きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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2204 【麺類色々189】なぞの穂の国と「あんかけスパ」・・豊橋

フェイスブック、本格的に始めてみました!どうかご覧下さいませ

豊橋(とよはし)市役所・十三階の展望ロビーから、市名の元に成った国道一号線「吉田大橋」を眺めてみました。「豊川(とよがわ、濁音)」に架かるこの橋は江戸時代、「豊橋(とよばし、濁音)」と呼ばれてたソウです

愛知県東部「東三河地方」の中心都市、豊橋市へ参りました。私メの育ち故郷・静岡県に接する街で、実家(磐田市)に帰るとチョット違った雰囲気を感じに、時折ココに参ってますネ。県境を越すと、ナニか違います。

昔は愛知県で二番目に人口が多かった筈ですが、豊田市や岡崎市等に抜かれて五番目に落ちちゃったとか。ソレでも街並みは立派なモン。ただ・・新幹線も停まる駅前中心街が、寂れたのは否定し辛いですナ。

ですが歴史は古く、「今橋」と呼ばれてた平安時代から栄え、ソレを「吉田」と改名した戦国時代にゃ東三河の最大都市と成り、旧東海道の三十四番宿であると共に、松平家七万石の城下町として賑わったとか。

処がもっと歴史が古い!と仰いますヨ。豊田市や岡崎市等の「西三河地方」と合わせ、江戸時代以前の東三河は「三河国」の一部だった筈ですが、聖徳太子の頃は「穂の国」と云う独立した地域だったと唱えてます。



豊橋市街地の約七割が空襲で失われましたが、市役所近くの「豊橋ハリストス正教会」は幸い免れ、大正二年(1913)に建てられた国の重文「聖使徒福音者マトフェイ聖堂」は、ロシア風建築の特徴を現してます

仰る処に依りますと、中大兄皇子(後の天智天皇)サマらが蘇我氏を滅ぼした宮廷クーデター「大化の改新(645)」の前から東三河は実り豊かな稲作地帯で、だから朝廷から「穂の国」と別扱いされてた・・そうナ。

私ぁ講釈師で、歴史を面白おかしくコネ繰り返して、事実なのか虚構なのか判らぬ様に語るのが生業ですが、本当のコトを多少知らないと「見て来た様な」コトを言えないンで、一応ソレなり以上に調べてみますヨ。

そう、馬鹿じゃ講談は出来ない!尤も利口な人はしませんが・・。だから三河国等の律令六十六ヶ国は知ってますが、聖徳太子の時代は守備範囲外。短期間だけ存在した、「諏訪国」「秩父国」みたいなモンかな?

文献資料も有る様ですが、その資料「先代旧事本記」自体がドコまで信用して良いモンやら・・。でもロマンとしちゃ面白く、むしろ良く探して来たネと褒め称えたい位。語感もキレイだし、お腹の空きそうな名前です。



コレも空襲からの焼け残り組。昭和六年(1931)築の豊橋市公会堂の屋上に飾られていた「鷲の彫刻」で、建物を改修した際に地上に降ろされ、代わりにレプリカを屋上に上げたとか。同じ愛知の名古屋市の象徴が「名古屋城のシャチホコ」なら、豊橋市は「公会堂の鷲」がシンボル。でもレプリカの方を地上に飾るのが、フツーの様な気も致しますが

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★明日は「東京都千代田区丸の内」への訪問記です★

(参考リンク)
★「いつきてもホっ!ほの国」豊橋観光コンベンション協会HP
★「ええじゃないか豊橋」豊橋市役所HP

★「穂っとネット東三河」東三河県庁・愛知県庁HP
★「いつきてもホっ!ほの国」東三河広域観光協議会HP
★「ほの国ってなぁに?」東三河広域連合HP
★「穂の国」愛知県庁HP
★「豊橋市役所13階展望室」ええじゃないか豊橋・豊橋市役所HP
★「豊橋ハリストス正教会聖使徒福音者馬太聖堂」レトロな建物を訪ねてブログ
★「豊橋市公会堂」レトロな建物を訪ねてブログ
★「家族だんらんのひと時をお楽しみ下さい。」スパゲッ亭チャオHP
★「名古屋四大麺の1つ、あんかけスパ初体験 チャオ@豊橋」HP


(関連する記事)
★「540 【麺類色々27】豊橋だったらポンポコラーメン」
★「541 【麺類色々28】時次郎はあんかけを食ったか?」
★「1040 【麺類色々62】昔の残る二川宿と『にかけうどん』‥豊橋」
★「1202 【名物パン104】豊橋名物『デセール』『チーズ』と吉田城」
★「1203 【名物パン105】豊川名物『たけの子パン』とお狐サマ」
★「1622 【名物パン169】路面電車と『ミルクシャーベットロール』・・豊橋」
★「1703 【スイーツ111】豊橋名産『ブラックサンダー』は台湾で大ブーム中!」
★「1726 【お魚料理90】東三河名物『いわし玉』と長篠の合戦・・新城」
★「1783 【調味料類21】代替ガソリンと『赤だし味噌』・・御油赤坂」
★「1854 【名物パン204】フランスパンでえぇじゃないか‥豊橋」
★「1887 【麺類色々141】『あんかけスパ』と戦国の怪人・・沼津」
★「2015 【お米料理159】東三河の中心・豊橋で『なめし田楽』を」


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(『穂の国』が実在したかは兎も角、キャッチフレーズとしては素敵です)


JR豊橋駅前から少し路地に入ったトコに在るのが、「あんかけスパ」の元祖スパゲッ亭チャオの駅前本店。一般にゃ名古屋の名物とされてますが、昭和四十二年(1967)の開店時にゃメニューに載せてたらしいンで、名古屋のソレに引けを取らない古さ!初めは少し辛く感じますが、次第に慣れて来るから面白い。色々バリエーションの有る中で、イタリアンオムレツの乗った「ナポリ」を頼みましたが、名古屋のヨコイさん等も含め、古くからのあんかけスパ屋は「カントリー」とか同じ様な名前のモンが決まって有り、相談して決めたンじゃ無ぇかと思っちまう位。なお名古屋にもチャオと云うあんかけスパ屋が在りますが、豊橋のココと全く無関係とのコト。ま、私ぁココが元祖の店と思ってますヨ




| 2015.06.27 Saturday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
2017 【お米料理160】半島の尖端で「大あさり丼」を・・伊良湖岬


