きこしめす講釈師

寄席芸人 講釈師(講談師) 神田 鯉風 の「毎日更新続行中」な旅日記でございます。
大体五百円程度の範囲で、セセコマしい雑多な勝負を連日連夜繰り広げております。
二週間から一月ほど前のお出掛け報告が殆どですが、どうかご容赦下さいます様に。
取り上げましたお料理やお店の詳細は、「参考リンク」をご覧戴きます様に願います。
「 心から こころの鬼に せめられて 身のおきどころ なき人もあり 」 by 糟谷 磯丸
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766 【名物パン56】東海道の終点の街・・石岡


古代東海道の終点たる「常陸国府」の石岡市。綺麗に整備されてますが、ココも郊外に負けたのか?中心街はあまり活気がございませんナ

東日本大震災の被災者の方々に、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早く復興成ります事を期待してます。今はカラ元気を出して乗り切ろう

私メは静岡の育ちでございまして、県内を東西に走る鉄道は在来線も新幹線も名前に「東海道」と付いてます。ソリャ江戸時代の五街道の筆頭の道沿いにレールが敷かれてる訳ですから、ソウ云う名前が付いてても可笑しくない。

でも同じ五街道でも「中山道本線」とか、「日光街道本線」って有りませんナ。子供の頃からずっとナゼかな?と考えてたンですが、今頃に成ってようやく答えを得ましたヨ。「東海道」って街道の名前では無く、地域の名称ナンですナ。

民主党政権に成ってからドッカに行っちゃいましたが、「道州制」ってぇのを随分騒いで居りました。この場合の「道」とは道路のコトじゃ無く、幾つかの県をまとめた大きな行政区分を指して居りまして、古代日本に在った制度ですゼ。

都が近畿だった頃。本州と四国・九州の日本国は「東海道」「東山道」「北陸道」「山陰道」「山陽道」「南海道」「西海道」と七つの行政区分に別けられてました。コレらに近畿五ヶ国の「畿内」を加え、コレを「五畿七道」と申します。


茨城・石岡市の総鎮守「常陸国総社宮」。総社と云うのは、国守(現在の県知事的な官職)等の国府役人が地域の神社を一々廻ってると面倒ナンで、分祀させたモノを一ヶ所に纏めたお社。殆どの国に在った筈ですヨ

この場合の東海道とは、現在の東京都と三重・愛知・静岡・山梨・神奈川・埼玉・千葉・茨城の八県のコトでして、「続日本紀」に依りますと道としての東海道は「東海道に属する諸国の往来の大道を海道と称す」と成って居るらしい。

その当時の東海道の基点は当然「京都」ですが、終点は‥時代により伸び縮みは有りますが‥常陸国(茨城県の大部分)の国府が在った石岡市と云うコトに成るらしい。だモンで私ぁ茨城・石岡市へ行って参りましたヨ、全く暇だネ。

県庁所在地に成れなかった旧国府は、ドコでも往年の栄華を偲ぶ風潮が強く、「昔っぽさ」を売りにしようと云うのか?石岡もソレに相応しく旧街道は綺麗に整備され、多くの古い建物が維持活用されてます。頑張ってるじゃんか。

でもイマイチ活気が無いと云うか‥中途半端と云うか‥。誇りが大きいだけに保守性が強く成るのはドコの旧国府も一緒で、頭抜けたコトは出来ないご様子。実家が今在る静岡・磐田市も旧国府ですンで、その悩みは判りますゼ。

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★明日は「茨城県大洗町」への訪問記です★

(参考リンク)
★「常陸の国の歴史・里山を体験できるまち」石岡市観光協会公式HP
http://ishioka-kankou.com/
★「関東三大祭り『石岡のおまつり』」常陸国総社宮HP
http://www.sosyagu.jp/
★「五畿七道」風変人HP
http://www.catv296.ne.jp/~sensyo/gokisichidou.htm
★「名物 石岡あんぱん」ホームメイト石岡支店ブログ
http://blog.homemate.co.jp/870/archive/64/

(江戸時代、水戸徳川家の分家が陣屋を置き、二万石で十代治めた街です
)

街をブラついても珍しいモンを見付けられなかったンですが、帰りしなにJR石岡駅構内のパン屋で、「石」の字が焼き付けられたアンパンを発見!餡子とホイップクリームがたっぷり入ったモノで、名物にしたい様




| 2011.11.17 Thursday (07:51) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
684 【呑みモン23】奥様知ってます?マックスコーヒーは土浦産ですのヨ


室町時代中期にゃ、ドウやら存在してたらしい「土浦城」。「亀城」と云う別名に相応しく、お堀にゃ沢山の亀がプーカプカ浮いてて呑気で宜しい

東日本大震災の被災者の方々に、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早く復興成ります事を期待してます。今はカラ元気を出して乗り切ろう

