きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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1686 【麺類色々123】「にゅうめん」と二つの三笠山・・奈良市


桜井から二両編成のワンマン電車にガタゴト揺られ、たどり着いたJR奈良駅。数年前に高架の新しい駅に生まれ変わりましたが、先代駅舎(昭和九年、1934築)が観光案内所として再利用されてるのが流石ですねぇ

日本最古の道とされる、奈良「山の辺の道」沿いをブラ付いて居ります。起点は昨日ご紹介の桜井市「三輪山」の麓で、一昨日ご紹介の天理市は中間点。そして終点とされるのが、今日訪ねた奈良市「春日山」の麓だとか。

奈良市街地の東側にゃまるで壁の様に山々が連なってますが、阿倍仲麻呂サンが遥か日本を思って詠んだ句「天の原 降りさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」で高名な「三笠山」とは、この春日山のコトらしい。

ソレじゃ説明が足りませんナ、春日山が三笠山に決まったらしい・・が正しい表現に成るかナ?数年前に遷都千三百年を祝っただけ有って、悠久の時の流れが奈良にゃございますヨ。東京は勿論、京都だって勝てません。

長い年月が流れると「モノの名前」は変わったり、入れ替わっちまうモノらしい。秋に鳴く虫の「松虫」と「鈴虫」が昔は逆だったのが有名ですが、まほろばの奈良県じゃ、山の名前が流転してたとか。二つの「三笠山が在るのヨ。


この寒い時期に春日山へ行くのが面倒に成り、奈良中心街で油を売ってた私メ。こちらは近鉄奈良駅前の「東向(ひがしむき)商店街」で、東隣りは興福寺。昔は建物がお寺の方ばかり向いて建ってたンで、ソウ呼びます

「若草山(342m)」と「春日山(282m)」の両山が、興福寺やら東大寺やら春日大社やらの世界遺産群の東側に聳えてます。若草山は毎年一月に山焼きをするンで有名ですが、笠が三つ重なってる様に見えるから「三笠」。

いやいやソウじゃ無い、古くから霊山として知られた春日山の別名が「御蓋(みかさ)山」で、コッチこそが仲麻呂さんの詠んだソレだ・・と云う説も。混同が著しかったのは江戸時代だソウで、当時は若草山説が主流だったとか。

都が去って約千年、既に何だか判らなく成っちゃってたンでしょうナ。私ぁ正直ソレより「どら焼きをナゼ三笠山と呼ぶのか」の方が興味深いンですが、この長年の論争は国により、昭和十年(1935)に決着が付けられるコトに。

皇室に「三笠宮」家が創設される事に成りまして、ソコで真剣に調査したンでしょうネ。春日山が正しいと結論が出ましたが、「お髭の三笠宮殿下」が亡く成られて早や二年。三笠山を望む興福寺へ、思わず詣でた私メです。



東大寺のシンボルが大仏なら、興福寺のシンボルは「日本で二番目に高い」「国宝&世界遺産」の五重塔。コレは応永三十三年(1426)に再築されたモノで、この塔からなら春日山も良く見えるでしょうネ。本当に見事!

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★明日は「奈良県奈良市ならまち界隈」への訪問記です

(参考リンク)
★「深!発見 なら」奈良市観光協会HP
★「古都奈良の魅力に包まれる」法相宗大本山 興福寺HP
★「興福寺の伽藍 五重塔(国宝)」法相宗大本山 興福寺HP
★「旧JR奈良駅舎がリニューアル『奈良市総合案内所』」奈良に住んでみましたHP
★「都大路ひがしむき」奈良市東向商店街協同組合HP
★「三笠の山に出でし月かも」奈良文化財研究所HP
★「万葉の景色 御蓋(三笠)山」奈良新聞HP
★「奈良の郷土料理:にゅうめん」伝統野菜・地方野菜HP
★「三輪素麺や本葛餅を店内でイートインできます 奈良銘酒処もも太郎」ウーマンライフHP

(関連する記事)
★「096 【講談の舞台01】もとの黙阿弥・・生駒市」
★「382 【麺類色々19】小十郎はうーめんを食べたのか?」
★「796 【お米料理55】鹿しか居らン東大寺と『柿の葉ずし』」
★「797 【保存食品18】ほんまモンの『奈良漬』と茨城出身の御神鹿たち」
★「998 【麺類色々60】青丹よし奈良の名物『びっくりうどん』」
★「1609 【麺類色々114】黒壁スクエアと『鯖そうめん』‥長浜」
★「1675 【麺類色々121】巨大宗教都市と『スタミナラーメン』・・天理」
★「1676 【名物パン178】『パピロ』と日本最古の神社・・桜井」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(東京にゃ迎賓館位しか国宝建築が無いンで・・全く羨ましい限りです
)

三輪で食べられなかった「にゅうめん」でしたが、JR奈良駅構内の「もも太郎」と云う銘酒販売店のイートインスペースで、暖かいのを戴きましたヨ。私メら東夷は「うーめん?」と思っちまいますが、別の麺類らしい・・。何でも麺からして違うらしく、にゅうめん(煮麺)にする西日本の素麺は油を塗って延ばしますが、うーめん(温麺)用の宮城県のソレは油を使わンとか。お汁も違うンで、確かに別の麺類ですナ。サッパリなのに暖まります




| 2014.03.08 Saturday (00:15) | 奈良は国のまほろば | - | - |
1684 【名物パン178】「パピロ」と日本最古の神社・・桜井


桜井市に聳える「三輪山(467m)」が、日本最古の神社「大神(おおみわ)神社」の御神体だったりします。江戸時代以前は「神宿る山」として入山が厳しく規制され、現在でも「山内で見た事は語るべからず」とされてますヨ