伊勢湾()と太平洋()を分かつ「愛知・伊良湖岬」の先端を、岬近くの高台に在る「伊良湖岬ビューホテル」から撮ってみました。手前の砂浜は江戸時代からの名勝「恋路ヶ浜」で、対岸は三重・志摩半島です

遂に大晦日、コレが今年最後の記事でございます。今年は秋以降、イロイロ有って私ぁ心身ともに草臥れ果てましたが、取り敢えずソレは忘れる事にして、辿り着いたのは伊良湖岬。愛知・渥美半島の先端ですゼ。

ココから対岸の三重・鳥羽市へフェリーに乗れば、日本最強の神社・伊勢神宮サマが近くで、是非ともお伊勢サンに今年の悪縁を祓って戴きたいと思ったンですが、あれ?フェリーの本数が随分と少なく成ったコト。


ご覧の「伊勢湾フェリー」に乗れば、鳥羽港と伊良湖岬の間は僅かに一時間弱。平成二十二年(2010)に民間での経営を断念し、周辺自治体の共同出資による体制に移行してますヨ。残して貰えて有難いです

高速道路の伸展による需要減で経営が危うく成り、一旦は廃止すると決定されたのに、この航路は国道42号線も兼ねてるンで、廃止されちゃ観光・流通両面で困ると反対され、伊勢湾フェリーは何とか残った。

その代わり・・需要に見合った便数に減らされた訳で、今から鳥羽に渡ると明るい内に帰って来れソウも無い!う〜む、仕方無いから渥美半島の尖端「伊良湖岬灯台」まで行き、海越しに伊勢神宮を遥拝しますか。


コレが渥美半島の尖端に建つ、昭和四年(1929)設置の「伊良湖岬灯台」。小説・潮騒の舞台たる「神島」や「志摩半島」がハッキリ見えてますが、私ぁその向こうのお伊勢サンに心の中で祈らせて戴きましたネ

フェリーの乗り場を兼ねてる道の駅に車を置き、案内所の方に教わった通りに灯台を目指して、潮騒の遊歩道を十五分ほどブ〜ラブラ。伊勢湾と太平洋とを分かつ岬だけ有って、いやはや風の強いコト。あぁ寒い!

真っ正面を向いて歩くと目が痛いンで、斜め下に視線を向きながら歩くと、歌碑の埋め込まれた縁石が遊歩道のアチコチに。伊良湖岬で生まれ育ってその生涯を終えた、「糟谷磯丸」と云う漁師詩人の歌が殆ど。


磯丸サンは江戸時代後期の歌人ですが、私ぁコレが気に成って・・。今まで「狂える猛虎」タイガージェット・シン先生の「Die With Guts!」を座右の銘にしてましたケド、来年からこの歌をソレにしたいと思う位

磯丸サンを全く存じ上げませんでしたが、奇跡も同然なコトを数多くされた方らしく、伊良湖岬辺りじゃ神仏の様に拝まれてたとか。無学なれども純真・誠実な人柄で親しまれ、だからこそ含蓄ある歌が多く遺ってます。

中でも「心からこころの鬼にせめられて、身のおきどころなき人もあり」って、全く以て最近の私メですヨ。伊勢神宮にゃ辿り着けませんでしたが、代わりにこの歌に逢えたのが有難い。お伊勢サンのお導きでしょうか。


日本海側は大雪続きで大変ですが、太平洋に突き出た渥美半島じゃ早くも菜の花が咲いてましたヨ。伊良子岬に近付けば近付くほど花影は濃く成り、少しずつ春が近付いてる事を実感させて呉れますネ。さて明日から新春!今年もご愛読戴きまして、ホント有難うございました。来年もご贔屓・ご愛顧戴けます様に、伏してお願いを申し上げますヨ
 

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★明日は「新年のご挨拶」を申し上げます★

(参考リンク)

★「渥美半島だより」渥美半島観光ビューローHP
★「田原市内の気になる情報を発信!!」あつまるタウン田原HP
★「ほの国へようこそ 〜生活の都・東三河〜」東三河広域協議会HP

★「伊良湖岬灯台」日本の灯台HP
★「伊良湖岬・恋路ヶ浜物語」岬プロジェクト・渥美商工会HP
★「糟谷磯丸」渥美半島観光ビューローHP
★「伊良湖岬 いのりの磯道」東三河を歩こう!HP
★「伊勢志摩と三河を結ぶ"最短ルート"」伊勢湾フェリーHP
★「伊勢湾フェリー存続へ」mashさんイズドットコムHP
★「伊良湖岬ビューホテル」日本ビューホテルHP
★「渥美の貝 大あさり 他」貝づくし渥美・渥美商工会HP
★「みなみ 大あさり丼 他」渋谷とっておき!!HP

(関連する記事)

★「265 お船はいいネ!惜別・・伊勢湾フェリー」
★「266 【名物パン18】伊勢外宮のかたパン 」
★「267 神道世界の大元〆!伊勢内宮」
★「540 【麺類色々27】豊橋だったらポンポコラーメン」
★「1040 【麺類色々62】昔の残る二川宿と『にかけうどん』‥豊橋」
★「1202 【名物パン104】豊橋名物『デセール』『チーズ』と吉田城」
★「1622 【名物パン169】路面電車と『ミルクシャーベットロール』・・豊橋」
★「1703 【スイーツ111】豊橋名産『ブラックサンダー』は台湾で大ブーム中!」
★「1854 【名物パン204】フランスパンでえぇじゃないか‥豊橋」
★「2015 【お米料理158】東三河の中心・豊橋で『なめし田楽』を」
★「2016 【名物パン219】日本一のキャベツ産地で『ぐるりんパン』を・・田原


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(以前はココまで、東京駅からの夜行バスが毎日運転されてました)


伊良湖岬の名物は「大あさり」。と云っても厳密にはアサリじゃ無く、ソレに良く似た「ウチムラサキ」てな貝だったりしまして、ソレを直火で焼いて食べるのが一般的ですが、今回は港近くの「お食事処みなみ」さんで、貝の実を卵とじにした「大あさり丼()」と、カキフライならぬ「大あさりフライ()」を。何しろ身が随分デカイんで、食べ応え有りました




| 2014.12.31 Wednesday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
2016 【名物パン219】日本一のキャベツ産地で「ぐるりんパン」を・・田原


愛知・田原市は、三宅家一万二千石の小さな城下町。その居城「田原城(巴江城)」は海沿いに築かれたソウですが、江戸時代中期から埋立て・耕地化が進められた結果、海はすっかり遠くに成っちゃいましたネ

愛知県の最東部「東三河」をブラついてます。昨年は別でしたが、一昨年までは大晦日前に成るとココら辺を旅するコトが多く、昨日ご案内の豊橋市の北に在る、豊川稲荷で沢山のお狐様と戯れてた様な気が。

仏教系お稲荷サンとしては最高峰ですから、私メも有難い御利益を戴いてるンでしょうが、今年はフト思うトコが有りまして、日本最強の神サマ伊勢神宮に御縋りしたく成りましたヨ!ならば北じゃ無く、南へ参ろう!