大震災からそろそろ半年に成ろうと云うのに、今回訪ねて居ります茨城・土浦市の中心街にゃ地震の爪痕がハッキリ、しかも盛大に残ってて驚いた私メです。「危険」と云う診断表の張られた建物が、崩れかけのまま結構残ってる。

いや崩れンでも壁のタイルとかが大量に落ちてたりとか、建物の土台部分に大きなヒビの走ってるのが未だアチコチで見受けられまして、震源から結構離れた茨城県南部のこの街で、まさかコレ程までの被害が有ったとは驚いた。

私ぁ地質学者じゃ無いンで断言出来ませんが、ココは日本第二の湖・霞ヶ浦の最奥部に築かれた湖畔の街でして、恐らく地盤が弱いンでしょうナ。強固な地盤ならばナンとも無いのに、弱いトコは必要以上に揺れが増幅されちまう。

実際はもっと沢山の爪痕が有り、市民生活や企業活動に差し障りの有る部分から順次直してる筈で、私メの様な物好きの行きたがる「どーでもイイ」のは後回しナンでしょう。総花的に直すより、優先順位を付ける方が効率的だ。


霞ヶ浦クラスに成りますと、例え湖でも「船だまり」と云うより「港」と言った方が似合いますゼ。観光船の出る土浦港は、JR土浦駅のすぐ裏手

この街の元来の中心の「土浦城」へ行って参りましたが、お城ン中も爪痕だらけ。復元された本丸の櫓群は白塗りの壁がゴソっと落ちて、素地が剥出し。また唯一現存してた本物の御門にも、「危険」の診断表が翳して在りました。

昨日ご紹介した、同じ土浦「中城通り」の多くの蔵も「危険」の診断表が翳され、立ち入りや接近が制限されてましたが、未だに改修されぬコレらの共通点は「観光物」「文化財」。確かに後回しにしたって日常生活に不便は無い。

ま、土浦は産業都市で有って、全国的な観光都市じゃ無いですからネ。もしもソウだったならば・・トウの昔に直されてるンでしょうが。でも国内有数の花火大会も有ったりする、全国クラスは無理・・としても結構な観光地ナンですが。

そんな土浦発で、全国クラスに成ろうとしてる「飲み物」がある。ソレが「マックスコーヒー」で、前は千葉・茨城・栃木の三県のみのローカルでしたが、今や全国で売られてる筈。でもコレって土浦だけで生産されてた物らしいンです。

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★明日は「神奈川県横浜市磯子区」への訪問記です★

(参考リンク)
★「土浦市およびつくば市の地震被害緊急調査」産業技術総合研究所HP
http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/Tohoku/report/0322/index.html
★「霞ヶ浦近辺観光案内〜土浦市」ふらっと常陸野ふれあい紀行HP
http://www.kouikikankou-ibaraki.jp/spot/tuchiura/
★「土浦城 〜 霞ヶ浦湖畔の浮城」ザ・登城HP
http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/c-1-3-4-6-siro-TUTIURA.html
★「プロジェクトMAX 第1話」日本コカコーラHP
http://georgia.jp/product/max/project_max01.html
★「マックスコーヒー物語」茨城王(イバラキング)HP
http://www.ibaraking.com/middle/max.htm

(何れにせよ、土浦の一日も早い完全復旧の成ります事を期待して居ります
)

数年前まで「千葉&茨城の土産物」と云えば、ソリャ当然「マックスコーヒー」だったンですが、めでたく全国発売にご昇進!フツーの人の想像を絶する練乳入りの甘さ!そして毒々しいまでに黄色い、あの派手なパッケージ。コレに対抗出来るのは、栃木県名物「レモン牛乳」だけ?




| 2011.08.31 Wednesday (08:12) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
683 【お米料理43】大震災の爪跡がココには沢山・・土浦


土浦の旧々中心街「中城通り」。旧水戸街道沿いに古い土蔵造りが建ち並ぶ素敵な雰囲気のトコですが、大震災の影響でブルーシートだらけ

東日本大震災の被災者の方々に、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早く復興成ります事を期待してます。今はカラ元気を出して乗り切ろう

茨城県へ行って参りました。今回訪ねましたは南部の中心都市で、人口十四万強の土浦市。もうチョット居るかと思ってましたが、ココは土屋家九万五千石の城下町。日本第二の湖「霞ヶ浦」と筑波山に挟まれた、風光明媚なトコ。

私メがココへ初めて参りましたのは、もう四半世紀以上前の「つくば万博」の時でございましたナ。土浦のお隣り「つくば市」で開催された「国際科学技術博覧会」、バブルが始まった1985年(昭和六十年)のコトでございましたヨ。

無能な左翼政権の為に落ちぶれた「駄目駄目!没落ニッポン」じゃ無く、当時は明るく輝く「行け行け!バブル日本」でしたンで、ひたすらに前向きな国際万博で凄く面白かった記憶がございますゼ。一体何度行ったのかしらン?

