きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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032 二所ノ関部屋はとても由緒有る名跡


奥州街道(旧東山道)に面した白河の関。通関手続きは現在不要です

白河の安珍さんのお墓を見に行った帰りは、東北高速道や国道4号線という現在の大きな道ではなく、敢えて旧街道を通って帰る事としたンですヨ。遥か律令時代の中路「東山道(とうさんどう)」をのんびりとお散歩して参りました。

この東山道は京都から中部山地を通り抜け、関東北部から東北の多賀城へ至る道。江戸時代初めに江戸より西側が「中山道(なかせんどう)」、北側が「奥州街道」の二つに分割された、ひたすら山沿いばかり通る古い長い道。

その東山道に北の守りとして設置されていたのが白河の関。ココは五世紀前半には既に設置されていたらしく、廃関となった平安中期まではココまで京都朝廷の力が及ぶ日本。それより先は力の及ばない蝦夷地という扱い。

するってぇとこの先に在る多賀城は、まるで敵地キューバに存在する米軍のグアンタナモ基地みたいなモンか・・、今じゃ全く考えられないお話しですナ。「白河以北一山百文」と馬鹿にしたのは、薩長土肥の連中だった筈です。


鯉風さんが白河の関の鳥居前で、小さい秋小さい秋小さい秋見つけた

最初の征夷大将軍・坂上田村麻呂公も、いざ鎌倉と九郎判官義経公もきっとこの関所の前を通ったンでしょうナ。現在関所の跡は巨木に囲まれた神社になってますが、空濠・土塁に囲まれた城砦同然の拵えだったコトが判ります。

この神社は別名「二所の関明神」。どうもココが大相撲の年寄名跡・二所ノ関部屋の名前の発祥地ナンだそうでして、夏に成ると「二所の関古式相撲」が奉納されるンだそうですが、錦秋過ぎて初冬・・。まわし姿じゃ風邪引きます。

南隣りは公園に成ってましてナンだか「道の駅」風、奥に松尾芭蕉と曾良の銅像が建立されて居りまして、そうかこの二人も「奥の細道」の旅でココを通ったンでしょうネ。「卯の花をかざしに関の晴着かな」は弟子の曾良の句。

公園内には立派な屋内型相撲稽古場が設置されておりまして、二所一門が出張って来るコトが有るンでしょうか。とにかく白河の関は静か極まりない場所でございまして、「みちのくひとり旅」を口ずさむと目立ち過ぎる様です。

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★次回は「岐阜県の不思議な食べ物」の試食記です★

(参考リンク)
★「芭蕉と白河の関」芭蕉庵ドットコムHP
http://www.bashouan.com/prSekiAto.htm

(二所ノ関の名跡由来については異論も有るようが、ラーメンは美味かった)




| 2009.12.07 Monday (08:22) | 負げるな!福島中通 | - | - |
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| 2019.11.20 Wednesday (08:22) | - | - | - |
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