てな訳で伊勢湾を渡るフェリーの乗り場の有る伊良湖崎を目指し、豊橋から渥美半島をひたすら南へ!イザ参らん地の果てへ!尤もそんなに長い半島じゃ無く、寒い時期はキャベツ畑だらけの長閑なトコですケド。

そう、太平洋(遠州灘)と三河湾に挟まれて南へ細長く延びる、渥美半島の殆どを占める田原市は「日本一の冬キャベツの大産地」。因みに第二位は半島の付け根の豊橋市だと云うから、冬の渥美はキャベツ半島!


田原城の出丸跡に「崋山神社」なるお社が。コチラは文人・画人・蘭学者として知られた、田原藩の御家老「渡辺崋山」さんが御祭神。崋山さんは「蛮社の獄」で幕府に問題視され、藩を救う為に切腹されてますヨ

詳しい統計は未読ですが、日本人が一番食べてる野菜ってキャベツ?地中海辺りが元産で、日本に伝来したのは幕末のコト。そんなに古くから在った野菜じゃ無い。「甘藍」が正しい漢字表記で、「キャ別」は違う。

煮ても焼いても炒めても漬けても生でもナンでも使える万能野菜で、私メが日頃から執心する「焼きそば」は、キャベツが無いと話に成らない。高度成長期に一気に普及し、全国のご家庭に常備される様に成った。

季節に応じて品種や産地が変わりますが、こと冬の間は渥美半島だけで全国全てのキャベツを賄ってると言っても良い位!だから半島の突端を目指して車を走らせると、アッチもコッチもソッチもキャベツ畑だらけ。

似た様な風景は長野・野辺山高原や群馬・嬬恋村辺りで毎夏見れますが、単一品種栽培のリスクを犯し乍らも、冬キャベツに賭けた田原市は農業出荷額が日本一だソウで・・。因みにブロッコリーも日本一だとか。


もぅ右も左もキャベツ・キャベツ・キャベツ・・。冬キャベツは煮たり蒸したりするのが美味いンで、ドウやって料理しようかしらん・・と一瞬夢想し掛りましたが、この畑一杯のキャベツを食べ切るのは大変でしょうネ
 

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★明日は「愛知県田原市伊良湖崎」への訪問記です★

(参考リンク)
★「渥美半島だより」渥美半島観光ビューローHP
★「田原市内の気になる情報を発信!!」あつまるタウン田原HP
★「ほの国へようこそ 〜生活の都・東三河〜」東三河広域協議会HP
★「田原城」東海の城.com HP
★「田原城」あの戦国の現場へ行こう!ブログ
★「崋山神社」東三河を歩こう!HP
★「田原市の農業」田原市役所HP
★「田原市のキャベツ畑」東三河を歩こう!HP
★「四季の野菜『キャベツ』」農畜産業振興機構HP
★「田原市のどうまいパン屋」長栄軒ブログ
★「長栄軒」生きるが食!ブログ

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★「1854 【名物パン204】フランスパンでえぇじゃないか‥豊橋」
★「2015 【お米料理158】東三河の中心・豊橋で『なめし田楽』を


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(万一キャベツが採れなく成ったら、日本はパニックと化すでしょうナ)


田原の道の駅で見付けたのが、ココの小・中学校のパンを半世紀以上も焼き続けてると云う、街の老舗パン屋「長栄軒」さんの名物「ぐるりん食パン」。チョコ()とチーズ()をとりあえず買って参りましたが、コレが中々に美味い!他にも野菜系とか甘いモン系とか多種類のぐるりんが在りましたンで、また買いに行きたいですヨ。東京から遠いですケド




| 2014.12.30 Tuesday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
2015 【お米料理159】東三河の中心・豊橋で「なめし田楽」を


JR豊橋駅から少し離れてますが、豊橋市役所(後ろに見えてる建物)の周辺には、以前ご紹介の「吉田城址」「ハリストス正教会」だけじゃ無く、ご覧の「豊橋市公会堂(昭和六年築)」など立派な建物が残ってます

バスケットボールが面倒な事に成ってますナ。「ナショナルバスケットリーグ(NBL)」と「日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)」の統一が出来ず、ソレを求めた国際バスケットボール連盟に匙を投げらてます。

この儘では成人だけじゃ無く、全ての層の国際大会出場も出来ないンだとか。下手したら開催国枠が有る筈の、東京オリンピックにも出られンかも知れない。詳しい事は判らンけど、NBL側に問題が多いらしい。

bjリーグはサッカーJリーグに範を採った「完全ブロチーム」だけなのに対し、NBLはブロチームも在れば企業チームも在って、聞く処によると「チーム名に企業名が入れられないのはイヤ」と反発してるンだとか。

その他にもイロイロ主張は有る様ですが、「チーム名は地域の名前」のJリーグ的思想を支持する私メとしては、bjリーグ主体で統一して欲しいモノ。ま、難しい大人の事情が邪魔してるンでしょうナ。ドウにかせい!