東京から筑波への直通鉄道が無かった頃で、アクセスは国鉄()常磐線の「土浦駅」で連接バスに乗り換えだった様な‥。土浦は街の中に都市高架道路が巡らされ、当時珍しかったモールの様なモンが高架沿いに造られてた。


「昔の光、今いずこ」‥。つくば万博の時に造られた都市高架道路とモール街。ココだけでじゃ無く、JR土浦駅周辺の寂れたコト寂れたコト‥

大都市じゃ珍しくなかったが、結構地方の街(失礼)なのにエラク未来的な感じで吃驚した私メでしたが、大人に成って道を間違え講釈師に成り、仕事で土浦へ来る度に「あの日の驚き」「輝かしい日本への幻想」が色褪せて行く。

バブル全盛から崩壊、そして今に至る日本の街造りの諸問題全てが露骨に表れてる様で‥造りっぱなし。その分、色ンな時代の街がまるでミルフィーユの皮の様に重なって放置されてますンで、面白いと云えば面白いンですが。

そんな中心街の重なったミルフィーユの一枚、江戸時代に栄えた中城町へ。ココは水戸街道の宿場町だったトコで、実はお城の中。土浦城は城下町ごと外堀内に囲い込む惣構え構造、中国のお城を想像して貰えれば判り易い。

最近に成って「中心部の再生を!」てなコトで、時代に取り残されてた立派な建物群を活用し、観光地みたいにしてたンですが・・ココにまで影響が有ったのか!震源から大分遠いンのに、大震災の影響で壊れた建物だらけでした。

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★明日も「茨城県土浦市」のブラブラ散策です★

(参考リンク)
★「水と歴史のまち ようこそ土浦市へ」土浦市観光協会HP
http://tutiura.727.net/
★「土浦市 古い町並み散策」風に吹かれて・・ぶらり小さな旅HP
http://kacho.digi2.jp/03tabi/08ibaraki/031tsuchiura/tuchiura1.html
★「土浦〜霞ヶ浦湖岸の低地の広がる城下町」まちあるきの考古学HP
http://www2.koutaro.name/machi/tsuchiura.htm
★「土浦の『ほたて(保立食堂)』と地震の爪あと」ポンポコ研究所ブログ
http://tanukida.exblog.jp/14497194/

(土浦は湖畔の湿地帯の街ですから、他所より揺れが強かったンでしょうナ
)

戦前は土浦に在った「予科練(旧海軍飛行予科練習生)」の指定面会所だった過去の有る、中城通り角地の土浦名物「ほたての天麩羅」。ほたてと云っても帆立じゃ無い、保立サンがやってる食堂だからお間違え無き様に。海鮮の掻揚げ丼を戴きましたが、う〜む正に関東風!味が濃い




| 2011.08.30 Tuesday (08:22) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
565 津波からの復活!野口雨情生家・・北茨城市


茨城・北茨城市の海岸通り(国道六号線)沿いに建つ「野口雨情生家」。目の前は太平洋で、津波に襲われた様です。写真は昨秋撮影したモノ

東日本大震災の被災者の方々に、謹んでお見舞い申し上げます。一日も早く復興成ります事を期待してます。今はカラ元気を出して乗り切ろう

近所のパン屋で先日、お隣りの町・豊島区の無料ミニコミ誌を貰って参りました。で、パラパラと捲って居りましたら、ドウにも気になる記事を見付けた。童謡「あの町この町」の舞台と成ったのは、豊島区巣鴨界隈だと言う。ほほぅ。

「お家がだんだん遠くなる」と云う唄ですナ。コレが発表された頃、作詞者の野口雨情センセが巣鴨に住んで居られたとのコト。しかし実際は旧巣鴨村の折戸や宮口と云うトコらしいンで、JR大塚駅近くと言った方が良いンですが。

今でこそ住宅地ですけど、当時は牧場ナンかも在ったりしたソウで、黄昏時(「逢魔ヶ刻」と言った方が雰囲気が出るかな?)はあの唄通りの淋しいトコだったンでしょうナ。でも有名な唄の舞台が近所だと思うと、無性に嬉しく成る。

実は昨秋、雨情センセの御生家を私ぁ訪ねて居りまして、ソコは実に風光明媚なトコだったモンですから、「何れまた行こう、記事にするのはもう一度行ってから」と考えて居ったンです。ですが御生家は津波の直撃を受けたらしい。


北茨城市の名物と云えば「アンコウ」で、コレは共酢和え。今年はたらふくアンコウを食べに行こうと思ってたンですが・・、ドウなるかしらん?

