きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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全国に名城は多けれど、難攻不落の大城郭として知られたのが「小田原城(小峯城)」。後北条氏が関東八ヶ国支配の本拠として築いた城塞を、徳川四天王の一人・大久保加賀守家が総石垣造りに改修してます

 

一昨日ご案内の三島より西へ進まずに、人生の大半を過ごしてる関東へ戻った私メです。幼き頃を過ごした懐かしき静岡県内へは、何れまた参るコトと致しましょ。更に西の上方へまた向かうコトに成ってますし。

 

さて関東一都六県の中心は一体ドコなのか?そんなの東京に決まってるだろ!と仰られるのは当然で、関東のみならず日本と云う国の中心。東アジアの中枢都市で、世界でも五指に入る都市だろうと思いますヨ。

 

そんな東京で生まれ、今も住んでるのに私ぁ感謝しますが、幕府が開かれたコトに依って関東の中心、いや日本の実質的な首都に成って四百数十年。ソレ以前の東京(江戸)なんて、海っ縁の寂し〜い寒村ですゼ。

 

天下人・豊臣秀吉公の命令で、長らく親しんだ静岡から関東へ遷らされた徳川家康公が、ソレまでの中心じゃ場所がドウも不便だと、生活の不便さを顧みず「関東の扇の要」江戸に苦労して開いたのが今の東京。

 

小田原城は明治初期に建物の殆どを解体し、明治・大正期は皇室の御用邸だったソウですが、戦後に成って天守閣は鉄筋コンクリートで再築されてます。但し往時の姿を正しく再現したモノじゃ無いンだとか

 

そんな江戸御入府以前の中心が小田原で、関東平野の西南の一番端の街だから随分偏った場所に在りますナ。試しに距離を調べてみましたら、関東の東北端に在る栃木・那須塩原市とは約230kmも離れてる。

 

小田原から西へ同じだけ進むと、愛知・岡崎市まで行けますンで関東ってムダに広いですが、東京からなら小田原80km、那須塩原160kmともう少し均衡が取れる。関東平野の重心点は埼玉・栗橋町辺りだとか。

 

関東最古の大社とされる鷲宮神社さまが、栗橋町の近くに鎮座してるのは・・成程ソウ云うコトかと感心しちまいますが、関東総鎮守とされてる箱根権現さまの在る芦ノ湖は、言うまでもなく小田原の近く・・コレは?

 

関東が日本に成った(大和朝廷の勢力下に入った)のは四世紀頃と云うから随分古いですが、果てしなく広い平野だから一種の独立国の様で有り、奈良・京都等の西国から命を受ける従属地でも有る複雑な立場。

 

小田原城の少し南の国道一号線沿いに、再びお城みたいな建物が!コレぞ日本の外郎の元祖「ういろう」本店で、お城の天守閣の代わりにこんな派手な建物を造ったンだとか。関東大震災後に再建されてます

 

そんな状態を打破しようと決起したのは関東新皇・平将門公であり、鎌倉幕府を開いた源頼朝公で有る訳ですが、何れも京都の朝廷から授けられた権威を裏付けに、ソレで関東土着の勢力を鼓舞して闘ってます。

 

何しろ当時は日本じゃ無かった東北地方でさえ、朝廷の権威をバックに奥州藤原氏が勢力を拡げた位で、全く見事に出来上がった格式。コリャ関東だけの問題じゃ無く、全国ドコでも常識だったンだから仕方ない。

 

つまり京都に一番近い神奈川県が関東の入口で、扇の要が初めは鎌倉で有り、戦国時代は小田原だった訳ですナ。今はドウしても東京がソレとしか考えられませんが、一歩下がって西から見ると感覚が変わる。

 

と気付いたのは・・スマホの地図機能で遊んでますと、アレって東西南北をグルっと回すコトが出来るのネ。北が上の通常の地図だと左端の小田原が、東を上にグルっと回すと関東の扇の要の位置に来るのヨ。

 

小田原「ういろう」と云えば、歌舞伎十八番「外郎売」・・拙者親方と申すはお江戸を立って二十里上方相州小田原・・の口上芸ですナ。ソレを記念して?本店前の道標にゃ歌舞伎座までの距離が刻まれてます

 

なのに家康公がソレまでの常識を蹴飛ばして、東京を要にしてしまわれた。コレってドウ云う事?恐らくは秀吉公の命によって、金城湯池の静岡を取り上げられ、縁も所縁も無かった関東へ遷らされた腹いせか。

 

自力で奪い取ったなら兎も角、落下傘みたいに追いやられて開き直り、半ば関東を独立国みたいにして遣ろうと、敢えて京都や大阪と繋がってない場所・東京を選んだンじゃ無いかと。全てご破算にして遣り直し!