豊橋市役所の最上階は入場無料の展望ロビーに成ってまして、市街地や郊外の様子が良く見えますヨ。豊橋は東三河の最大都市で、人口は三十七万強。自動車の輸出入台数は、日本一だったりしますネ

平成十七年(2005)に六チームで始まった「bjリーグ」。年々チームが増え、今シーズンは東地区が十二・西地区が十と、合せて二十二チームで構成されてます。概ねプロ野球やJリーグの無い地域や市が多い。

そんなbj西地区に「浜松・東三河フェニックス」と云う、不思議な名前のチームが在りますゼ。昨日ご紹介の浜松市が本拠地とされてますが、半分以上の試合は愛知・豊橋市を中心とした「東三河」で開催してる。

東三河の部品会社「オーエスジー」の企業チームがbjリーグ入りするに当り、Jリーグ「ジュビロ磐田」の誘致に失敗した浜松市と手を組んで、ほぼ同じ方言「じゃん・だら」エリアで県境を越えてプロチームを作った。

静岡市辺りと文化が違い過ぎる浜松と、名古屋市辺りと文化が違い過ぎる東三河は、文化が近い長野県南部「南信地方」との三者で、以前から仲良くしてますヨ。bjリーグ的な遣り方の方が、私メにゃ面白いです。


豊橋市役所の展望ロビーは街の案内と云うより、市街地を走る「豊橋鉄道の路面電車」の資料室と云った感が強く、コレを観光の中心に据えて居る事が判ります。そんなとよてつの八十三年ぶりの新車「ほっトラム」が偶々走ってたンで撮ってみましたが、僅か一編成しかないとか
 

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★明日は「愛知県田原市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「いつきてもホッ!穂の国」豊橋観光コンベンション協会HP
★「ええじゃないか豊橋」豊橋市役所HP
★「穂っとネット東三河」愛知県東三河県庁HP
★「豊橋の歴史とともに。」豊橋鉄道・豊橋市内線HP
★「豊橋市公会堂」レトロな建物を訪ねてHP
★「あなたのアイラブな場所はどこですか?豊橋市役所13階展望室」豊橋市役所HP
★「NBL」ナショナル・バスケットボール・リーグHP
★「bjリーグ」日本プロバスケットボールリーグHP

★「浜松と東三河の架け橋」浜松・東三河フェニックスHP
★「内紛のツケ 置き去りの選手 バスケット日本代表、国際試合出場禁止」Sankei Biz HP
★「なめし田楽」豊橋のいちょうHP 
★「豊橋駅前の『いちょう』でなめし田楽」とんちゃん日記HP

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★「1854 【名物パン204】フランスパンでえぇじゃないか‥豊橋」
★「2014 【スナック46】巨大SCの潰し合いと『三ヶ日みかんのポテチ』・・浜松


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(愛知県の正式機関『東三河県庁』が、豊橋市に置かれてたりします)


豊橋は個性的な名物料理が多いトコですが、今回は江戸時代からの郷土食「なめし田楽」を。まず左手の「なめし(菜飯)」は細かく刻んだ大根の葉を入れた味付けご飯で、たかが大根の葉と馬鹿にする勿れ!コレが予想外に美味いから、江戸時代から残ってるのヨ。また右手の「田楽」は少し硬めの豆腐を細長く切り、ソコに豆味噌のタレを塗って焼いたモノで、辛子が効いてあぁ美味い。コレに赤だし味噌汁が加えたトリオは素晴らしく、豊橋(東三河)・浜松(遠江)と長野南部(南信)のトライアングル「三遠南信ネットワーク」に通じるモノが有ると思うのは、ちょっと強引でしょうか?




| 2014.12.29 Monday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
1856 【お米料理138】「どて煮丼」と面倒臭い三河武士・・岡崎


徳川家康公の生地として知られて居るのが、愛知・岡崎市の「岡崎城(龍城)」。鉄筋コンクリで再築されて五十数年経ちますが、家康公が居られた頃はこんな立派なお城じゃ無く、ほぼ砦に近い状態だったとか

「戦国最強の大名は何処ですか?」と、私ぁお客さんから時々尋ねられるコトが有りますヨ。強い武士集団と云うコトならば、「鬼石曼子」と恐れられた薩摩の島津家か、屈強な騎馬軍団で知られた甲斐の武田家か。

講釈師的には「三河武士でしょ」と答えますネ。徳川家康公が天下を獲れたのは、愛知県東部「三河地方」出身の、一旦コウと決めたらば、戦場で歯を食いしばって絶対に引かない強情な家来達が居たからこそ。


処がとにかく頑固で融通が利かず、一度へそを曲げたら聞く耳を持たぬ面倒さがまた三河武士。「個」としてはこんなに扱い辛い連中は居ませんが、イザと云う時の「軍団」としては精強無類。日本一だったンでは?

家康公は同郷人たる三河武士たちに助けられ、弱小大名から駆け上がり、ご存知通りに天下人として幕府を開きますが、ドウも彼らの面倒臭さに悲鳴を上げてた節が有る。ソウで無きゃ、故郷をフツー捨てません。


家康公が岡崎に居られたのは、生誕から六歳までの幼少期と、十九歳から三十歳までの青年期だけ。人生の殆どを駿府城(静岡市)や浜松城で過ごされて、愛知県民より静岡県民なコトを選んだお方ですヨ

そう、家康公は先祖代々の領地にして、自分が生まれた岡崎城に幕府を開いても良かったのに、ココにゃ全く目も呉れず、東海道を浜松・駿府と東へ動き、江戸で幕府を開いて居られる。なぜ故郷を捨てたのか?

ずっと同じトコに住んでる人は、転住民に比べて「世間が狭い」傾向が有りますナ。幸か不幸か家康公は、幼き頃に駿府・今川家に人質として招かれ、戦国一の軍師として知られた「雪斎禅師」から教えを受けてる。

知らない街で多感な時を過ごしたコトが、家康公の世間を広くさせたンでしょう。もしも岡崎でずっと育って居たら、家康公も直情径行な三河武士に成ってた筈。他所で育ったからこそ、同郷人を冷静に見られた筈。

その冷静さが、家康公を天下人たらしめてます。敢えて故郷を捨てた事により、頑固一徹な三河武士に意識の変革を迫ったンでしょうナ。尤もその程度じゃ改まらないから、三河武士の面倒臭さは面白いンですが。

 
三河武士が兵糧として持ち歩いたとされるのが、岡崎名物の「八丁味噌」。黒くて濃厚で硬いトコが、まるで三河武士の様。岡崎城から西に八丁(約八百七十m)離れた場所で作ったから、こう呼ばれてるそうナ

 

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★明日は「千葉県香取郡多古町」への訪問記です★

(参考リンク)
★「岡崎観光」岡崎市観光協会HP
★「よみがえる歴史と徳川家康公のふるさと」岡崎公園HP
★「神君出世の城 岡崎城」日本の城訪問記HP
★「会社のためなら自己犠牲もやむなし 三河武士の忠誠心」織田信長と戦国武将ブログ
★「家康のマーケティング」FUJITSUファミリ会東海支部HP
★「岡崎城から西へ八丁」八丁味噌協同組合HP
★「水と豆と塩のみを使い、二夏二冬じっくり熟成。」カクキュー八丁味噌HP
★「八丁味噌と三河武士」星を琢おじさんのぶらりと休日HP
★「どて煮」でらシャス!!なごやめし王国HP