太平洋沿いに東京から仙台まで繋がる国道六号線。茨城県も福島との県境が近付きますと、県都水戸よりアチラとの交流が強い様で、むしろ東北の香りが強く成る。つまり東北地方同様に、震災と津波の直撃を受けた地域・・。

あと数キロで県境と云う北茨城市の六号線沿いに、雨情センセの御生家がございます。センセはココのご出身だソウで、亡くなられたのは昭和二十年。ソレほど昔の人じゃ無かったンですネ、てっきり明治の人だと思ってましたが。

「赤い靴」「十五夜お月さん」等で知られた雨情センセは、当地の名家の息子サンで早大を中退後、詩作の道へ。懐かしい童謡のかなりの作品はセンセので、六号線を挟み太平洋と向き合う御生家の資料館じゃ、いや吃驚仰天!

その立地が悪かったか?津波は堤防を越え襲って来た様です。雨情センセのお孫サン(生家ソバの歯医者サン)が撮影された映像が公開されてましたンでご覧戴きたいと存じますが、5/1から再開館したソウですから一安心。

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★明日は「長野県松本市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「天心が想い 大観が描き 雨情が詠んだ」北茨城市観光協会HP
http://www.kitaibarakishi-kankokyokai.gr.jp/
★「童謡詩人、野口雨情」野口雨情記念館HP
http://www.ujokinenkan.jp/ujotop.htm
★「あの町 この町」日本の歌百選HP
http://www.fureai.or.jp/~t-mura/anomachikonomachi.html
★「北茨城市平潟町より発信」あんこう鍋HP
http://www4.zero.ad.jp/ucchy/

(再開館すると云う事は、もう訪ねても大丈夫と云う事ナンでしょうケド・・ネ)

雨情センセのお孫サンが撮影された、震災当日の津波の様子。半ば過ぎから映像右に出て来る板塀の有るお家が、雨情センセの御生家です




| 2011.05.08 Sunday (08:06) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
522 【お魚料理27】古河は関東のド・マンナカ


城は消滅したけど、昔年の面影を伝える古河の旧武家屋敷(杉並通り)

今回の震災で被災されました皆様に、謹んでお見舞い申し上げます。辛い事態が続きますが、みんなで協力しこの国難を乗り切りましょう。腹から笑える日がその内来ますから、今はカラ元気出そうじゃないか。そう思って無理にフツーな振りをして、通常の更新を続けて居ります。

私メが住む板橋のお隣り・東京北区に「古河庭園」と云う、大正に古河財閥が作り上げた庭園が在ります。この財閥は足尾銅山等で大儲けした古河市兵衛サンが一代で築いたモノでして、現在の古河グループ(富士通とか)です。

流石に今は大丈夫ですが、子供時分の私メはコレの読みが「こが」か「ふるかわ」か判ってませんで、随分と恥をかいたモンでございますヨ。庭園や財閥の方は「ふるかわ」ですが、茨城西端の自治体の方は「こが」と読みますナ。

てな訳で、「こが」と読む古河市へ行って参りました。無駄に長い導入部でしたが、どうかご勘弁下さいませ。さてココは鎌倉時代以来と云うから、随分古くからの城下町。そして室町時代、ココには「公方様」がお出で遊ばされた。

その公方様とは室町幕府の鎌倉府(関東公方)の事で、東日本を支配してた「(大雑把に云えば)副将軍」。京都の足利本家と争い、関東のド真ん中の古河に本拠を移した。だからその頃の古河は、東日本の首都だった(コラコラ)


城下町は旧日光街道の古河宿でも在りまして、結構整備されてます。

尤もソリャ名目だけで、関東公方・古河足利家にゃ権威は有っても権力は貧弱だったンですが。その権威は江戸時代も引き継がれたか?徳川幕府の大老や老中と云った重臣が数多く城主を務めた、古河は中々の格式を持つ街。

ソレ程の格式なら、ソレに釣合う立派なお城が在るに違いない!と思ったンですが、殆ど残っちゃ居無ぇ・・。千葉県北端の関宿城が「利根川の洪水防止の為」に堤防ン中に消滅してた・・と過日記事にしましたが、ココも同様です。

古河は利根川と最大の支流・渡良瀬川との合流付近の街で、堤防建設でお城は消滅した。ソレは明治時代の事。曲輪は崩され堀は埋められ、お城の面影今いずこ。建設機械の無い時代に、良くぞコレだけ巨大工事をしたモンだ。