まほろばの奈良県を訪ねて居ります。日本最古の道「山の辺の道」の南半分を歩こうと勇んで乗り込んだモノの、スタート地に選んだ天理市に聳える「天理教の神殿」の巨大さに圧倒され、歩く気力が失せちまった私メです。

新宗教・新興宗教が悪いとは断じて申しませんが、ドウしてあんなに巨大な建物を造りたがるンだろう?ナニも建築規模の大小で、教義の鼎の軽重が問われる訳でも有るめぇに。特に最新のソレは胡散臭いのが多くって・・。

十派一絡げに「胡散臭い」と片付けるのも乱暴ですが、流石に草臥れましたンで・・そうだ!古いモンを見に行こう。しかも思いっきり古いトコに行って、この知恵熱を冷やそうと向ったのが、山の辺の道の終点「大神神社」。

ココは半端な古さじゃ無い。「大和国一宮」なだけじゃ無く、ナント「日本最古の神社」と云う肩書きまで付く古社ですヨ。日本神話の時代の創建で、少なくとも有史以前から在ったとされてますネ。余りに古過ぎて誰一人判らン。


三輪山自体が御神体ですから、大神神社にゃ御本殿がございません。この拝殿から山頂を仰ぎ見る、極初期の神道形式が今でも維持されてますヨ。三輪山より大きな御神体を持つ、新宗教・新興宗教は滅多に有るまい

未だに所在場所が特定されてませんが、畿内説じゃ「邪馬台国」は大神神社のすぐ傍の「纏向(まきむく)遺跡」だったとされてまして、本当にソウだったら・・女王卑弥呼はココら辺に居た事に成りますネ。ソレが本当ならば。

邪馬台国はともかく・・大和盆地の東端に聳える三輪山は、ドウやら縄文時代から崇拝されてた様で、その麓で大和朝廷が始まったのは事実らしい。確かに周囲は巨大古墳や陵墓だらけ・・ココは日本と云う国の故郷ですヨ。

神社だけじゃ無い!門前町「三輪」は古代「海柘榴市(つばきち)」と呼ばれ、ナント「日本最古の市」だとか。つまり繁華街とでも言えば宜しいか?創始期の大和朝廷の玄関口として、ココが古代シルクロードの終点だった訳だ。


歴史浅き東京から来た私メにゃ、コリャ想像を絶する悠久さ!関西は古いモンがドコに行っても多いですが、「特に古いモン」はやっぱ奈良県。古く見せかけてるンじゃ無く、ホントに古いモンは重みが有ると安心出来ますネ。


「海柘榴市」時代のモンは流石に古過ぎて・・全く在りませんが、三輪の街は伊勢街道の宿場としても栄えた様で、結構整った街並みが残ってます。あぁコレが関東だったら大観光地なのに、エラク閑散として勿体無いです

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★明日は「奈良県奈良市」への訪問記です★


(参考リンク)
★「ひみこの里・記紀万葉のふるさと」桜井市役所観光課HP
★「ようこそ三諸の神奈備 三輪山へ」大和国一之宮三輪明神 大神神社HP
★「入山登拝の注意事項」大和国一之宮三輪明神 大神神社HP
★「大神神社と古代史ミステリー、邪馬台国の卑弥呼と・・」奈良発・Roadsterのブログ
★「大神神社と大和三山」古代文化研究所ブログ
★「桜井市三輪の町並み」古い町並みを歩くHP
★「古代の盛り場、海柘榴市」ブックハウスHP
★「杉玉の里みわのまちづくり」NPO法人 三輪座HP
★「マルツベーカリー@桜井」ふじこの散歩日記ブログ

(関連する記事)
★「096 【講談の舞台01】もとの黙阿弥・・生駒市」
★「141 たまにはウダウダしてみませんか」
★「142 百万石の城下町・大和郡山」
★「796 【お米料理55】鹿しか居らン東大寺と『柿の葉ずし』」
★「797 【保存食品18】ほんまモンの『奈良漬』と茨城出身の御神鹿たち」
★「909 【揚げモン35】大和郡山城と『駅前ころっけ』」
★「910 【やきそば57】『スタミナ焼きそば』と京都より凄い今井町」
★「998 【麺類色々60】青丹よし奈良の名物『びっくりうどん』」
★「1383 【麺類色々94】『かすうどん』と凄まじい歴史の集積・・藤井寺」
★「1675 【麺類色々121】巨大宗教都市と『スタミナラーメン』・・天理」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(御神体の大きさなら、富士山を仰ぐ静岡の『浅間大社』が日本一です
)

三輪からJR桜井駅まで、一駅分歩いて移動!ま、本来はその十倍ほど歩く心算だったンで、この程度は大した事有りませんでしたが・・処が桜井駅に着いたらば、やっぱ多少は疲れたのか?身体が甘いモンを欲してますヨ。ならばと参りましたのが「マルツベーカリー」と云う、昭和二十三年(1948)創業の老舗パン屋さん。名物は食パンで餡子を挟み、ソレを油で揚げた「アンフライ」と、練乳クリームが注入された甘〜い菓子パン「パピロ」。何れも昔から親しまれて来たモンらしく、懐かしく思う人は多いソウですヨ




| 2014.03.07 Friday (00:15) | 奈良は国のまほろば | - | - |
1683 【麺類色々122】巨大宗教都市と「スタミナラーメン」・・天理


コレが天理教の総本山()、「教会本部の神殿」でございます。厳密に云うと「甘露台」を取り囲む東西南北の礼拝所だソウですが、詳しいコトは判りません。ソレにしても新宗教って、ドウして建物が巨大ナンでしょうか?