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★「422 【お米料理25】面倒臭いお殿サマと、福山名物『うずみ』」
★「438 【呑みモン12】大岡越前守サマはお大名に成った」
★「480 【団子饅頭16】ザ・ルーツ・・徳川家の場合[松平郷篇」
★「481 【麺類色々24】天下取りはココから始まった・・岡崎」
★「482 【呑みモン14】徳川家康公、大樹寺で叱られる」
★「517 【お米料理32】知らンかった事ばかり・・佐原」
★「1201 【名物パン103】竹島に上陸して『うずまきパン』を食べた男‥蒲郡」
★「1211 【野菜果物43】名門・吉良家の没落と『筆柿』‥西尾」
★「1469 【麺類色々103】『蒲郡ブラックラーメン』と瀬戸内みたいな海」
★「1782 【やきそば187】天下取りの起点で『ぼてこ焼そば』・・安城」
★「1783 【調味料類21】代替ガソリンと『赤だし味噌』・・御油赤坂」
★「1855 【名物パン205】『淡雪シベリヤ』と芭蕉翁・・藤川宿


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(こと三河武士に関しては、『面倒臭い』は褒め言葉とお取りくださいナ)


いわゆる「名古屋メシ」の一つとされるのが、八丁味噌で牛や豚のモツをコトコト煮込んだ「どて煮」でございます。元々は大阪発祥のモノらしいですが、八丁味噌と云う愛知らしい味方を得て、今や全く違う食いモノに発展してますヨ。もちろん岡崎でも広く食べられてまして、むしろコッチが本家?と疑う位。今回は丼で食べましたが、濃くて美味いです




| 2014.08.08 Friday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
1855 【名物パン205】「淡雪シベリヤ」と芭蕉翁・・藤川宿


東海道の江戸から数えて三十七番目の宿場が、愛知・岡崎市の「藤川(ふじかわ)宿」。元々は「宇治川」なる名前だったソウですが、藤の花がキレイに咲くとのコトから、藤川と云うお目出度い字に変えたンだとか


日本は様々な芸事や武術等の「不世出の大名人」を、まるで神サマの様だと云うンで、「聖」と云う称号で讃える習慣が有りますナ。例えば相撲は明治の大横綱「常陸山谷右衛門」関が、「角聖」と呼ばれてます。

囲碁の「棋聖」は本因坊道策さん、将棋の「棋聖」は天野宗歩さん。絵画の「画聖」は雪舟等楊さん、茶道の「茶聖」は千利休さん・・等々キリが有りませんが、俳句の世界じゃ松尾芭蕉翁を「俳聖」と呼んでますゼ。

元禄七年(1694)に亡く成られた方で、行年五十と云うから世間のイメージと異なり、そんなに年寄りだった訳じゃ無い。けれど「五・七・五」十七文字の俳句を確立・普及させた、実に濃厚な人生を歩まれたお方。

幾度もの「俳句紀行」に出掛け、全国で多くの秀句を詠んで居られますが、私メが今回訪ねた東海道・藤川宿でも「ここも三河 むらさき麦の かきつばた」なる句を残してます。ですが妙な違和感が・・字余りじゃん。


藤川宿やその前後の旧東海道は、勾配が結構キツイ丘陵地を通ってますヨ。その為SLじゃココを容易に登れず、東海道本線は少し離れたトコを迂回するコトに。‥結果として、ココにゃ昔が取り残されてますヨ


俳句は僅か十七文字だけに思い・状況を凝縮し、簡潔かつ完璧に表現する技量が必要な、「世界一短い小説」とも称される文芸事。十七文字に収まらないモノは、「字余り」や「字足らず」と称して忌み嫌ってる筈。

私メの様な素人と違い、俳聖・芭蕉翁がソレをするナンて・・。ヒョっとしたら、前日の大酒が頭に残ってたのか?ソレとも素人時代の句だったのか?いやいやソウじゃ無い、コレこそが俳聖の優れたトコなんだとか。

特に強調をする為に「敢えて字余りさせた」句を、時折詠んで居られるそうナ。一々講釈出来ませんが、最も有名なのが「旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる」なる御辞世。万感の思いを込めた人生最後の投句。

重みを出す為に「旅に病み」じゃ無く、字余りさせにゃ成らぬらしい。ならば「ここも三河」なる藤川宿の字余りも、何か特別な意味が有ったンでしょうか?三河国な事に感心したのか、呆れたのか。誰か教えとくれ。


藤川宿と云えば「むらさき麦」と呼ばれた位で、他所のと違って紫色の麦がココじゃ採れるンだとか。但し収穫時期(五月末)を過ぎてたンで、ソレがどの様なモンか全く判りませんが・・。代りに判ったのは、宿場の西に延びる松並木が立派なコト。一km以上も続いて、実に壮観です

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★明日も「愛知県岡崎市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「岡崎観光」岡崎市観光協会HP
★「東海道キャンペーンinあいち 藤川宿」愛知県観光協会HP
★「藤川宿」旧街道ウォーキング人力HP
★「松並木が美しい藤川宿」世界の記述(Description of the world)ブログ
★「東海道とその周辺の芭蕉句碑・芭蕉塚」田中義己のジャーニーランクラブHP
★「秋深し −ひと文字違えば−」徒然想ブログ
★「藤川宿のむらさき麦」季節の中でHP
★「道の駅 藤川宿」岡崎パブリックサービスHP
★「道の駅藤川宿に『シベリヤ』復活」岡崎経済新聞HP

(関連する記事)

★「438 【呑みモン12】大岡越前守サマはお大名に成った」
★「480 【団子饅頭16】ザ・ルーツ・・徳川家の場合[松平郷篇」
★「481 【麺類色々24】天下取りはココから始まった・・岡崎」
★「482 【呑みモン14】徳川家康公、大樹寺で叱られる」
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★「1783 【調味料類21】代替ガソリンと『赤だし味噌』・・御油赤坂


(鯉風のお仕事)
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(私メら寄席芸人にゃ『〜聖』なんて人は居ませんゼ。俗物ばかりです)