と感心すると共に、その工事の要因は洪水対策だけじゃ無く、上流の足尾銅山からの鉱毒廃液問題が有った事に驚く訳で、その原因は「ふるかわ」と読む方の市兵衛サンの古河鉱業だったと云う・・。やっぱ繋がりが有ったのか。

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★明日は「群馬県高崎市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「こがナビ」古河市観光協会HP
http://www.kogakanko.jp/
★「古河公方館/古河城」ザ・登城HP
http://woodone9959.web.infoseek.co.jp/c-1-3-4-7-siro-KOGA.html
★「元祖 鮒の甘露煮」ぬた屋HP
http://www.nutaya.co.jp/
★「庭園へ行こう。/旧古河庭園」東京都公園協会HP
http://teien.tokyo-park.or.jp/contents/index034.html

(関連する記事)
★「485 【野菜果物18】川との闘いで城は消滅した・・下総関宿
http://rifuh.jugem.jp/?day=20110221

(古河は関東のド真ん中を誇りにしてる様で、ド・マンナカ祭りが行われます)

江戸時代からの古河の名物「鮒の甘露煮」。頭から尻尾まで柔か〜い




| 2011.03.28 Monday (08:40) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
473 【やきそば23】真壁の魚肉ソーセージ焼そば


筑波山の北部に位置し、稜線で繋がる「加波山」。この山の麓が真壁

私メの父は堅気の銀行員だったンですが、某都市銀行でしたンで当然の様に転勤暮らし。お陰で私メも随分転校致しましたが、今考えればソレなりに面白かったですナ。尤も家事を取り仕切る母はソレ成りに大変だった筈ですが。

この転勤と云うのは昔から有ったモンでして江戸時代、全国に配置されたお大名にとって転勤(領地替え)は恐怖そのモノだった様ですネ。何しろお殿様家族だけで無く、家来の殆ども一緒に移動すると云う事に成りますンで・・。

一番凄いのは「引越し大名」の仇名を持つ、最初は姫路のお殿様だった松平直矩(なおのり)公。姫路〜新潟・村上〜姫路〜大分・日田〜山形市〜福島・白河と、直矩公一代で五回も領地替えさせられて最多不倒の記録を作った。

むしろ江戸時代の最初から最後まで領地替えの無かったお大名の方が珍しい位で、有名な大名家が意外なトコのお殿様をしてた過去が有ったりして存外面白い。例えば赤穂義士伝の浅野家も、始めから赤穂に居た訳じゃ無い。


かつて栄えた頃の街並みが残ってる真壁。あとはソフト面の充実が・・

ココは鎌倉時代初期からの古い城下町。そして最後は浅野家の城下町

太閤秀吉公と相婿の浅野長政公は、豊臣五奉行の筆頭として知られて居ります。関ヶ原の合戦では東軍・徳川家に味方して、同じ五奉行の石田三成公と別アプローチで豊臣家を残そうと努力致します。でもソレは叶わなかった。

コレを悔いたか?所領の紀州和歌山三十七万石はご長男に任せ、隠居生活に入った長政公に対し幕府も気兼ねしたか?隠居料(年金)として特別に与えられたのが常陸(茨城)真壁五万石。いやはやナンとも凄い年金でござんス。

長政公は隠居開始から五年で亡くなられますが、三男坊が遺族年金的に常陸五万石を相続し、やがて領地替えと成った先が播州(兵庫県)赤穂でございますヨ。だもんで赤穂義士伝には、真壁時代からの家来も随分出て来ます。

浅野家が真壁を去り城は破却され約三百九十年。つまり江戸時代の殆どは天領として過した街ですが、大正まで筑北の中心として栄えてたらしく、当時の豪勢な街並みが奇跡的に残ってます。少しずつ整備されつつ有りますネ。

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★明日は「千葉県君津市久留里町」への訪問記です★

(参考リンク)
★「桜川市観光ガイド」桜川市役所HP
http://www.city.sakuragawa.lg.jp/index.php?code=605
★「真壁のひなまつり」和の風第九章HP
http://www.makabe-hina.com/
★「真壁城」ザ・登城HP
http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/kanntou/c-1-3-4-6-siro-MAKABE.html
★「真壁町の町並み」古い町並みを歩くHP
http://matinami.o.oo7.jp/kanto1/makabe.htm
★「田中商店(真壁)/焼そば」Momonga’s Lovin’ It ブログ
http://blog.goo.ne.jp/momonga_tomo3/e/9f1aff0b50a7ed251c6f3d34f08d3aa8