一体全体ドウ云う風の吹き回しか?天理教の教会本部の在る、奈良・天理市へ来ちまった私メでございますヨ。予め断って置きますが、私ぁココの信者じゃ無いですし、今のところお仕事や利便を頂戴したコトも無いですネ。

神道・仏教のみならず、耶蘇でも回教でも親しくして下さるトコとは御付合いしますし、新宗教も新興宗教も決して否定致しません。ただ無理に勧誘して来るトコは等しくお断りで、直ちに大キライに成っちまうと云うスタンスです。

せっかく奈良県へ来たンで「山の辺の道でも歩こうか」と、道の中間に在る天理をスタートに選んだだけ。ココは本来ならば「山辺(やまのべ)市」に成ってた筈と聞きます。「山の辺の道」は日本最古とされる、大和時代の道。

天理駅の観光案内所で「道まではアーケードを通って行け」と教わり、長く続くソレを歩き抜けますと・・イヤハヤ凄ぇ建物が見えて来る。途轍もなく巨大な、そして豪勢な・・成る程コレが噂に聞く「天理教本部の神殿」ですか。


神殿北側に在るのが「教祖殿」で、天理教を始めた「教祖(おやさま)の中山みきサン」を祀ってらっしゃるとか。明治二十年(1887)に亡くなられた方で、詳しく存じませんが・・天理教は天保九年(1838)に始まった様です

いやいやココが天理教の街だと云うのは、駅を出た段階で判ってましたヨ。何しろ背中に「天理教」と書かれた半被を着た女性が、駅前で謳う様にナニか唱えてましたし、半被の着用者がアーケードのアチコチに居ましたしネ。

不思議なコトに半被組は若い男女が殆どで、新宗教に目立つ中高年は少なく、新興宗教に在りがちな危うさも無い。オウムがテロを起こす前、富士山麓で信者達と遭遇したコトが有りますが、目が行っちゃってましたモン。

ココの半被組は溌剌としてると云うか、妙に楽しそうで・・聞けば教義は「陽気ぐらし」だとか。ソレだけじゃ無いでしょうが、何しろ私ぁ全く判ってませんので。取り敢えず「仏教でも神道でも無い」と、神殿で教えて貰いましたが。

信者外でも良いと云うンで、神殿に上がって信者の方々のお祈りを拝見させて戴きましたが、何だか上半身だけで踊ってるみたいで・・面白がってちゃ駄目ですネ。判らん事だらけで圧倒され、道歩きをパスした私メでした。


神殿を中心に、市内アチコチにこんな感じの巨大ビルが沢山建ってます。その殆どは各県・各教区ごとの宿泊所「詰所」だソウですが、ココは違って「天理よろづ相談所」。何を相談するかと云えば、ナント奈良県随一の総合病院だとか・・。「病む人の『陽気ぐらし』を目指す」病院で、もちろん信者外でも診て下さるそうナ。やっぱりお医者さんも、信者さんなのかな?

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★明日は「奈良県桜井市」への訪問記です★


(参考リンク)
★「てくてくてんり」天理市観光協会HP
★「おかえりなさいの町・天理」天理教HP
★「『からだ』『くらし』『こころ』に目を向けた全人医療」天理よろづ相談所病院HP
★「天理教の巨大な『神殿』へ行ってみました」奈良に住んでみましたHP
★「宗教都市『天理市』の建築物見物」奈良に住んでみましたHP
★「宗教都市潜入記」バスde温泉HP
★「山の辺の道()コース」天理市観光協会HP
★「天スタ」天理スタミナラーメンHP
★「『天理スタミナラーメン』を、自宅で完全再現!」ロケタッチ新聞HP

(関連する記事)
★「096 【講談の舞台01】もとの黙阿弥・・生駒市」
★「142 百万石の城下町・大和郡山」
★「796 【お米料理55】鹿しか居らン東大寺と『柿の葉ずし』」
★「797 【保存食品18】ほんまモンの『奈良漬』と茨城出身の御神鹿たち」
★「909 【揚げモン35】大和郡山城と『駅前ころっけ』」
★「910 【やきそば57】『スタミナ焼きそば』と京都より凄い今井町」
★「998 【麺類色々60】青丹よし奈良の名物『びっくりうどん』」
★「1459 【やきそば148】宗教大弾圧と『スープ焼きちゃんぽん』‥亀岡」
★「1569 【名物パン161】『三角パン』と流転する地名・・北本」

(鯉風のお仕事)
★「日本全国へ、『出前講談』にお伺い致します」
★「『フルオーダー講談』を作ってみませんか?」

(改めて申し上げますが、私ぁ無理に勧誘して来る宗教は大キライです)

天理の街にゃ屋台から始まった「天理ラーメン」と云う、実に濃厚でエラク辛いご当地ラーメンが昔から有りますヨ。寒風吹くお天気でしたンで、内側から身体を温めようと食べれるトコを探したンですが、天理教本部近くに在ると云う屋台は・・屋台だから夜からなのネ。ドウしても時間が合わず、天理じゃ食べられなかったンでスーパーで買ったチルド版でご勘弁を。私メの住む東京・板橋区にも「蒙古ラーメン」と云う凄まじく辛いのが有りますが、ソレに匹敵する強力さですナ。チルド版はマイルドな様ですが、お店で食べるとドレほど辛いンだろう?思わずムセってしまった私メでした




| 2014.03.06 Thursday (00:15) | 奈良は国のまほろば | - | - |
998 【麺類色々60】青丹よし奈良の名物「びっくりうどん」


全国の春日神社の総本宮にして、世界遺産の「春日大社」の幣殿。コレより奥の国宝「本殿」は撮影禁止で、神罰が恐いンで大人しく従った私メ。ココは平城京への遷都と同時に造営された、藤原家の氏神です

奈良市へ参った私メでございます。数年前の「平城遷都千三百年」騒動もトウに終わり、すっかり落ち着いた雰囲気で好ましい古都ですが、ソレでもやっぱり昼間は修学旅行の学生が‥喧しい事。気持ちは判るけど、少し落ち着け!