藤川宿で一番賑わっているのは、国道一号線に面した「道の駅」の様な気がしますが、ソコで珍しいモン見付けた!ご覧通りの「白いシベリヤ」で、中身が東京風の羊羹じゃ無く、如何にも岡崎らしく「淡雪」なのが面白い。淡雪は甘いメレンゲの塊で、半世紀ほど前から藤川じゃこの形で売られてたンだとか。近い内にシベリヤ特集でもしましょうかネ




| 2014.08.07 Thursday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
1854 【名物パン204】フランスパンでえぇじゃないか‥豊橋


豊橋市役所の近くに、大正二年(1913)に建てられた素敵な洋館が。コレこそ国の重要文化財「豊橋ハリストス正教会」で、いわゆるロシア正教の礼拝堂ですナ。奇跡的に空襲被害を免れた、貴重な遺産です

信州・伊那谷から県境の三河高原を通り抜け、愛知・豊橋市へ参った私メです。ココまで来ると西日本の気配が濃厚で、東日本で育った私メは見るモノ聞くモノ全てが目新しく、年甲斐も無くワクワクしちまいます。

イロイロ珍しいモンが多い街で、加えて夏は「手筒花火」と云う過激な事も盛んナンで興味が尽きませんが、約百五十年前の慶応三年(1867)の夏から暮れにかけて、或る熱狂的な大騒ぎがココで始まったらしい。

ソレは「えぇじゃないか」と称される、簡単にゃ理解し難い熱狂的なムーブメント。皆さま方も名前だけはご存知でしょうが、「空から伊勢神宮のお札が降って来た、こりゃ慶事だお目出度いや」と大勢が踊り狂った。

慶応三年と云えば、大政奉還が行われた大混乱の年で、翌年が明治元年と云う幕末のドン詰まり。コレから一体ドウ成るのか判らなくなり、自棄に成った庶民が挙って参加した。「えぇじゃないか!」と言い乍ら。


私メが豊橋に良く行く理由の一つが、ご覧の「サンヨネ」と云う地場スーパーの存在。昨日ご紹介の「ツルヤ」に次ぐ、日本で二番目に素晴らしいと確信してるトコで、見た目と違って中身はオモチャ箱です

大勢が稼業を放り投げ、仮装して何日も踊り狂うってンだから、まるでサンバカーニバル!頭の緩い左翼活動家は「日本初の民衆蜂起」と褒め称えますが・・オカシイだろ。如何して空からお札が降って来るのサ?

誰かが何かの目的有ってお札を蒔き、「慶事だ目出度い踊れや踊れ」と囃し立てたに違いない。凡そ全てのムーブメントにゃ仕掛け人が居るモノで、自然発生のソレだ何て滅多に有るモンじゃ無い。誰が仕掛けた?

そりゃ得する連中に決まってる。治安を維持する幕府側は、この騒ぎで大迷惑。得するのは当然、幕府を倒そうとする薩長土肥の新政府側。豊橋じゃ無く、京都発祥説も有りますが、何れにしろ‥陽動が目的か。

面白いのは、この騒ぎは西日本でしか起きて無いってコト。幕府勢力の強かった東日本じゃ、密かに扇動するのは無理だったのか?或いは西日本の「ノリの良さ」ゆえか?ま、難しいコトはえぇじゃないかですがネ。


地場スーパーは地元民しか知らない名産が並んでるンで、ホント余所者にゃオモチャ箱・宝箱だったりする。豊橋名物ボンとらやの「ピレーネ」も山積みで、お値段も多分安い筈。ふわふわのスポンジケーキで生クリームを包んだだけの洋菓子ですが、その素朴さが逆に嬉しい
 

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(参考リンク)
★「いつきてもホッ!穂の国」豊橋観光コンベンション協会HP
★「ほの国へようこそ」東三河広域協議会HP
★「豊橋まちなか情報ステーション」豊橋まちなか活性化推進協議会HP
★「えぇじゃないか豊橋」豊橋市役所シティプロモーション推進室HP
★「ええじゃないか騒動」皇統と鵺の影人検索キーワードダイジェスト集ブログ

★「ハリストス正教会聖堂」豊橋の近代建築HP
★「ボンとらやの若女将只今奮闘中」同ブログ
★「ボンとらやの『ピレーネ』」ネットでお小遣いUP大作戦!ブログ
★「愛知豊橋 ヨシノパンのパン 反省とともに」お菓子買いにこっ!ブログ

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★「1783 【調味料類21】代替ガソリンと『赤だし味噌』・・御油赤坂

★「
1853 【保存食品48】『凍りもち』とアルプスの黄昏・・駒ケ根

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

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(関東でも仕掛けられた様ですが、ほぼ不発に終わったみたいです)


私メがサンヨネ東店へ時折(東京からわざわざ)行く理由の一つは、目の前にヨシノパンの工場が在るから。豊橋のローカル製パン会社で、ご覧の「デセール」「チーズ」の二大看板を擁してますが、ソレ以外にも謎なモンが多過ぎる!何度かご紹介してますが、行く度に違う珍しいモンがサンヨネの店内に積んであるンで、当分終わりソウも有りません。てな訳で今回は、画像中央の「フランスパン」を。と云っても少しもフランスパンじゃ無く、ドウ見たって所謂コッペパン。しかも切れ目が二本入れられ、夫々にココアクリームとバタークリームが塗って有るって、コレの何処がフランスパンじゃ・・。ま、ソレでもえぇじゃないか!




| 2014.08.06 Wednesday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
1783 【調味料類21】代替ガソリンと「赤だし味噌」・・御油赤坂


SL時代の東海道本線が急勾配を避けて敷設された為東海道の第三十六番宿「赤坂宿」には昔が結構残ってます。ご覧の「大橋屋」は東海道に唯一残る現役の旅籠で、正徳六年(1716)の建物が健在です

誠に弱った事にガソリンの値段が、全国的にまた上がってます。一リットル当たり百六十円を超してまして、一体ドコまで上がるのやら?私メの様な寄席芸人にゃ全く判らない、難しいナニかが絡んでるンでしょうナ。

私メが芸界入りする前。つまり日本全国をバイクでフラフラ走り回ってた四半世紀前は、八十円ぐらいだった記憶が有りますンで、倍に成っちまってます。物価上昇を考えれば、百二十円位なら納得出来ますが。

尤も都内に住んでるとむしろ不便ナンで、私ぁ四輪車を持ってません。精々趣味として大型スクーターに乗る位で、通勤等で車に毎日乗らにゃ成らぬ方に比べれば、影響は微々たるモン。地方の方は大変ですネ。

代替燃料の開発が進んでますし、藻からガソリンを作り出す研究も実用化まじかと聞きますンで、苦しい思いをするのもあと少し‥と願いたいモンです。ソレにしても日本って、ガソリン問題でずっと悩み続けてます。
 


御油宿と赤坂宿の間の東海道は、「御油の松並木」として国の天然記念物に指定されてます。その指定は戦争中の昭和十九年(1944)で、お蔭で二百数十本の松並木は、間一髪で掘り返されずに済んでます


二次大戦の末期。相次ぐ海戦で敗北し、制海権を失った日本は南方からガソリンを輸入出来ず、日常生活は勿論、B29を迎え撃つ戦闘機の燃料に困ったと申します。創意工夫の国ニッポンだ、代替燃料を探せ!

