 

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★明日は「静岡県浜松市中区」への訪問記です★


(参考リンク)
★「観光から感好へ」磐田市観光協会HP
★「磐田市のおすすめ観光スポット10選〜サッカー以外も魅力がいっぱい!〜」Skyticket  HP
★「磐田でコンシェルジュの日々」くーぽん!いわたCITYブログ

★「掛塚湊の碑/『遠州の小江戸』と呼ばれた掛塚湊(磐田市)」静岡・浜松・伊豆情報局HP
★「海の東海道 掛塚湊の概要」静岡県建築士会HP
★「磐田市竜洋海洋公園オートキャンプ場」竜洋環境創造HP
★「竜洋オートキャンプ場、2年連続西日本1位 アウトドア誌ランク」静岡新聞アットエスHP
★「掛塚橋」浜松情報BOOK・HP
★「貴船神社」遠州掛塚 貴船神社例祭HP
★「『遠州の小江戸』掛塚の文化遺産・津倉家住宅 重租とモダンの融合」自然と歴史の中を歩く!ブログ
★「渚の食とレジャーの発信基地」渚の交流館HP
★「生シラスなどなど海の幸を楽しめる磐田市のホンキ施設『渚の交流館』に行ってきた!」浜松つーしんブログ

(関連する記事)
★「492 【歴代宰相03】福田さんと別珍・コール天」
★「1334 【やきそば131】熊野松風に『薄焼き玉子焼きそば』‥磐田」
★「1441 【名物パン136】墜落した緑十字機と『静岡サンドパン』‥磐田」

★「2488 【今川焼き45】晴天に靡く長藤と『あづま焼』・・磐田」

★「2588 【お米料理237】津波避難タワーで『漁師の海鮮丼』を・・磐田」

★「2984 【野菜果物101】花咲く秋のハーブガーデンと『フェイジョア』・・磐田」

★「3077 【麺類色々285】躍進を願うジュビロと『遠州の信州ラーメン』・・磐田」
★「3176 【スイーツ270】次郎長伝の本当と『抹茶わらび餅』・・遠州森町」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」


(『港』は造ったモノを指しますが、『湊』は河口等を活用したモノです)

この時期の遠州灘沿いと云えば、やっぱ「生しらす」しか思い浮かばぬ私メで、掛塚でソレが食べられないかしらと探したンですが・・運悪く見当たらず。悔しいンで同じ磐田市の海沿い・・但し結構離れてますが、旧福田町の漁港ソバに在る海の交番「渚の交流館」へ行き、そこの海鮮料理店「漁師のどんぶり屋さん」へ。処がツイてない時は全くダメで、折しも接近中の台風の為に海は大時化で出漁できず、生しらすは全く無いとのコト。でも釜揚げしらすなら有ると云うンで、ソレの丼を戴いて来ましたヨ。生しらすをサッと茹でただけで全く干したりしてないのが釜揚げで、他県と違って静岡じゃ偏愛されてる郷土食の一つ。大きな丼にタップリ入れられたご飯が全く見えない位に、ドッサリ盛られた釜揚げをムシャムシャと。掛塚の海沿いのオートキャンプ場の横に在る温泉の食堂でも、コレを食べられましたっけ?




| 2018.06.25 Monday (00:15) | ホームタウン磐田市 | - | - |
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| 2019.06.20 Thursday (00:15) | - | - | - |
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