奈良市に前回参った時は、連中が動き始める前の朝方に奈良公園辺りを散策し、「鹿以外、誰も居らんネ」とウハウハしとった私メですが、今回は残念なコトにお昼時。うわぁ団体が沢山、ギャーギャー騒ぎながら移動してますゼ。

ま、傍から見れば私メだって他所から来た喧しい旅行者ナンですが、修学旅行から逃げる様に裏道をクネクネ廻り、やがて辿り着いたのは春日大社の本殿前。ココにも学生達は居るけれど、雰囲気に圧されてか?静かなモンだ。

平安時代に栄華を極めるコトに成る藤原一族が、政治の実権を握りましたのがココ平城京。青丹よし奈良の都の東はずれに、関東の鹿島・香取の両神宮から藤原家の氏神として神様(春日神)を分祀して貰ったのが、元々だとか。


「春日大社の御神鹿と御灯篭を、全て数えられたら出世する‥」てな言い伝えが奈良にゃ有ると、私メら寄席の芸人は高座で申しますが‥ホントかねぇ?ま、確かに灯篭は数え切れン位に沢山建ってますけど‥

奈良公園に無数に居る御神鹿も、鹿島神宮の神様が茨城県から連れて来た鹿でして、そう考えると鹿サン達は私メらと同じ東夷か!。ソレに京都と違い、奈良は同じ古都なのに少しも気取っとらんから、実に気楽で居られます。

ですが歴史の年輪とは恐ろしいモノで、吃驚しちまうモンが沢山在って面食らう。世界遺産たる春日大社は鬱蒼とした原始林に囲まれてて、その静粛さと神々しさに、私メらも完全に圧せられちまう。この雰囲気は東京にゃ無いヨ!

一体幾つ有るのか見当つかン灯篭群もソウですし、信号無視して我が物顔で歩き回る鹿サン達にも、東夷はやっぱり吃驚しちまう。ソレだけじゃ無い。JR奈良駅と近鉄奈良駅との間に、突然「天皇陵」が在ったりして吃驚仰天!

今から二千数百年前の、第九代「開化天皇」陛下のお墓だソウです。もはや神話世界ですが、兎に角ココがソウだとされてますヨ‥。幾らナンでも辺羅棒なお話だネと、その近くで「びっくりうどん」を啜りながら吃驚してた私メです。


奈良市の繁華街・三条通りに突然在る、「開化天皇陵」。実在が疑われてる帝ですが、こうしてお墓が在るンだから‥居たンかなぁ?御本名は「日本根子尊(やまとねこのみこと)」様でして、妙に可愛いいンで吃驚!

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★明日は「静岡県磐田市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「奈良は歴史のテーマパークです」奈良市観光協会HP
http://narashikanko.or.jp/index.php
★「護り伝え続ける日本の心」世界遺産 春日大社HP
http://kasugataisha.or.jp/
★「春日大社『中元万灯篭』は大混雑でした!」奈良の寺社観光ガイドHP
http://small-life.com/archives/08/08/1420.php
★「奈良市中心部にある天皇陵『開化天皇稜』」奈良の寺社観光ガイドHP
http://small-life.com/archives/08/08/1921.php
★「奈良名物 びっくりうどん」三好野HP

http://love-nara.com/store/udon/bikkuri/

(関連する記事)
★「796 【お米料理55】鹿しか居らン東大寺と『柿の葉ずし』」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=867

(この後、土砂降りに遭いまして‥まぁ又来れば良いと撤退した私メでした
)

奈良・三条通りにゃ「びっくりうどん三好野」と云う、吃驚する様なうどん屋サンがございますヨ。看板メニューのびっくりうどんは麺が二玉と多いのに、ナント二百五十円と云う吃驚値段でして‥学生時分に何度か食べに行った事が有りますヨ。今回、お昼時の奈良を訪ねる事に成ったのは、この三好野サンに十数年ぶりに行きたくなったからで‥昔はアッと云う間に食べ終えて、お替りを頼もうかと云う勢いだったのに、流石にオッサン化した現今の私メじゃ‥一人前食べ終えるだけで精一杯でした




| 2012.06.26 Tuesday (07:29) | 奈良は国のまほろば | - | - |
910 【やきそば57】「スタミナ焼きそば」と京都より凄い今井町


奈良・橿原(かしはら)市に在る、国の重要伝統的建造物群保存地区「今井町(いまいちょう)」。重文十二棟を初め、江戸時代からの建物がウジャウジャ在って「唖然」の一言!私ぁ時の経つのを全く忘れて居りましたヨ

某氏から以前「奈良の今井と云うトコに、鯉風さん好みの古くて凄い街並みが在る」と教えて貰った事が有ります。「そいつぁ見に行きたいネ」と思ったモノの、今井がドコに在るのか判らない。そんな名前の自治体を聞いた事無い。

ソレっ切りに成ってたンですが、先日ヒョンな事から今井の場所が判りましたヨ。奈良県第二の都市「橿原市」に在るらしい。橿原って云うと‥高松塚古墳を手掛ける「橿原考古学研究所」の在るトコだな。てぇ事は‥大和八木駅か。

関西圏の方ならお判りに成られると存じますが、近鉄電車にソウ云う名前の駅が有る。ココで近鉄の本線同士が上下十字にクロスしてまして、乗換えで何度か使った事が有る。関東だと秋葉原が似た様な上下十字のクロス駅。

今井町はソコの一つ南の「八木西口」なる駅から歩いて行けると知りまして、どうせ大和郡山まで来た(昨日ご紹介済み)ンだしと、至って軽い気持ちで足を伸ばしたンですが‥。いやはや魂消た!日本にこんなトコが在ったンだ!