熟慮の結果、方々の街道筋に立つ松の木を掘り返し、ソレから油を採り出そうと云うコトに。詳しい原理は理解出来ませんが、根っ子を粉砕して乾燥させ、窯で熱すると油分を抽出できるらしく‥。さぁ松を掘り返せ!

勿論コレだけじゃ無いですが、東海道の松並木はコレで軒並み無くなったと申しますネ。処がソレは勿体ないと、今回たずねた愛知・豊川市南部の御油宿・赤坂宿の方々は考えます。合法的に回避できぬモノか?

戦争中は全て軍事優先と思いがちですが、「文化財は守る」と云う最低限の節度は有る。そこで「国の天然記念物」に指定して貰い、「御油の松並木」は現在に残ってます。賢い人が居ましたナ、感謝ばかりです。


コチラは第三十五番宿「御油宿」ナンですが、歩いてたら‥工場の中に入っちまった。いやいや確かにコレが旧東海道で、その両側が松根油の工場‥じゃ無く、中堅の醤油・味噌メーカー「イチビキ」の醸造所ナンだとか。この御油でイチビキは、安政元年(1772)に創業してます

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★明日は「東京都千代田区万世橋」への訪問記です★

(参考リンク)
★「ようこそ!豊川市へ!!」豊川市観光協会HP
★「東海道キャンペーンinあいち」愛知県観光ガイド・愛知県観光協会HP
★「豊川市 御油宿」東三河を歩こう!HP
★「旧東海道 赤坂宿」東三河を歩こう!HP
★「御油宿の松並木」写真紀行・旅おりおりHP
★「蘇る松根油‥技術の”戦争と平和”」吉備野庵ブログ

★「松根油(しょうこんゆ)を訪ねて」ハリマ化成グループHP
★「一粒の豆から広がるおいしさ。」イチビキHP

★「すぐとけるみそ」アラフォーマガジンFUWAKUブログ

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★「1469 【麺類色々103】『蒲郡ブラックラーメン』と瀬戸内みたいな海」
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★「1782 【やきそば187】天下取りの起点で『ぼてこ焼そば』・・安城」


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(ガソリンは高いし、高速料金も上がるし‥コレじゃ旅に出られません)


「松二百本で戦闘機が一時間飛べる」とされ、全国で数百リットルの松根油が造られたと聞きますが、実際それで飛んだ戦闘機は無かったとか。終戦後に米軍が試してみたところ、直ちにエンジンは焼き付いてしまったらしく‥全くナンだったンでしょうか?それより味噌や醤油を醸造してる方が、全く平和で宜しいですナ。てな訳で、イチビキさんの「すぐとける味噌」を。茶碗にコレを捻り出し、お湯を掛ければ赤だしのお味噌汁に成る便利モノ。たまに呑むのなら、赤だしも宜しうございます




| 2014.06.03 Tuesday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
1782 【やきそば187】天下取りの起点で「ぼてこ焼そば」・・安城


徳川家の天下取りの始点と成ったのが、愛知・安城市に残る「安祥城址」。室町時代中期に建てられた平山城で、徳川家三代の松平信光公が奪い取って本拠地とし、ココから三河の戦国大名に育って行きます

愛知県中東部「西三河地方」を旅してます。昨日ご紹介の知立市の次に訪ねましたのは、南隣りの安城市。「智立→池鯉鮒→知立」と知立は字が変わりましたが、ココは「安祥→安静→安詳→安城」と変わった。

両市ともに出世魚の様ですが、知立はともかく安城は「トンでもない大出世した一族」が出た街。江戸幕府を開いた徳川将軍家は、ナント安城の出身だったりする!同じ三河の岡崎市かと思ってましたが、違うらしい。

私ぁ、「権現さま」徳川家康公の亡く成られた静岡・駿府城のすぐソバで育ったモンだから、徳川サマ万歳!な講釈師ですが、よくよく考えると徳川家って‥出自が正直判らないのヨ。元は群馬の坊さんだったみたい。

徳川家のルーツとされる群馬・尾島町も、初代の松平親氏サンが移り住んだとされる愛知・松平郷も、このブログ旅日記でご報告済み。処が親氏サンも二代目の泰親サンも、本当に居たのかドウか‥確証が無い。


安城市は城址を含め、何だか公園の多いトコですナ。市役所裏の安城公園は、三河屈指の桜の名所ナンだとか。もちろん花の季節じゃ有りませんが、大雨に濡れて若葉が随分キレイ。ミニ動物園も在りました

確実に居たのが三代の信光公で、文明三年(1471)に山ン中の松平郷から出撃し、広々とした平野の真ン中に建つ「安祥城」を奪い取ったらしい。以降、四代に渡り安祥城主として力を震い、西三河を平定します。

だもんで徳川家の最も古い家臣達は、俗に「安城譜代」とか称したりします。他に岡崎時代に家臣に成った「岡崎譜代」、静岡時代に家来に成った「駿河譜代」が有ります。この譜代が全国で大名に成った訳だ。

やがて三河全てを平定する為に、東隣りの岡崎に新たな城を建ててソッチへ移り、そして浜松→駿府→江戸と、徳川家(松平家)は東へドンドン移動して行くコトに。大出世のスタート地が、この安城だったンですゼ。

後に安祥城は名古屋の織田家に奪われ、奪還の為に徳川家は静岡の今川家に助けを求め、幼い家康公は「証人(人質に非ず)」として駿府に送られる訳ですが、ココが天下取りのスタート地とは知りませんでした。


安城一の公園と云えば、もちろん「安城産業文化公園デンパーク」。何しろココは「日本のデンマーク」を大正時代に称して居た、大規模農業の先進地(でした‥今は自動車工業の街)。その関係でデンマーク風のテーマパークが在りますヨ。入りたかったンですが、洒落に成らない大雨で、自慢の風車を遠望しただけ・・。改めて訪ねたいモンでござンす