(関連する記事)
★「目次 【やきそば】シリーズ」
http://rifuh.jugem.jp/?cid=33

(数年前から私ぁ毎年訪ねてますが、年々観光客が増えてる気が致します)

持ち帰りにした「真壁の焼そば」は、刻み魚肉ソーセージが満載です。




| 2011.02.09 Wednesday (08:21) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
472 【麺類色々23】羽黒神社と下館ラーメン


下館七羽黒の中心「大町の羽黒神社」。ココの城主水谷家が勧請した

岡山・倉敷市の玉島地区(旧玉島市)へ先日参りました時、街のど真ン中に「羽黒神社」がナゼか在りまして、私ぁビックリしたンでございます。神社ナンか珍しくねぇだろうと思われるかも知れませんが、神社の種類に拠りますヨ。

羽黒神社ってぇのは東北・山形県の日本海側に鎮座する「出羽三山」に由来するお社でございまして、一瞬私ぁ江戸時代盛んだった北前船の航路の関係かと思ったンですが、調べてみたら違ってた。玉島のお殿サマの関係でした。

瀬戸内の遠浅を埋め立てて街と港を作り、北前船の寄港地として繁栄をもたらしたのは玉島もご領地として居た、備中松山(岡山・高梁市)の大名・水谷(みずのや)出羽守様。備中松山は山ン中ですが、外港として玉島を作った。

ですが水谷家は元々中国地方に居た訳じゃ無い。元は北関東に勢力を誇った守護大名・結城家の御家老で、豊臣秀吉公や徳川家康公らに力に買われて独立したお大名。備中へ転封された時に、羽黒神社も連れてったらしい。


かつての繁栄を伝える蔵作りの建物が、野放図に結構残されてました。

下館城はほぼ全てが消滅してまして、本丸跡が神社として残ってる位。

この水谷家の元々の本拠地は、茨城県西部の下館(しもだて)市。数年前に近隣数町と合併し、筑波山の西だから「筑西(ちくせい)市」と云う名前に。でも実際は・・筑波山の北に位置してるンですが。ココで四万七千石のお大名。

百足退治で有名な平安時代の武将・藤原秀郷公が、関東新皇・平将門公を追討する為に築いたお城が下館の始めだと言われて居りますナ。秀郷公はこの時に「上館」「中館」「下館」と三つ城を築いたそうで、その内の下館です。

戦国時代、ココを拠点とした水谷家はドウ云う訳か?矢鱈と羽黒神社を信仰してた様でして、城下町に七つも羽黒神社を作ったらしい。だから転封先の玉島にも鎮守として羽黒神社を拵えた様です。成る程ソウでしたか、納得納得。

郊外に負けたか市街地は壊滅状態。ですがかつて賑わってた頃その儘の、煮しめた鶏チャーシューに濃いけどしつこくない醤油味の懐かしいラーメンが市街各地に現存してました。ドウやら再発掘したコレで町興ししたい様です。

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★明日は「茨城県桜川市真壁町」への訪問記です★

(参考リンク)
★「人が集う 喜びが生まれる」筑西市観光協会HP
http://www.chikuseikanko.jp/
★「下館城」ザ・登城HP
http://woodone3831.web.infoseek.co.jp/kanntou/c-1-3-4-6-siro-SHIMODATE.html
★「羽黒神社」和太鼓鼓幸HP
http://www2.odn.ne.jp/taiko-koyuki/page050.html
★「下館市の町並み」古い町並みHP
http://matinami.o.oo7.jp/kanto1/simodate.htm
★「下館ラーメン学会」HP
http://shimodateramen.jimdo.com/

(関連する記事)
★「465 張り扇パンパン(28)倉敷玉島は築山パン
http://rifuh.jugem.jp/?day=20110201

(たまたま入った筑波軒と云うラーメン屋のご主人が随分愉快な方でして・・)

かつては賑わったンでしょうネ。その頃から変わらぬ「下館ラーメン」。




| 2011.02.08 Tuesday (07:51) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
260 【保存食品09】結城のお麩はとっても硬い

         
北陸のすだれ麩はナマですが、結城市のすだれ麩はカチンコチンです。

乾燥食品と云う食いモノの分野が在る。元々はナマでそのまま食べられるモノを、敢えて天日で干して水分を蒸発させ、カチンコタンに乾燥させて保存しておくと云うモノ。と説明するまでも無く、日本は乾燥食品が溢れてます。

腐敗を防止する為に乾燥させたモノも有るし
(干鱈・干肉等)、持ち運びの便を図る為に乾燥させたモノも有る(昆布等)。干すと栄養や旨味が増すモンなんかも有りますし(椎茸等)、偶然出来ちゃったノも有る(寒天や高野豆腐等)