今時期は日暮れが早いンで、気が付きゃ辺りは真っ暗‥。ですが作りモンばかりの他所と違い、本物が揃った今井町は日が暮れるとコレまた素晴らしい趣き。不審者に間違われぬ程度に、ウロツキ廻った私メです

特に有力な大名が居らず、国中がメチャクチャに乱れていた戦国時代の大和国(=奈良県)。頼れる領主が居ない以上、同じ信仰に生きる者同士が集結するのは仕方無い。浄土真宗の門徒達はココ今井に集まってお寺を作った。

ソレは環濠集落から寺内町に発展し、敵を防ぐ内に資財を蓄え、遂には要塞都市に大進化!そして天下を狙う織田信長公と対立するまでに先鋭化し、激しい攻防戦が繰り広げられた末、武装放棄と引き換えに自治権を獲得した。

こんな自治権が認められたのは「堺」と「今井」位だったソウで、ナント江戸時代末まで約三百年間、ほぼ完全な自治権を町衆が持ってたってンですから吃驚仰天!独自紙幣の発行までしてたってンだから、独立国みたいなモンだ。

そのプライドが邪魔して明治以降は衰退し、すっかり朽ち掛けてた街が高度成長期に成って「再発見」され、只今はかなり整えられた様ですが、ホント凄い!としか言い様が無い。京都より遥かに凄いと声を大にして叫びたいです。

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★明日は「京都市伏見区」への訪問記です★

(参考リンク)
★「歴史と出会う都市かしはら」橿原市観光協会HP
http://www.kashihara-kanko.or.jp/
★「かしはら探訪ナビ 今井町」橿原市役所HP
http://www.city.kashihara.nara.jp/kankou/own_imai/kankou/imaichou/
★「町屋リフォーム支援−橿原・今井の町並み保存」奈良新聞WEB HP
http://www.nara-np.co.jp/20110927091815.html
★「橿原スタミナラーメン」食べログ奈良HP
http://r.tabelog.com/nara/A2903/A290302/29000822/

(関連する記事)
★「目次 【やきそば】シリーズ」
http://rifuh.jugem.jp/?cid=33

(白川郷じゃなく、本当は今井町が世界遺産に成る筈だったらしいンですが
)

夕暮れの今井町を歩き廻ってたのは、コレを出すお店の開店を待ってたから‥な面が大きいンヨ、何しろジッとしてると寒いンでねぇ。今井町近くのラーメン屋さんの「橿原スタミナ焼きそば」。少しも麺を焼いて無いンでチョット違う様な気も致しますが、お店が焼きそばと言い張る以上、コレも確かに焼きそばだ。湯切りした茹で麺に、キムチベースの野菜炒めを掛けただけナンですが、コレがピリ辛で美味い!待った甲斐が有った




| 2012.04.02 Monday (08:03) | 奈良は国のまほろば | - | - |
909 【揚げモン35】大和郡山城と「駅前ころっけ」


(少し前の訪問記です)近鉄郡山駅ソバに建つ「郡山城(雁陣之城)」。前回訪ねた時は大変な雷雨でじっくり見物出来なかったンですが、今回は寒〜い以外は大して問題なく、百万石の城内をブラブラさせて貰いました

奈良県北部の城下町・大和郡山市へ行って参りました。私ぁ何度もココを訪ねて居りますが、郡山と云えば福島県の方ばかり最近心配してまして、奈良県の方は久し振り。奈良の大仏サンと法隆寺との真ン中辺りに在る市です。

人口は奈良の郡山が九万弱、福島の郡山が三十三万強とだいぶ差を空けられてますが、本来郡山と云えば‥かつて百万石の城下町だった奈良の方を指すのがフツーで、福島の方は奥州街道の単なる宿場町。格が違いますゼ。

処が明治初期、日本初の近代国家事業「安積開拓」実施により、全国の失業士族が移り住んで人口が急増し、福島の方は大正時代に市に成っちまった。一方、奈良の方は市制施行が戦後ですから、「大和」を付け区別させられた。

悔しかったでしょうナ、奈良の人達は。でもJRの駅名は両方とも「郡山駅」でして、東京で「郡山まで」と切符を買うと福島の方を問答無用で出して来ますが、中間の名古屋辺りで買おうとするとドッチの方が出て来るンでしょうか?


郡山城本丸跡に、「江戸時代最大の出世を遂げた男」柳沢吉保公を祀る「柳澤神社」がございます。吉保公は川越や甲府のお殿様でしたが、跡継ぎの吉里公の代に郡山に転封され、柳沢家は幕末まで続いてます

前回参りました時にもご紹介しましたが、ココは太閤殿下・豊臣秀吉公の唯一のご実弟にして、「豊臣家の大番頭」豊臣秀長公が百万石で治めて居た一大城下町。その際、本丸天守台建築の為にムチャな手段を取った事で有名。

急いで作ったンで、石をチャンと切り出して来る暇が無く、大和国(=奈良県)各地から「既に何かに使ってる石」を無理やり徴発して転用した。平城京の羅生門の礎石やら、ドコかのお地蔵サンやら持って来て、石垣に使ったらしい。