 

関東単体で考えるなら、西端の小田原よりも栗橋に近い東京の方が便利だったのに違いなく、新秩序の構築は大変だった筈ですが、ソレを成し遂げ天下を取られるまでに。気の毒なのが、旧来の要だった小田原。

 

二代将軍・秀忠公はココで隠居する計画も有った様ですが、江戸に居る方が便利と実行されずで、関東の要に返り咲くコトは能わず。家康公が開き直って無かったら、小田原が日本の首都に成ってたンでしょうか。

 

神奈川県西湘地域じゃ最大の都市だけ有って、人口十九万のわりに賑わってる小田原市。そりゃデパートが幾つも在った頃に比べれば細やかですが、ソレでも駅近くの錦通りやダイヤ街は一時のドン底を脱した様に思えますネ。私メも平塚に居た頃は、良く買い物に参りましたヨ

 

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★明日は「神奈川県横浜市中区みなとみらい」への訪問記です★


(参考リンク)
★「特別じゃない日の御褒美に LITTLE TRIP小田原」小田原市観光協会HP
★「ぶらり城下町 行こうよ小田原」RareA HP

★「オダワラボ」小田原市役所HP
★「【2019年】初めての小田原観光!おすすめ観光スポットとポイントをご紹介♪」icotto HP
★「難攻不落の城 小田原城」小田原城総合管理事務所HP
★「知っているようで知らない小田原城の歴史」wondertrip HP
★「理文先生のお城がっこう 城歩き編 小田原城を歩こう
(近世編) 」城びとHP
★「家康が江戸を選んだのは偶然or必然?−脅威は機会に変えられる」GLOBIS知見録HP
★「人生変えた小田原 秀吉による江戸幽閉を逆手に東国支配固める」産経ニュースHP
★「錦通りに『溜まり空間』12月から毎日歩行者天国に」タウンニュースHP
★「0465.net」小田原市商店街連合会HP

★「小田原のお菓子 観光の際のお土産に」株式会社ういろうHP
★「お菓子のういろう」株式会社ういろうHP
★「お菓子の『ういろう』の歴史について」クリーニング403HP


(関連する記事)
★「229 真鶴岬でハヤブサの地球帰還を祝う」
★「230 【お魚料理08】その時、会議は踊ったin小田原城」
★「261 【講談の舞台06】太閤の一夜城‥小田原市」
★「262 君は『外郎売り』を諳んじて居るか?」

★「263 【名物パン17】キンジローは神様に成った」
★「458 足柄山の金太郎は・・」
★「1054 【麺類色々66】『小田原流担々麺』と城下町」
★「1055 【お魚料理57】早川漁港で『イサキのさつま揚げ』‥小田原」

★「1248 【名物パン111】小田原『あんパン』と命懸けの贈り物」
★「1588 【スナック31】間もなく開催!箱根駅伝と『ケチャップ味のポテチ』」
★「1747 【スイーツ114】元祖『ういろう』は小田原だったりする!」

★「1839 【スイーツ125】濃霧の箱根で『神奈川名産ゼリー』を」
★「2915 【揚げモン73】プチ贅沢なプチ旅行で『お魚メンチ』を・・熱海」

★「2916 【名物パン331】残暑厳しき小田原城で『守谷の甘食』を」
★「3190 【麺類色々304】七夕の平塚海岸で『冷やしラオシャン』を」
★「3493【お魚料理115】猛残暑の温泉地・熱海で『マンボウの刺身』を」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」


(仕事を気にせず、遊び主体で暮らすなら関東で一番の街でしょうネ)

上の方に画像の有る「ういろう本店」じゃ、私メら話芸の者を労わって呉れる「薬のういろう」も買えますが、太い羊羹みたいな「お菓子のういろう」も買えますヨ。この店の先祖は、中国・元の医官だった陳延祐と云うお方。元が明に滅ぼされると日本に逃れ、元の官名の一部を取って「陳外郎ちん・ういろう」を名乗ったのがういろうの始まりですが、その子孫は「透頂香(薬のういろう) と共に、「蒸菓子(お菓子のういろう)も作って京の都で大評判!やがて薬もお菓子も「ういろう」の名で親しまれる様に成りますが、戦国時代に小田原城主・北条家の誘いで戦乱の京都から安全な小田原へ移り、そのまま残って六百五十年の歴史!日本でういろうと言って良いのは元祖の小田原だけ!白・黒・茶・小豆・栗が有る他、週末だけは杏仁も有ると云うンでもちろんソレにしましたが、食感はモチモチしたういろうなのだけれど、味は濃厚な杏仁豆腐だから実に不思議。もともと無かったモノでしょうが、毎日発売に成るのを祈ってます




| 2019.09.24 Tuesday (00:15) | やっぱ神奈川じゃん | - | - |
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| 2019.10.19 Saturday (00:15) | - | - | - |
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