某独立行政法人のHPを見てたらば、食品乾燥の方法はナント十五種類!も有るんだソウですヨ。「天日・自然乾燥」「送風乾燥」「除湿空気乾燥」「熱風乾燥」「噴霧乾燥」「凍結乾燥」「間接加熱乾燥」「真空減圧乾燥」、続くヨ。

「遠赤外線加熱乾燥」「マイクロ波加熱乾燥」「太陽熱利用乾燥」「吸着乾燥」「フライ乾燥」「膨化乾燥」「過熱水蒸気乾燥」、以上で十五種類。ナンの事か全く判らん方法が多いですが、良くもまぁコレだけ考えたモノでございます。



結城のすだれ麩は、どう云う訳か塩まみれ。戻すには半日も掛かります

流石に変態的な創意工夫の国ニッポンちゃちゃちゃ!ホント呆れるばかりでございますが、茨城県の最西部・結城市へ先日参りました時に、随分と珍しい乾燥食品を見つけまして、面白い面白いと私ぁ悦んで買って来たンです。

それが画像の「すだれ麩
()」。お麩の干したのナンテ大して珍しく無いンですが、こりゃドウ云う訳か無駄にデカイ。十五センチ×二十センチの長方形。「すだれ」と云うよりは「ぬりかべ」と云った方が良さそうで、全身塩まみれ。

北陸地方、特に金沢辺りに行きますと「すだれ麩
()」と云う、煮物(治部煮)なんかに入れる高野豆腐みたいなお麩が有るンですが、名は似てても殆ど違う食いモンです、コレとは。戻したのはまるでラザーニャ用のパスタの様。

ま、パスタもお麩も材料は小麦粉ですし、結城のすだれ麩はピザの生地としても使える
(らしい)位で、嫁サンが苦労して戻して塩抜きをし、サッパリと酢の物にして呉れましたが、シコシコと歯応えが有ってコリャめっけモンでした。

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★明日は「神奈川県小田原市」への訪問記です★

(参考リンク)
★「すだれ麩」結城市観光都市化へ向けて・・ブログ
http://hengoki.blog70.fc2.com/blog-entry-116.html#
★「茨城結城の伝統食・すだれ麩」史人の庵ブログ
http://fu1to.i-ra.jp/e86187.html
★「石川県ふるさと食品・麩製品」石川県庁HP
http://www.pref.ishikawa.jp/no-an/furusato/2-08fuseihin.html
★「特産品豆知識・丁字麩」近江八幡観光協会HP
http://www.omi8.com/tokusan/tyoujifu.htm

(関連する記事)
★「132 【やきそば08】茨城・結城はモツ焼きそば
http://rifuh.jugem.jp/?day=20100319

(コレは全て手作りだソウでして、作ってるのは僅かに一軒だけだソウです)

お麩つながり。コチラは辛し和えにすると美味い、滋賀名物「丁字麩」




| 2010.07.20 Tuesday (07:52) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
254 【スナック02】うまい棒って、この街で作ってたのか!


旧水海道市の中心エリアに建つ、大正時代の銀行のレンガ造り建物。

日本中ドコに行きましても、何とかして町興しを図ろうと云う場所ばかりでございますナ。その遣り方が良いか悪いか別として、意欲だけは漏れなく買わせて戴きます。郊外の大規模SCがドンナに栄えても、文化は決して育たない。

その手段は千差万別。俗に云う「B級グルメ」で町興しを図ろうとするトコは多いです。ただ元々有ったモノを売るならば兎も角、新しく企画してソレを作るのは「絶対に間違ってる」と思う私メでございます。気持ちは良〜く判るけどネ。

また地域の著名な出身者・所縁の人を前面に押し出して、その人のイメージで売ろうと云うトコも多々ございますナ。ここ数年「歴女ブーム」なる、ホントに有るンだかドウだか判らん様な流行に乗せまして、浪漫だけで売ろうとする。

その出身者・所縁の人が高名で、なおかつ詳細が一般に不明に近い人ほど勝手なイメージを膨らませ易い訳でして、街を売らんが為に好き放題に適当に料理されて尚更ナンだか判らん人とされてしまい、研究家が呆れたりする。


「うまい棒」等の駄菓子スナックで有名な、「リスカ」さんはココの会社。

さて今回私ぁ故有りまして、茨城県の常総市と云うトコへ行って参りました。茨城の南西部で、平成の合併以前は水海道(みつかいどう)市と言ってた街ですナ。北隣りの石下(いしげ)町と合併して名前を変える事と成ったらしい。