ソレが見たくて天守台まで参ろうとしましたら、同じ本丸内の神社の前に、大きな石柱が立ってる。えぇと「旧川越藩主柳澤美濃守吉保公」‥って、入学試験問題と私メの意見の合わなかった高校の在る、埼玉・川越城の殿様だ。

トンだ処で知ってるお名前に出くわしました。豊臣家滅亡の後、吉保公の倅サンがココの藩主に成られた事は知ってましたが、まさか直接関係の無い吉保公をこうして祀って在ったとは‥。講談じゃ悪党扱いですがお幸せですネ。


一体ドコから持って来たンでしょうか‥このお地蔵サンは。可哀相に頭を下にした状態で、築城以来四百数十年ずっと天守台を支えて来られた訳ですナ。神罰・仏罰を恐れぬのが戦国時代と云えばソレ迄ですが

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★明日は「奈良県橿原市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「ようこそ、大和郡山市へ‥。」大和郡山市観光協会HP
http://www.yk-kankou.jp/
★「大和郡山城」ザ・登城HP
http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/kinki/c-1-3-6-13-siro-KOORIYAMA.html
★「柳澤神社〜柳沢吉保を祀る社」古都の礎ブログ
http://ameblo.jp/rrerr/entry-10440384972.html
★「コロッケのはやし」DEEP NARA&究極の一品 HP
http://www3.kcn.ne.jp/~s-heads/dog/deep/hayashi.html

(関連する記事)
★「142 百万石の城下町・大和郡山」
http://rifuh.jugem.jp/?eid=146

(天守台石垣にお地蔵サンが使われてるのを見ましたが、ナンか不思議です
)

大和郡山に来て、コレを食べずに帰るのは詐欺同然だそうナ。近鉄郡山駅の目の前に在る「ころっけのハヤシ」さんで、コロッケとハムフライ。このコロッケは余程ジャガイモを掻き回してると見えて、実にクリーミーでネッチョリとしてます。ソレを学校帰りの高校生達が口に咥え、近鉄電車に乗って帰る。ホント有意義な高校生活してて、チョット羨ましいです




| 2012.04.01 Sunday (08:25) | 奈良は国のまほろば | - | - |
797 【保存食品18】ほんまモンの「奈良漬」と茨城出身の御神鹿たち


奈良公園には当然の様に鹿が居る、いや「御神鹿」と申し上げなくちゃ成りませんナ。何しろ神様のお使いですンで、危害を加える阿呆は居りません。だからか?ホント呑気極まりなく、楽しそうに遊んで居りました

東日本大震災の被災者の方々に、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早く復興成ります事を期待してます。今はカラ元気を出して乗り切ろう

朝の奈良散策は続きます。前回ココに参りました時にも、私ら寄席芸人が高座で良く使う「奈良名物の羅列」をご紹介申し上げましたが、もう一度書かせて貰います。「大仏に鹿の巻き筆・奈良晒し、春日灯篭・街の早起き」です。

高座だとソレの解説・講釈をし、「私メらも多少は知識がございます。馬鹿じゃ寄席芸人は出来ません、でも利口な奴はやりません」と語る事が多いンですが、今回は略させて貰います。寄席や講釈場まで聞きに来て下さいませヨ。

但し一つ位は講釈致しますと、「奈良の鹿は関東出身」と高座でやりますネ。ナンでも凄まじい昔に、日本三神宮のお一つ「鹿島神宮」の神様が奈良へお出でに成られた事が有ったンだそうナ。鹿島神宮は茨城・鹿嶋市に在ります。

その時にお供として連れて来た御神鹿が、平城京・奈良に驚いて行方不明に成っちまったらしく、仕方なくなく残されたのが「奈良の鹿」。だから彼らには茨城の血が入り、「奈良の鹿は茨城弁で喋ってるンだっぺ」と申し上げます。


奈良市の中心部に位置する「猿沢池」。後背は法相宗の総本山「興福寺」でございまして、その五重塔(国宝)が水面に写って居りますナ。ココも昼間に成ると観光客で溢れますが、朝は通勤通学の人だけですヨ

実際そう云う伝承が伝わってるらしく、私メらがあながち法螺ばかり吹いてる訳じゃ有りませんが、この御神鹿は面倒な様です。奈良中心部に住んでると、夜の内に御神鹿が勝手に庭に入り込んでしまう事が有ると聞きました。

でも相手は御神鹿。叩き出す訳にも行かないンで、「お願い、出てって」と優しく押し出すしか無い。お陰で学校に堂々と遅刻出来たり‥と某お寺サンで教えて貰いましたヨ。ま、そう云う理由じゃ先生側も怒れないンでしょうが‥。

何年か前、日没後の奈良公園を散歩してて、真っ暗な木陰で鹿が何匹も寝てるのを見て驚いた事がございます。でも地元の人は別段驚くコトも無く、ソレをフツーの風景として通り過ぎるのみ。ココら辺が都の矜持ナンでしょうナ。

他にも広島・宮島とか、御神鹿が当り前の顔して動き廻ってるトコは在りますが、その多くは鹿も含めて世界遺産。大都市じゃ無いから出来るコトでしょうケド、赤信号でも堂々と渡っちまう御神鹿を見て、妙に嬉しかった私メでした。

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★明日は「東京都江戸川区一之江」への訪問記です★

(参考リンク)
★「奈良公園へようこそ」奈良県庁土木部まちづくり推進局HP
http://nara-park.com/
★「奈良公園一帯は、鹿たちや野菜動物の生息地です」奈良の鹿愛護会HP
http://naradeer.com/
★「奈良の鹿について」春日ホテルHP
http://www.kasuga-hotel.co.jp/event/shika/shika.htm
★「奈良土産には奈良漬をどうぞ」今西本店HP
http://奈良漬.com/
★「奈良漬・今西本店」奈良の情報サイト・奈良っこHP
http://www.narakko.com/tokusyuu/naraduke/imanisi.html