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★明日は「愛知県豊川市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「ぶらっと安城探訪」安城市観光協会HP
★「安城市中心市街地の今がまるわかり」安城まちなか情報館HP
★「安祥城」タクジローの日本全国お城めぐりHP
★「激闘、安祥合戦」史跡夜話HP
★「安祥城の戦い―戦後交渉こそが重要だった」歴史人HP
★「安城時代の松平氏」歴史の勉強HP
★「安城公園」NPO法人ingブログ
★「デンパーク」安城市文化産業公園HP
★「ぼてこ誕生50年いままでもこれからも!」お好み焼き・ぼてこHP
★「SC向け商品『ぼてこ焼そば』新発売」ぼてこからのお知らせブログ

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★「1210 【やきそば105】焼きそばと白しょうゆの街‥碧南」
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★「1781 【スイーツ118】池鯉鮒名物『大あんまき』・・知立」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」

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(今でも「安城」と「安祥」が混在してまして、余所者は面食らいます)


三河地方一帯に店舗網を広げるお好み焼き屋に、「ぼてこ」なるチェーンがございますヨ。私ぁ今まで知りませんでしたが、ココの持ち帰り専門店が「ぼてじゅう」だと聞いてあぁ知ってる。ソレなら静岡にも在ったと急に馴染み気分に成り、安城市に在る「横山本部店」へ行って参りました。実に綺麗で広いお店で、実に見事な手捌きで大鉄板で焼かれて行く「焼そば(焼きそばと呼ばないらしい)」。関西風の甘口ソースがたっぷり掛けられ、正直私メは得意じゃ有りませんが、半世紀も続く味と有ってすっかり郷土食化してるらしく、ひっきりなしにお客さんが来訪してましたネ




| 2014.06.02 Monday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
1781 【スイーツ118】池鯉鮒名物「大あんまき」・・知立


三河国の二宮「知立神社」が、愛知・知立市の市名の由来だとか。約千九百年前(第十二代景行天皇の御代)の創建とされる古社で、「熱田神宮」「三島大社」と並び、「東海道三大社」の一つと称して居られます

今更言うのもナンですが‥日本語って、ホント難しうございますナ。同じ漢字に「音読み」「訓読み」の二つが有って面倒な上に、当て字やら何やら・・と日本語を学ぶ外国人サンは、大変だろうナと思うばかりです。

尤も隣りの某半島国家に比べりゃマシで、日本語と同じ「漢字+発音文字(日本語はひらがな・カタカナ/朝鮮語はハングル)」なのに、一体ナニを考えたのか?漢字を廃しちまった結果、同音異義の言葉ばかりに。

向うの左派教員達が先日、大統領を誹謗する新聞広告を出したソウで、ソレを取り締まろうとしたら「ハングルじゃ同じ読みに成っちまう人」が大量に居て、結局捕まえられなかった様。他にも弊害が続出してる。

ソウ考えると多少難しくても、漢字が在って良かったと思う私メですが、時代によって読み方が変化したりするンで、古文を読み解く機会の多い講釈師は困っちまう。でも一番困るのは、当てられた漢字が変わる事。
 


知立は東海道の第三十九番「池鯉鮒宿」だった街で、「知立」に変わったのは明治に成ってから。東海道本線がココを避けて線路を敷いたンで、発展が遅れた様な感が‥。郊外に素敵な松並木が残ってました

今回たずねた愛知・知立市は、「ちりゅう」の読みに当てられた漢字が何度も変わって来た街ですヨ。そもそも「日本武尊(ヤマトノタケルノミコト)」サマ伝説に関わる()らしい古社、「知立神社」サマが市名の基らしい。

「智立(知立)神」を奉ってるンで、最初は「智立(知立)」だった様。処が神社の大きな池にゃ、沢山の鯉や鮒が泳いでて、コレは素晴らしいと名所に成って、「智立」が「池鯉鮒」に変わった(「知利布」元祖説も有ります)

如何に「見て来た様な」講釈師でも、ソレは無理だろうと疑いたく成りますゼ。なのに事実と云うから驚いちまう!と成ると‥鯉風さんとしちゃ、ココに興味が募るのは当然か。いざ参らん、知立だか池鯉鮒だかへ。

池鯉鮒じゃ「読みづらい」と変えた様ですが、知立だって他所者にゃ「ちたち」とか読めちゃう訳で、ドウせ読めないなら鯉の字入りで良かったンじゃ無いか・・と、境内の池の沢山の鯉を眺めながら思ってた私メです。


知立市東部の禅寺「八橋山無量寿寺」はこの季節、カキツバタで大いに賑わうとか。景雲元年(704)の開山と伝えられ、東下り中の在原業平卿がココのカキツバタを絶賛したらしいンで、きっと凄いンでしょう。なのに見ずに帰った私メは愚者で、知立の市名に文句を言えません

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★明日は「愛知県安城市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「知立を楽しもう」知立市観光協会HP
★「東海道 池鯉鮒(知立)宿」Network2010HP
★「東海道三社の一つ」知立神社HP
★「『知立』が『池鯉鮒』と書かれたのはなぜ?」中日新聞プラスHP

★「知立の昔ばなし・池鯉鮒」知立市役所HP
★「無量寿寺」知立市役所HP
★「知立名物 大あんまき」藤田屋HP
★「江戸時代からの知立名物和菓子『大あんまき』試食レビュー」Gigazine HP


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★「1210 【やきそば105】焼きそばと白しょうゆの街‥碧南」
★「1211 【野菜果物43】名門・吉良家の没落と『筆柿』‥西尾


(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(「ち」じゃ無く「りゅう」に力を入れて発音すると、地元風に成ります)


知立の名物と云えば、ソリャやっぱココが池鯉鮒と呼ばれた江戸時代から続く「大あんまき」でございましょう。餡子を幅広の皮で包んでクルクル巻いただけのモノですが、コレが妙に美味いのよ。右のが一番フツーな「大あんまき黒(黒餡)」ですが、左は珍品「天ぷらあんまき」。「大あんまき黒」に衣をつけて揚げた逸品で、ナゼ揚げちまったかは不明ですが、コレも不思議に美味しいのですヨ。カロリーは大変でしょうが




| 2014.06.01 Sunday (00:15) | 愛知三河においでん | - | - |
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