水海道と云う名前は、ナンでも平安時代の「征夷大将軍」坂上田村麻呂公に因むンだそうですが、霊峰・筑波山を望む古い街。かつては内陸水運で江戸と直結され、大いに栄えたンだソウですヨ。そして今は千姫様で売り出し中。

ソウです、大阪落城・豊臣家滅亡時の悲劇のヒロイン「千姫様」ですヨ。数年前、筑波方面からの帰りにココを通り、以来ずっとナゾだったンです。ハテ、千姫様とココとは一体どんな繋がりが有ったかしら・・。全く思い当たらない。

二代将軍・徳川秀忠公のお嬢様たる千姫様は、この街に住んだ事も来た事も無いらしく、代りに千姫様の師僧のお寺がココだった・・。ソウ来たか、こいつぁ参った。その手を考え付くとは、余程の知恵者がココにゃ居る様です。

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★明日は「岐阜県で買ってきた焼きそば」の調理記です★

(参考リンク)
★「常総市の名所や四季の行事」常総市観光協会HP
http://www.joso-kankou.com/
★「千姫ものがたり」水海道まちづくりネットワークHP
http://www.mmn-senhime.com/
★「おいしさのハートランド」リスカ株式会社HP
http://www.riska.co.jp/

(千姫様の遺骨の一部が入ったお墓は、確かに水海道市内に在りますが・・)

日系人が多いらしく、駅前スーパーでブラジル風のパンを買えました。




| 2010.07.14 Wednesday (07:54) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
157 【野菜果物05】魔法植物コールラビ


これが噂のコールラビ。かぶらの様に見えますが、キャベツの仲間です

新幹線で東から西へ向かうと、京都駅のスグ先北側に、大きな種苗会社が在りますヨねぇ。あのビルを見る度に「日本の種苗産業ってスゲー」と思うンですヨ。ナンでも頻りに改良したがる、日本人の典型みたいな業界ですなぁ。

私ぁ典型的な文系ですンで良く判りませんが、現代の種苗産業は昔乍らの地道な交配改良だけで無く、私メじゃとても理解出来ないバイオ技術を駆使し、魔法みたいなコトしてド〜ニカコ〜ニカしてンでしょうナ。まるで錬金術師。

一体ナゼなのか?実家に毎日配達されます「日本農業新聞」を時々読んで見ますと色んナ種苗の新製品情報が載ってまして、吃驚したり呆れたり・・。でも「一代限り収穫可能」なモンが多いです、ありゃ商売上の問題でしょうネ。

また世界のドッカから「謎なジャンルの種苗」を探し出して来て、日本向けにチョット改良して格好良くし、ソレを売り出すのも大事なご商売。どーしてこうも日本人は新しいモン好きなのかしらん?皆な江戸っ子に成っちまったのか?


繰り返します。かぶらの様に見えますが、コレはキャベツの仲間です!

でも期待通りには普及しないモンの方が圧倒的に多いンでしょうナ。或いは普及するペースが緩慢だとか・・。「いいモンなのに、ど〜して判って貰えないンだ!」と叫びたくなる気持ちは良く判りますヨ。講談だってソウですモノ・・。

何年か前に一度買った事の有る「コールラビ」を、先日久し振りに見掛けたンで買ってみたんですヨ。独逸語で「コール」とはキャベツ、「ラビ」とはかぶらと云う意味だそうでして、和名は「蕪甘藍(かぶかんらん)」。見た目は魔法的。

キャベツが結球せずに、行き場を失くした養分が茎の付け根に結集したのがコールラビらしく、地中で太るかぶらでは有りません。コレは地上で丸く太るらしいのヨ。食感はまるで「ブロッコリーの茎」。日本への初伝来は明治初年。

地中海原産のこの野菜、結構昔から日本に来てンのにド〜ニモ普及しない様です。煮て良し・炒めて良し・生で良しで、少し硬めのかぶらとして扱えば美味しいンですが、それだったらかぶらの方が一般的で慣れてますからネ。

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★明日は「三重県伊賀市上野」への訪問記です★

(参考リンク)
★「コールラビ」栄養健康サイト・HP
http://www.rupot.com/effect/vege/ko-rurabi.htm
★「食の110番Q&A・コールラビ」東京ガスHP
http://home.tokyo-gas.co.jp/shoku110/qas/485_s_j.html
★「コールラビ・グランドデューク」タキイネット通販HP
https://www0.takii.co.jp/CGI/netshop/catalog/
products/item/AKK002/00000097


(白と紫色の二種類有るらしく、中華料理では一般的に使う食材ナンだって)

葉と茎をむしるとイヨイヨかぶらに見えて来るが、キャベツの仲間です!




| 2010.04.12 Monday (08:28) | よかっぺ茨城だっぺ | - | - |
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