(関連する記事)
★「095 続いて東大寺に行ってみたのヨ
http://rifuh.jugem.jp/?day=20100211

(リニア新幹線の奈良駅は、ドコに出来るンか?ドコ掘っても遺跡だらけだし
)

奈良と云えば「奈良漬」ですが、この今西本店の奈良漬はフツーのとは全く違う。何しろ漬け込み期間が数年から十数年!ほんまモンの手作りで、味わいが強過ぎて、切ってから食べれるまでに数日掛かります。放送作家の「わぐりたかしセンセ」に教えて戴きましたが、実にスゴイ!




| 2011.12.16 Friday (07:34) | 奈良は国のまほろば | - | - |
796 【お米料理55】鹿しか居らン東大寺と「柿の葉ずし」


朝はイイなぁ(と云っても八時頃ですケド)。昼間だと修学旅行や観光客ばかりでナニかと喧しい東大寺も、見渡す限り‥う〜む鹿しか居らんナ。人っ子一人見当たりませんで、心地よく調子よく散策させて貰いました

東日本大震災の被災者の方々に、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早く復興成ります事を期待してます。今はカラ元気を出して乗り切ろう

関西は実に羨ましい。ナニが羨ましいって、かつての都が幾つも在る。いや大和朝廷が成立して以来、関西以外に都が置かれた事は無い(臨時のは除く)。只今の「首都・東京」も、厳密には法律上の根拠が無いと云う説も在る。

立場によって「そんなモンが沢山在った所為で、新規開発が簡単に進まンで困るわ!」と云う方も居られましょうが、隣の芝生が青く見えるのはドコでも一緒。鎌倉ぐらいしか古いトコの無い関東住人として、関西は実に羨ましいネ。

「平安京」京都と「平城京」奈良。「気位が高くて押しが強くて商売気溢れる」京都と、「地味で引込み勝ちで愛想の悪い」奈良。てな印象が私メら東夷には有りますが、実際はドウなんでしょうか。何れにしろ、畏れ多い事ばかり。

「奈良の方が凄いやろ。▲▲跡ばかりで、鹿も元気良ろしうおますなぁ」と云う、京都側からの最強の嫌味を以前聞いた事が有りますが、奈良って実に勿体無い。東京に少し分けて貰えたらば、京都以上に大活用して見せるのに。


旧暦二月に「修二会(しゅにえ、いわゆる『お水取り』)」の行われる東大寺二月堂も、朝だったらご覧の通り誰も居らン。静寂そのモノで、私メの汚れ切った心も洗われる様。この建物は国宝で、十七世紀に再建された

でも奈良の方が凄いと思う事が、正直多々有る。京都の誇る伝統文化の「雛形」とでも言えば良さそうなモンの殆どは奈良に有るらしく、京都では格式ばったモノやイベント化されたモノが、奈良じゃフツーのコトとして扱われてる。

無論、門外漢が勝手に判定する訳にゃ参りませんし、文化の価値に優劣ナンか付けられるモンじゃ無いし‥。穏当な結論としては「両方とも凄い!あぁ羨ましい」てぇのが宜しいンでございましょうナ。ホント羨ましい、住みたい位。

私ぁ寄席芸界の伝統に従って早起きは大苦手ですが、古都を散策するのは朝に限ります。観光客がホテルや旅館で朝食使ってる時間は、大声で説明するガイド嬢やキャーキャー騒ぐ女子高生が居らンので、実に静かで良い。

京都ならば「鐘の音」や「お経の声」が聞こえるンでしょうが、ソレ程お寺の密集して無い奈良で専ら聞こえるのは「鹿の鳴き声」。偶に行き交う人は通勤途中の地元民だけで、東大寺界隈を独り占めした様な気に成ってた私メです。

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★明日も「奈良県奈良市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「深!発見なら」奈良市観光教会公式HP
http://narashikanko.or.jp/index.php
★「東大寺」華厳宗大本山・東大寺HP
http://www.todaiji.or.jp/
★「東大寺二月堂修二会」華厳宗大本山・東大寺HP
http://www.todaiji.or.jp/index/hoyo/syunie-open.html
★「心が響きあう伝統の味」柿の葉ずし本舗たなかHP
http://www.kakinohasushi.co.jp/

(朝早かったから?大仏殿に入れなかったのが残念。今度は昼に来ましょう
)

奈良の朝の名物と云えば勿論「茶がゆ」ナンでしょうが、アレってお持ち帰りの出来るトコが無いンですヨ。仕方無いンで「柿の葉ずし」に成りましたが、あぁ寒い!だからと云って「鹿せんべい」なんか食えないし‥ネ




| 2011.12.15 Thursday (08:15) | 奈良は国のまほろば | - | - |
142 百万石の城下町・大和郡山


郡山城。生憎この日は悪天候でして、この後ズドーンと雷が落ちました

日本の歴史上、百万石の大々名と云う方は意外に多いンでございますが、恐らくその中で一番マイナーな方は豊臣秀長公だと思うンでございますヨ。あの大坂城の太閤秀吉公の唯一の弟サンで、豊臣家の云わば大番頭格。

秀吉公の覇業ほぼ全てに参画し、副総司令官として大軍を指揮し、戦さで負けた事が無いと云う名将ナンですが、ナゼか殆ど知られて居りませんナ。秀吉公の血縁の中で一番優秀な人ですが、歴史には殆ど出て来ません。

堺屋太一センセ曰く「忠実な補佐役で有り過ぎた」ソウですが、兄チャンと一心同体・二人でコミの扱いで、功績は全て兄チャンのモノとされてます。しかも兄チャンより少し早死に致しまして、子が居なかったンで断絶してる。

私ぁ静岡の育ちで当然「徳川さま万歳!!」ナンですが、敵とは云えこのお方だけは妙に気に成りまして、一時真剣にこのお方の足跡を辿ったコトがございます。このお方が長生きしてりゃ、江戸幕府は出来無かったかも知れん。


城のお堀と水路が繋がる紺屋町かいわい。ナンだかとってもイイ雰囲気

その秀長公が大和(奈良県)・和泉(大阪府南部)・紀伊(和歌山県)三ヶ国の太守として住まわれたのが郡山城。元は「もとの黙阿弥」でご紹介した筒井家のお城だったのを、百万石に相応しい巨城に大改築。城下町も整備した。

ただチョット強引な改築だったらしく、大和各地のお寺からお城へ石を徴発し、その石垣にお地蔵さんや墓石まで使われてるのが面白い。秀長家断絶後は大名がイロイロと入れ替わり、最終的には柳沢家が十五万石が入ってます。

そう、講談「柳澤昇進録」の主役・柳沢吉保公の家でございます。五代将軍綱吉公の懐刀として、軽輩から大名に出世したあのお方。私メの家から然程遠くない東京駒込「六義園」を整備した柳沢家は、ココで明治維新を迎えた。

現在は大阪のベットタウンの一つとして、また金魚の三大産地の一つとして知られる大和郡山。子供の頃から金魚好きな私メには、いつかココで開催の「金魚すくい選手権」に出場してやろうと云う野望が、今でも燃えてるンです。

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★明日は「千葉県佐倉市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「豊臣秀長応援サイト」関ヶ原武将物語HP
http://obitaro.hp.infoseek.co.jp/
★「ようこそ、大和郡山市へ・・」大和郡山市観光協会HP
http://www.yk-kankou.jp/
★「図説 城郭と城下町」大和郡山城ばーずあいHP
http://www4.kcn.ne.jp/~suizan21/
★「全国金魚すくい選手権」大和郡山市役所HP
http://www.city.yamatokoriyama.nara.jp/kingyo/index.htm

(関連する記事)
★「096 【講談の舞台01】もとの黙阿弥・・生駒市」
http://rifuh.jugem.jp/?day=20100212

(イイ雰囲気ナンですが、街中は古い城下町そのモノで道が狭すぎますナ)




| 2010.03.29 Monday (07:21) | 奈良は国のまほろば | - | - |
141 たまにはウダウダしてみませんか


宇陀・松山城の西口関門、通称「黒門」。今から四百年も前の建築物

人は時折、ホントしょ〜も無い名目で旅立たねばならぬコトが有るモンです。今回の旅の名目は「ウダウダしたい」と云う、ホントしょ〜も無いモノでして、普段からウダウダしてンのに、敢えてソレを旅先でしようと云う本気な酔狂。

日本の中でウダウダするのに一番相応しいのは、「奈良県宇陀(うだ)市」でございますナ。しかも「大宇陀」と云う地区がございまして、これまで数多くの大型ウダウダ希望者を受け入れて来たに違いない、歴史の街でございます。

でもこの街、私メは初めてじゃございませんネ。既に何度も来たコトが有る。最初はバイクで日本中をウダウダして居た入門前、この街と三重県の県境・国道166号線の高見峠が凍ってまして、転んで怪我して泣きながら来た。

怪我とバイクの応急処置をして徐行で峠を下り、人家の有る場所(大宇陀)に出た時ドレ程安心したコトか。以来ヘンなトラウマの様に成ってまして、ソレを克服の為に敢えて何度も来てるンです。そしてナンか気に入っちゃいました。


松山城下・上町通りの長閑な昼下がり。重要伝統的建造物群保存地区

ココは南北朝時代以来の古い城下町。戦国期は太閤秀吉公の従兄弟・福島高晴公が三万石で城主を勤め、江戸初期は織田家が二万八千石で約八十年間領主と成った街。そう、ココのお殿様はあの織田信長公の家ナンですヨ。

本能寺で討たれなければ豊臣や徳川の世の中に成らなかったンでしょうが、信長公亡き後の織田家はもう目茶苦茶。跡継ぎたる長男は父と共に討たれましたンで、次男と三男が突然廻って来たお鉢を巡り、醜い争いをしたのヨ。

両方共ソレ程優秀だった訳では無いらしく、太閤秀吉公の天下獲りの過程で弾き出され、三男は自害。そして次男の信雄(のぶかつ)公は駿河(するが=静岡県中部)百万石を断った為に、全ての領地を没収され、すっかり没落・・。

後に成り徳川家康公の計いで、この宇陀・松山城にてお家再興が出来ましたが、天下人の息子は一体ナニを思ったンでしょうか?ナンか時間が止まった様に長閑なこの街で、私ぁ精一杯ウダウダし乍ら考え込んでしまいました。

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(参考リンク)
★「いにしえのふるさと宇陀松山」松山地区観光案内HP
http://aknv.city.uda.nara.jp/matuyama/index.htm
★「観光案内」宇陀市役所HP
http://www.city.uda.nara.jp/04/index.html
★「織田信雄」よろパラ日本史人物列伝HP
http://www5b.biglobe.ne.jp/~yoropara/retuden/retu00113.htm

(スケートの織田某選手は、信雄公の七男の子孫だと言ってるらしいソウな)

私ぁ、こう云うステキな町並みでウダウダするのが楽しくて仕方無いネ




| 2010.03.28 Sunday (08:35) | 奈良は国のまほろば | - | - |
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